26、悪意と悪気と
嘆息を落とし、エイルが自ら着ていた魔導師用の外套をあたしの肩に掛ける。
物凄い、でかい。
何故ならあたしはとってもミニマム――
「あああ、マスター可愛い。とっても可愛い。
ちょっとかじってみたいくらい可愛い。
うわぁ、ぼく血ぃ吸い系じゃないけど、吸ってみたいぃぃ」
誰かあの使い魔を黙らせろ。
というあたしの心の声が聞こえたのか、エイルは遠慮なくはたはたと動いている使い魔を叩き落とした。
許す。よくやった。
「なんでこんな子供の姿か聞いていい?」
「それは仮初の姿だ。長時間もたぬ。触ることも物を持つこともできるが、魔道とおまえの魔力で作られているから大きさに制限がある。
おまえ、随分と魔力が少ないのではないか」
要約すれば、おまえの魔力がたんねえんだよ、ってコトですね。
「んで、何故にあたしは全裸だったのでしょう」
「猫は服を着ていないからだろう」
判っていたのであればそれなりの対処しといてくれよ。
魔方陣に放り込む前に上着掛けてくれるとかさ?
おまえは絶対に血の色緑だろ。
人としての思いやりとかキビとかってもんが欠落しているだろう!
あたしは怒りをなんとかやり過ごしながら、ずり落ちる外套をなおす為に襟首の辺りに手をかけ、脱力した。
――首輪、ついてるし。
どんな素材?
どうなってんの?
首の大きさ大分かわったよね?
つまり、先ほどのあたしは全裸で赤い首輪をつけてたんですか?
恥っ――!
もうこのさい女王様でもいいけど、その逆はイヤ。
Mはイヤ。知り合いのドMを思い出すからっ。
「とにかく、早くしろ」
イライラとしたエイルの口調に、あたしは嘆息しつつも立ち上がる。
「杖――」
軽く手をあげると、先ほどからずぅっと放置されていた杖がぱっとあたしの手の中に入る。
ぱしりと小気味良い音をさせててに馴染む杖に何故かほっとしながら、あたしは軽く手首を動かした。
叩き落とされてぴくぴくしていた蝙蝠の前で、意識を集中して解綬の魔法をかける。
小さな蝙蝠に掛けられた魔法の鎖をねゆっくりと解きほぐしていくイメージで。
ふわりと魔力の風が吹き抜けた。
「これで終了」
ほおら、魔女って素晴らしい。
魔導師みたいな余計な手間要らず、ふふん、どうよぉ。
って顔でニンマリとしながら、あたしは内心では眉をよせる。
エイルは蝙蝠を蹴飛ばした。
「変化しろ」
ムッとしたが、蝙蝠がぼんっと変化した途端、あたしは小首をかしげた。
本来であれば、使い魔本来がもつ人形であるところの鳶色の瞳と同色の柔らかな癖毛の人懐こい青年がいるはずだった。
「あら、エイルが二人」
それは実は予想がついた。
なんというか、手ごたえっていうのがね?
「――」
あたしはくるくると杖を振り回し、
「魔力が足りないってことかなぁ?」
と、できるかぎり可愛らしく言ってみた。
そこでちいさな声で詠唱を唱える魔導師、辞めなさい。
悪意はないのよ?
悪気はあっても。
ブランマージュは悪い魔女ですから。