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86、逆鱗

「似合うじゃないか」

首輪を満足そうに眺めていたエイルが身を屈めて猫のあたしをもちあげる。

これは結構珍しい。たいていこいつが猫のあたしを持ち上げると、そのまま投げる。魔法陣の中とかにね。

だがこのときは違った。


片手で持ち上げ、あたしの首に掛かる首輪に触れる。

中指ですっとなであげる様子はなんだか満足げだ。

「……また妙な魔道アイテムなんじゃないでしょうね」

あたしは抱えられたまま眉を潜めた。


あたし自身を実験材料にしたことをあたしは忘れてはいない。まぁ、結果的には悪くなかったけれど、以来あの魔道の重ね掛けとやらはエイルはしてくれない。おだてあげたりなだめたりすかしたりしても、いつもチビ魔女ブランにしかしてくれないのだ。


……幼女のほうが好みなのだとしたら真面目にこいつとの付き合いを考えたい。

考えたところで一歩飛びすさることくらいしかできないのが現状だけどね?

だが、変態はいけません。絶対に駄目。まぁ、一人で勝手に変態でいてくれるぶんにはいいが、他人に迷惑がかかるような変態行為は認めません!

幼女趣味なんていうのは害しかありませんよ。すくなくともあたし自身に有害ですので完全却下。


変態はギャンツだけで十分です。

ギャンは完全に避けてますがね!

……あたし以外には害がないんだよ、あの変態は。

顔さえ合わせなければ無害ともいえる。

だからいいって訳じゃないけどね?


「普通に簡単な魔道が掛けられている首輪だ」

エイルは言いながら椅子に座り、またしても珍しくもあたしを自分の膝の上に置いた。

くいっと猫の顎をあげさせ、顎の下にある石に触れる。

点検のつもりなのか、石をなぞり、縁に触れて環を辿る。さらにあたしは居心地が悪くて眉を潜めた。

かちりと音をさせ、首輪が落ちた。


「すごい! 外れたっ」

歓喜の声をあげるあたしにエイルが更に口元にうっすらと笑みを浮かべる。

「私が作ったのだから、私に外せぬ筈がない」

きっぱりと言い切る。

その自信満々なところは結構ですが、あんたの膝の上ってなんだか落ち着かない。


一度外された首輪だが、エイルの手によってまたつけられてしまう。別にはずせるのであれば外しっぱなしで構わないのだけれど、エイルにはその気がないようだった。

「以前の趣味の悪いものより髄分とマシになった」

趣味の悪いって……


あたしは嘆息した。

確かに鈴がつけられていたりとかロイズの家の紋章入りだったりとかはしたが、趣味云々で言うのであればさしたる違いは無いように思うのだ。

色だって変わらず赤いしね?

むしろ細かい細工が施されていたりして愛玩動物用の首輪というよりチョーカーの粋だ。まぁ、人間になるのを前提とすればそのほうがいいのかもしれないが。



「ホント、仲悪いわね」

「良いも悪いもない」

淡々と言い返される。

その言葉には心が無い。エイルはロイズに対して道端の石ころ程度の感慨もなさそうだった。ってか、どうせあたしに対してはその石ころの横の虫程度かもしれない。

……あたしのことどう思ってる?

尋ねてみたいが尋ねたら心に傷を負いそうだ。鼻で笑われた挙句に立ち直れないような言葉が突き刺さったらどうしよう。


あたしは吐息を落とした。

 とんっとエイルの膝の上から飛び降り、寝椅子に置かれているタオルをかぷりとかんで部屋の隅に書かれっぱなしになっている魔方陣の上に座る。

 タオルの下に潜り込めば、エイルの低い詠唱が室内に響き渡りねあたしの足元から緑色の魔道の光が生み出された。


「仲といえば、むしろアンとの方が仲が良い?」


あたしはばさりとタオルから顔を出しつつ、ふと思い出して口にした。

エイルの交友関係がどんなものなのか未だに判らないのだが、女関係で接触があったのはアンニーナくらいのものだ。しかも、あの始原の森の最後の日ときたらアンとエイルは仲良さげに会話を交わしていたように思う。

気のせいか?


「アン?」

エイルが怪訝そうに眉間に皺をつくった。

「アンニーナよ、魔女の」

って、おまえ名前覚えてないのか?

