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84、鈴の音

注意! エイル好きさんは読まないほうがいいかもしれませんよー。どんなエイルでもどんとこいという方のみ御読み下さい。

りりんっと鈴が鳴る。


あたしはげんなりとエイルの私室の寝椅子で寝転びながら、深い溜息を吐き出した。

首に鈴がつけられて三日目。

自分の動きに合わせて鳴る鈴によってなんとなく――ぐったりとしてしまう。


エイルも不機嫌そうでむっつりとしているし、あたしだってなんだかいろいろヤルキが出なかった。

動けばリンと音がする。あたしの耳は伏せっぱなしだし、なんか食欲も沸かない。

それでもって五日目。

その頃になると不思議なもので、あたしは何故か自分の首にあるその鈴を完全にスルーできるようになっていた。

人間ってアレね。それとも猫っていうべきなのかもしれないけれど。音に慣れるんだわ。


四六時中鳴っていると、全然気にならなくなる訳。

当人は。


「プティングおいしーっっ」

おやつのプティングを口にしながら、あたしは機嫌が良かった。

このところレイリッシュから仕事の話はきていない。だからエイルの邸宅にだってべつに来なくていいのだが、昼食とこのお茶の時間に出されるデザートは無視できない。


だってエイルの家のご飯美味しいんだもの!

毎日用意してもらえるデザートも格別。最近のあたしときたら、この屋敷の厨房にまで顔を出して「パイが食べたい」「氷菓子がいい」とか注文をつけている。

別に無理矢理って訳じゃないわよ?

厨房のおばさんだって嬉しそうに「ブランは何が食べたいんだい?」なんて聞いてくれるのだ。

その代わり、この屋敷の老家人がいるときは「魔女さま」とおばちゃんは言葉を改める。べつにいいのにね!


「ほら」

パンプティングを一匙すくいあげて使い魔の口元に運んでやる。あたしの膝の上に張り付いている蝙蝠はそれを咀嚼しては「ぼくの作ったほうが美味しいですよー」と時々言ったりするのだが、気に入ったのか「あーん」と口をあけて待っているのだった。

蝙蝠の小さな口に対して匙が大きいため、結構時間が掛かる。

……なんていうか、小さな生き物に餌付けするのはちょっと面白い。

たとえそれが蝙蝠であっても。

「はい、あーん」



「ブランマージュ」

冷ややかな部屋の主が低い声であたしを呼ぶ。

「なに?」


りりんっと鈴が鳴る。

「おまえはうちに何をしに来てるんだ」

「ご飯たべに」

「自分の体を捜せ!」

こちらの機嫌の良さとは反比例し、エイルの機嫌は最悪だった。

もう何度も「鈴がうるさい!」と怒鳴られている。


むーっ。

「さっさと自分の体を捜して来いっ。その煩わしい首輪を早くとってしまえ」

「ちゃんとやってるよー」

あたしは口の中にプティングを入れ、皿を手にしたままエイルの元までいった。

膝の上にいた蝙蝠が転がり投げ出され、キーっと小さく鳴くけど無視。

「あたし考えを改めたのよ」

「なんだ?」

「今まで自分の体を捜していたから駄目だったでしょ。だから、今は自分が干渉できない場所を探してるの」


あたしはエイルの執務用の机にプティングの皿を置き、力説した。

「干渉できない場所っていうのはつまり、この間の始原の森の中心部みたいなトコね。結界(シールド)が張られていたり、空間が歪んでいたりするところ。そういった箇所があやしいと睨んだのよ」

ふふふ、あたしだってちゃんと考えてるのよ。


とりあえず体が消滅したんじゃないかっていうのは保留。

考えても解答がでないことで落ち込むのは後にする! 美味しいものさえ食べていれば人間前向きになれるのだっ。

プティング美味ぃ! かかっているソースがまた絶品。


おいてきぼりをくらった蝙蝠がはたはたとはためいてあたしの服に着地する。途端にエイルが手を伸ばし、まるきり自然な動作でそれをつかむと――机の横の窓から外に放り出す。

……いちいち蝙蝠を捨てるの辞めなさいよ、あんた。

人が真面目な話しをしている時に。


「ってコトで、今度地図を用意しておいてくれる?

あやしいトコを片っ端から印をつけて探そうと思って」

「わかった」

りりんっと鈴が鳴る。


それに対して眉間に皺を刻み、エイルは今度は鈴へと手を伸ばそうとする。気を抜くと鈴を破壊しようとするので、あたしはそれをいち早く察知し、手元のプティングを一匙掬い取り、にっこりとエイルの口元に差し出した。


「はい、ダーリン。あーん」

「……」


固まった。

エイルは匙に乗ったプティングを前に凝固した。

スゴイ、エイルが固まったよ!


甘いものが好きでもないエイルは毎日のデザートだって食べていない。いつもエイルの分も用意されているけど、たいていあたしが食べてしまう。

だから、当然これだってエイルは食べない。

まぁ、つまりこれはすでにニ個目のプティングです。


それにしたって固まるか、普通。

あたしは苦笑して匙を回収しようとしたのだが、ふいに――エイルがぱくりとそれを口に咥えた。

「……」

「――」

「……」


食べた!

食べたよっ。


あたしは喉の奥で悲鳴を押し殺した。

なんだか恐ろしいものを目の当たりにして、血の気が一気に引く。

「なんだ?」

「――えっと、うん……美味しかった?」

「甘い」

そりゃ甘いだろう。ミルクと砂糖がたっぷり使われている。デザートというのはとかく甘いものだと相場は決まっているものだ。

でも、甘いって言葉は美味しいとかまずいっていう意味じゃないのよ。


エイルの態度にあたしは心臓がばかばか鼓動するのを感じた。

引きつるあたしの手もとの匙を引き抜き、プティングを一匙すくう。まさかもっと食べる気か? そう思ったのもつかの間、エイルはそれをこちらへと示した。

無表情で。


「ほら」


――甘味で脳みそやられたのかおまえ!


あたしは喉の奥に悲鳴を張り付かせ、全身を襲う鳥肌に悶絶し、おそるおそる口を開いた。

まさかこの一瞬のスキに毒を仕込んだとかはあるまいな。


あたしが間抜けにあけた口の中に匙が入ると同時にエイルの手がぱっと匙から離れる。

慌てて匙をくわえ込むあたし。エイルはそんなことには頓着せずにすっと手をあたしの首筋、首の下で揺れる鈴へと手を伸ばしてくるものだから、その意図を察知したあたしは慌てて飛び退った。


「――」


眉間に皺を深く刻み込んだエイルは先ほどの表情とは一転、灰黒の眼差しを強くしてあたしを睨んだ。

「その鈴、早くなんとかしないと本気で焼ききる」


――なんということでしょう!

この魔道師ときたら目的の為ならば手段を選ばない。

普通あんな恥ずかしいマネできないわよ!!

おまえは一体何者だっ。

エイル・ベイザッハの皮を被ったうちの使い魔か!?

いいや、間違いなく、当人だ。


あー、心臓止まるかと思った!

本気でこいつの性格ってわからん!!

……怒っちゃ駄目です。「こんなエイルはエイルじゃない」という苦情は受け付けておりませんよ~

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