85、首輪
りんっ、とあたしの動きに合わせて鈴が鳴る。
その鈴が外してもらえるのは御風呂に入る時だけ。
御風呂からあがり、わしゃわしゃと水分を拭われたあとにはいつも通りにロイズが首輪をはめる。
カチン、という音と共に。
持ち主であるロイズにしか取り外しの適わない、特注の首輪。
だがその時はちがった。
やけに機嫌の良いロイズが、あたしの体の水気を拭い一つのケースを出したのだ。
宝飾店で作られたような繊細そうな細工のある箱。
「新しい首輪だぞ」
って、鈴付きの首輪をつけられたのはほんの先週のことだ。未だ十日たつかどうか。
まぁ、あたし自身はもう完全に鈴のことなんてスルーできるようになりましたけどね?
エイルは鈴の音が相当気に障るようで、最近は「近づくな! うざい」とまで言い出す始末だ。うざいって、あいつの語彙は時々不思議だ。
まぁとにかく、新しい首輪にするほどもちろん首輪は傷んでいる訳ではないのだった。
あたしと同じことを考えたのか、侍女のエリサが不思議そうに首を捻る。
「かえたばかりじゃありませんか」
「貰ったんだ――」
機嫌の良い様子でケースから出された首輪は、赤い皮色に金色の縁取りがされ、鈴の代わりに蒼い天然石のようなものがはめこまれている。
物凄い透明度の高い艶やかな輝石。
今までのようにロイズの家の紋章は無いが、細かな細工がされた綺麗な首輪。
なんというか、めちゃくちゃ高価そうな。
どんな物好きが愛玩動物にそこまでの細工物をつけるだろう。
いや、物好きだからの一品、だろうか。
「魔道アイテムなんですか、これも?」
「だそうだ。居場所も判るし、はじめてはめた場所を記憶してそこから余り遠くにはいけなくなるらしい。もちろん、はめた人間が一緒であれば遠出も可能だし。そもそも何かのおりには外してやればいいだろうしな」
庭先程度ならこれで自由に遊べるな。と続けるロイズ。
って、そんなアイテムマズイじゃないの!
あたしは遠くに行くことが結構あるのよ?
そもそも距離の定義が曖昧じゃないの。いったいどれくらいの距離のことを示しているのよ? 庭先って、本気で庭先程度だと色々やばいわよ!
ひぃっと恐れおののき、逃げ出そうとしたあたしだったが、ロイズは容易くべしりと捕まえる。なんといっても片手で楽々サイズな子猫。それが白猫ブランマージュだった。
じたばたと暴れてもモノともせずにあたしの首にかちりとそれがつけられてしまう。
機嫌の良いロイズは侍女に飲み物を頼み下がらせると、あたしを抱き上げて視線を合わせ、とっておきの秘密を語るように小さな声で言った。
「これからは庭にでるのも自由にしてやろうな。嬉しいか?」
……いいやちっとも?
いや、鈴がついていないのはいいわよ?
そこは喜んでやってもいい。
もちろんあたしは慣れてしまって平気だけど、実は蝙蝠だってちょっといやそうにしていたしね?
ほら、あいつって超音波なイキモノだから。「可愛いですー」とか言いながら、ほんの少し暗い顔をしていたことをあたしは見逃していない。
音がするものが実はイヤだったのかもしれないし。エイルときたら普段よりも不気味なナマモノに成り果てていた。さすがにね、この二日ばかりは行ってないのよ。怖すぎて!
おかげでちょっとご飯とデザートが恋しいです。
この家の食事も改善されてはいますけれどね。
外に出入りが自由っていうのも魅力的といえば魅力的な申し出ですが!
でも、もしかしたら以前より厄介なんじゃないの、これって?
あたしがトホホな気持ちを込めて「なぅぅ」と小さく鳴くのだが、ロイズはあたしを膝に戻して首輪にそっとその無骨な指を這わせて言った。
「ブランがおまえにってさ」
……はい?
「良かったな?」
えっと……――はい?
「みぎゃっ?」
「何度か顔を合わせてるんだろう? 餌をやったと言っていたしな。
ブランマージュがおまえにつけてやってくれって贈ってよこしたんだ。良かったな?」
いやいやいや?
あたし知らないわよ?
それってどこのどちらのブランさん? ブランマージュではないブランさんとお知り合い? いいや、今しっかりとブランマージュって云っていたよね?
あたしは瞳を丸くしてロイズを見つめたが、ロイズは機嫌よくあたしの首輪を何度も指先でなぞっていた。
***
「どういうこと?」
翌朝、あたしの首にある新しい首輪を見たエイルは――鼻で笑った。
それはそれは意地悪く。口元にどす黒くも艶やかな感じの笑みさえ浮かべて。
やぁ、二日? 三日ぶり?
……微妙なオーラが見えるみたいでとってもイヤン。
「おまえの名前で隊舎宛に送っておいた」
「って、やっぱりあんたでしたか!」
この首輪のおかげで侍女は安心したのか玄関口からあたしを出してくれた。
だが、庭は普通に通過できたし、何よりこうしてエイルの屋敷までも訪れることができたのだ。だからかしこいあたしには判りましたよ!これの送り主がねっ。
「あんなうるさい首輪いつまでもつけておくな」
「どうしてあたしの名前なの? 別にあんたが自分で渡せばいいじゃない」
ややこしい!
はじめは本気で焦ったわよ。
身に覚えなんてちっともないもの。
「――私があの男から飼い猫用に首輪なんぞ貰った日には、呪いのアイテムとみなすがな」
冷ややかにエイルは言い切る。
仲悪いなぁ。
もうちょっと仲良くしなさいよあんた達。いい大人なんだからね、角突き合わせていたって仕方ないでしょ?
まぁ、あたしが言うこっちゃないのかもしれないけどさ。
「似合うじゃないか」
……機嫌の良さそうなエイルだが、なんというか――くろーくてどよんとしたものが滲んで見えるぞ。
騙されてるロイズがなんだかすごく不憫。
しかもちょっと今現在エイルに物凄く莫迦にされてるっぽい。
世の中って知らなくていいことって一杯あるよね?
あの鈴の音がイヤだからといってこういうことをしでかすとは、エイルって相変わらずよく判らない。
本当に目的の為なら手段を選ばないのだ。
……ロイズよ、おまえが喜んでいた贈り物の贈り主はこいつらしいぞ。
いや、まぁ、ロイズは人がいいからな。誰から贈られようと喜ぶだろうが……
贈り物っていうのはもっとサワヤカに贈りあいたいもんだと思うぞ、あたしは。
あたしの首には新しい首輪。
鈴は無いので鳴ったりしません。
でもなんか、まさに呪われそうな気がするんだけど、どう思う、コレ?