まぁ、エイルときたらあたし以外の魔女はすべからく「魔女殿」と呼んでいるから、いちいち名前は認識していないのかもしれない。アンニーナはそもそもこの町から遠い場所にいる魔女だしね。

あたしだって遠い場所の魔女の名前を一々覚えていたりしないのだから、エイルが覚えていないとしてもさもありなん、だ。


あたしはにんまりと笑みを浮かべた。

久しぶりにむくむくと何かが頭をもたげてくる。ここで一発エイルに痛恨の一撃をお見舞いしてやろう。

まぁ、いわゆるそういう些細なコト。

些細な言葉遊び。

その時は考えなしにあたしはそう思っただけなのだ。


「あ、もしかしてダーリンってばアンに食べられちゃった?」


いやぁん、いつの間に?

アンってば手が早いからねー

とあたしがニマニマ続けると、面前のエイル・ベイサッハは表情を失い――むしろ真っ白になった。


あれ?


殺人光線はどうした?


しかし次の瞬間、その口元が歪み瞳の灰黒が強い意思を取り戻す。

あ、マズイかも。そう思った途端――エイルの手があたしの首筋へと伸びて片手でぐっと引き倒され、そのまま押さえ込まれた。顎を逸らすように。

「私が、どうしたと?」

「っっっ」

苦しい苦しいっ、真面目に駄目、それっ。

絞めてるからっ。絞まってるっ。落ちる、堕ちる。むしろ逝く!


「んんっ」

「もう一度言ってみるがいい」

いえないっ。言えません、離してっ。

言葉なんて出ないって!

自分の鼻に何かが逆流するような頭に膜が張るような感覚――意識がもっていかれそうになる。苦しさにあえぎもがくと、ふいに首にある手がふっと力を失い、あたしは酸素を求めてあえぎ、喉の奥をふるわせた。


(まなじり)に涙が浮かび、霞む視界にエイルが写りこむ。

「私が、なんだ?」

もう一度問われた。低く、むしろ甘ささえ含んで。

ただしその甘さは毒素を孕んだものだ。

「……」

「ハニー?」

……怒ってます。怒ってます。すごーく、怒ってますね。

久しぶりに聞いたわよ、そのハニー……まずいくらいに怖い。

口元を歪め笑みをこぼすさまは壮絶。


床に引き倒され上から覗き込まれる状態のあたしの眦から涙がこぼれおちた。

この涙は悲しいとかではなく、先ほどの苦しさから眦にたまったものだ。


エイルが笑みを刻んだまま身をよせ、目元からこぼれた涙の跡を辿るようにゆっくりと舌を這わせる。

あたしは怯えて身を縮めながら歯を食いしばった。

「ハニー、私がどうしたと?」

「……です」

ほんの冗談で、出来心。小さく紡がれた言葉は震えていた。

「ほぅ?」

「……ごめん、なさい」

「随分と(たち)の悪い冗談だ――そう思うだろう、ハニー?」


エイルの瞳が爛々と輝いている。

獲物を狙い定めるように。

あたしはその下で身を縮めながら嵐が過ぎ去るのを待つしかない哀れな猫だった。

雷撃とか炎とか、攻撃呪文を繰り出すことすら思いつかない。

耳はぺったりと伏せて尻尾は恐れに体に巻きつく。

エイルは自らの指に触れて増幅装置を起動させ、低くいつもとまた違う呪文を詠唱する。

「なんっ」

うわっ、と思うより先に自分の下の魔方陣が発光し――


「猫に戻っていろ、このたわけ!」


猫に戻った途端、あたしはやっと安堵の息をついた。

……ううう、エイルにアンニーナのネタは禁句だったか?

いや、本当に食べられてんじゃないの、あんた?


もう絶対言わないけどね!

さすがのあたしだって学習しますよ。

え、でもホント? もしかしてホントウに?


いや、どうしよう!

アンニーナの毒牙にかかって幼女趣味に走ったのか、ダーリン!

アンニーナに聞きに行かないと!

いやいや面白がってる訳じゃありませんよ?

面白がってる訳じゃないですってば。

今のあたしにそんな余裕はナイ。


つまりこれって――現実逃避なんだわ。

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