31、魔女絶好調
侍女に追い出されるようにロイズが出て行き、あたしはぱたぱたと忙しそうにしている侍女を尻目に窓辺で日向ぼっこ。
ここの人間って呑気だよね、なんて思う。
だって、誰もこの屋敷の結界が解かれているなんて気づいていない。
魔力を欠片も持ち合わせていないのだ。
とろとろとまどろんでいると、カチンっと窓の掛け金が外側から外された。
勿論、それは魔法だ。
ぐぅっとお尻をつきあげるように伸びをする。
この仕草をすると決まって口もぐわっとあいて大きな欠伸がでる。
猫って不思議。
「マスター」
伸ばされる手にするりと収まると、実に幸せそうな使い魔。
頬ずりはやめろ、このばかものめ。
「ちゃんと鍵掛けときなさいよ」
「はーい」
もし窓があいていたら、きっと侍女が心配する。
窓も扉も閉まっていれば、猫はどこか狭い場所に入り込んでいるのだろうとあまり気にしないだろう。
――この屋敷の住人は心配性で病気になるんじゃないだろうか?
使い魔はあたしを抱いてとんとんっと軽快に塀を飛び、屋根へとあがろうとする。
「道、歩きなさいよ」
へんに目立っても困る。
あたしの言葉に使い魔は「はーい」と呑気な調子で応えた。
「ちゃんと充電しました?」
「満タンになったのが理解できる機能でもあたしについてるとでも?」
赤いランプが青になったりするわけがない。
「それにしても、なんだかんだってもう三月だわ」
あたしはぽかぽかと太陽の熱で暖かくなった体を舐めながら嘆息した。
「あたしの体、どこにあるのかしら」
――はじめに探した当初よりも魔力はある。
けれど、それをつかってゆっくりと探査の環をひろげても、あたしの体は呼応してくれない。
「早く見つけないとマスターが本当に猫になっちゃったらぼく困ります」
ぶるりと身を震わせる使い魔に、あたしはニヤリと口元に笑みを浮かべた。
「なんなら新しい主人になってくれるようにエイルに頼んであげようか?」
「……冗談ですよね?」
「半分くらい」
「ぼくはイヤですよ!
マスターと別れるなんてそんなのは絶対にイヤです!
あの日あの時、月夜に誓ったぼくの純愛を、マスターは裏切るのですかぁぁぁ」
黙れ。
っつうか、純愛って、なに?
ううう、道端に落ちてた蝙蝠を拾っただけじゃんか。
本当は死んでると思ったんだよ。
普通の蝙蝠だと思ったんだよ。
日干しにして薬でも作ろうかと思ったんだよ!
……それを言ったら使い魔がグレると思ったので言ってない。
あたしって実はけっこう優しくない?
ま、何より先に使い魔との契約って破棄できないとか昔どっかで読んだ記憶がある。
具体的に言うのであれば、うっかりこの馬鹿蝙蝠と契約してしまった時に、なんとか契約が切れないものかと珍しく本を読み漁ったのだ。
「ぼくはずぅぅぅぅっとマスターと一緒ですっ」
「はいはい、わぁーかったから」
あたしはかしかしと耳の辺りをかいた。
それに、いつまでもあんたの格好がエイルのままっていうのも不憫よね。
あの鳶色の髪と鳶色の瞳の人懐っこそうな顔のあんただって、嫌いじゃないのよ、あたし。
「おじゃましまーす」
気を取り直した使い魔は、その足でエイルの屋敷を訪れ、堂々と玄関から入室した。
エイルと同じ姿でにこやかに微笑み、腕に猫を抱くという怪奇現象に家人から声無き悲鳴が木霊していたが、それは勿論あたしの感知することではない。
ま、魔導師の家人なのだからこの程度の暴挙には慣れているだろう。だってエイルって、どう考えても変人だもん。
「消えろ」
使い魔の姿を目にした途端、冷ややかな魔導師は唇を引き結び、瞳に剣呑な色を称えてそう吐き捨てた。
身の危険を感じた使い魔は、あっという間に蝙蝠へと変化しキノコ栽培所かという薄暗い部屋の隅にぶら下がる。
あたしはとんっと床に降り立ち、黒衣の魔導師を見上げた。
「ご機嫌ナナメね、ダーリン」
「おまえの使い魔を消滅させられたくないなら、私の前にあの顔を出させるな」
「あぁら御免なさい。でも、ほら、あたしってば猫だし?
ここまで運んでもらわないことには、ちょっと大変なのだもの。ごめんなさいねぇ」
ふふふふふ、嫌がってる嫌がってる。
エイルの殺人光線をびしびしと感じる。
「きっ――」
「それよりダーリン」
あたしはエイルが何事か口を開いて言葉を発しようとしたのを止めた。
「わかっている。もう魔方陣は――」
チッと舌打ちして顎で魔方陣を描いた場所を示す相手に、あたしは言葉を続けた。
「美味しいご飯食べさせて」
「貴様はっっっ!」
たーのーしーい――!
いやぁん、この反応がたまらん。




