30、セツナイキモチ
鳥のササミにはせめて塩をふっていただきたい。
あたしは皿に盛られた鳥のササミ肉――ボイル済み――をどこか遠い眼差しで見つめながら静かに租借した。
そりゃ、ね。
あからさまな猫飯よりは随分と食べやすいと思う。けれど、鳥のササミ……せめて塩。贅沢言うならソース類を所望したい。
テーブルの上では魚のマリネを食べているロイズが、とんとんっと自分の足元で音をさせた。
てろんっと、テーブルの下にフォークにさしたマリネが差し出される。
あたしはたたたと近づき、あむっと噛み付いた。
味がする魚―、美味―っ。と喜んだのもつかのま、途端にあたしは自己嫌悪でうなだれた。
猫……――まるきり猫。
どうするあたし? 人間に戻ったあとも猫みたいな行動しそうで怖い。
いいや。もう。
あとでエイルのとこで何かまっとうな食事をもらおう。
あたしは残ったササミにぷいっとそっぽを向き、とてとてと自分が普段からいる日当たりの良いソファの上によじ登る。
まだ飛び乗ることもできないので、必死に爪をたててよじのぼる。
「ブランちゃん? まだご飯残ってるわよ?」
侍女の声もつんっと無視。
今日は絶対に人間としての尊厳が守られるような食事を食べてやる。エイルだって鬼じゃあるまいし、哀れっぽく「ご飯食べさせて」といえば奢ってくれるだろう。いや……あいつの七割は鬼成分でできている可能性が強いけど。
「どうした?」
食事を終えたロイズがあたしを覗き込む。
心配無用。
別に病気とかじゃないから。
あんたそうやって心配ばっかしてると禿げるわよ?
「みゃう」
あたしは差し出された手にすりっと頭をこすりつけて鳴いてやる。
ほら、大丈夫だからさ、ほっといてくれない?
「若様、猫と遊ぶにはコレですよ!」
侍女がひょいっと出したエノコログサ……あたしはひくりと引きつった。
いや、だから、遊びたい気分じゃないし。
ソレは確かにエノコログサで正統なる猫ジャラシですが、ソレを見るとイヤなヤツを思い出すのよ。
だから、辞めなさいって。
人の頭をぺしぺし叩くの禁止。
なに、その強弱をつけた動き? あたしはね、ソレが生き物じゃないっていうのはちゃんと知ってるのよっ、ちゃんとね!
だから騙されたりしないって――
あああ、いらいらするわねっ!
「ふにゃおぅっ」
「お、楽しそうだな」
苛立ってるんだって判らないの?
このボケナス熊男!!!
あああ、あたしはなんだってこの家にいないといけないのかしら。
早く自分の家で好き勝手にしたい。
風呂だってふつーに、一人で、ゆったりと入りたいのよ。
毎日毎日、熊男の裸なんて見たい訳じゃないの。
「どうした?」
ばたりと倒れこんだあたしを心配そうに覗き込むロイズに、あたしは嘆息した。
―――あんたは悪いヤツじゃないわ。
この生活で、それだけは判ってるのよ。
あんたはちょっと心配性で、ちょっと熊で、ちょっと融通が利かなくて、ちょっと粗暴だけれど、いいやつよ。
最近、あんたを見るとなんだか泣きたいようなむずむずするような気持ちになるの。
―――そんなおっさんの癖に猫ばっかり構ってるのがむしょうに心配なんだと思うわ。