魔女の急用
穏やかな気候の中、船は順調に大陸へ向けて進み続ける。
だが・・・そんな現状とは対照的に、甲板にけたたましい叫び声が響き渡る。
「うわ~~~ん!!酷いです!酷いです!!ナナシさんのいじわる~」
ワンワンと大声で泣き、背中を叩くパルシィに何度も謝罪する。
「だ、だから・・・ごめんってば・・・。俺が悪かったって・・・」
しかし、こんな言葉で簡単に泣き止むのならばこんな事にはなっていない。
彼女は泣き止むどころか更に大声を上げる。
参ったな。と、困り果てていると、泣き声の背後から諸悪の根源の声。
「おやおや、相も変わらず女性を泣かせているじゃないか。君は何だい?女性の泣き顔が癖なのかい?いやさ?別に他人の癖を否定する気はないが、時と場所と節度を持った方がいいと提案するよ。ささっ、パルシィ君。怖かったろう?お姉さんの豊満な胸に飛び込んできたまえ」
抱きつく彼女を宥めるフロウを恨めしそうな目で見る。
元はと言えば・・・お前のせいだろ?
そんな気持ちも知る由もなく、緩んだ表情の彼女を前に・・・溜息を吐き出す。
時は少し遡り―――ナナシは船室でどこまでも続く海を見つめていた。
港を出てから5日目。
あと2日もすれば大陸に到着するだろう。
本来であれば既に到着していてもおかしくは無いのだが、最寄りの港は帝国領。
不可侵条約を結んだとはいえ、それはあくまで国同士の話。
自分達には何の関係も無い。
どこまで情報が広まっているかは分からないが・・・敵国に肩入れし、剰え魔女を2人も倒した自分達を自由にさせるか?
普通ならばさせるはずが無い。
それを危惧した国王の提案で時間はかかるが友好的な王国領の港へと向かっている。
本命のエルフの国には少し遠回りになるが、背に腹は代えられない。
理由はそれだけではない。
視線を外し、地図を広げる。
圧倒的な領土を持つカルド帝国だが敵も多い。
領土の接している国々の中で唯一今回攻め込まなかったのはケルテッド公国のみ。
ヴァージュ王国・タルワーグ王国・ンジト王国。
3つの国が同時に進行し、争いは激化の一歩を辿る。
戦争真っただ中の帝国から国境を越えて他国に行くなど自殺行為だろう。
だとしたら、多少時間はかかってとしてもヴァージュ王国からタルワーグ王国かンジト王国を超えてフィンネ皇国に向かった方がいいのは明白。
順序はどうあれ、ドワーフにも用事があるのだから何も問題ない。
タルワーグからフィンネへ。
これが一番いい。
今後の行動は決まった・・・が
「戦争・・・か」
小さく呟き、息を吐き出す。
先の戦いで・・・自分は役に立ったのか?
皆は『奪取』を倒したのは自分だと言ってくれているが・・・違うだろ?
フロウが作戦を練って、皆が勇気を出して戦った。
『奪取』を倒したのは自分ではない。
あの国の・・・タレッセの思いが国を守ったんだろ?
それに比べて自分はどうだ?
敵兵一人倒せず、それどころか傷を負って早々に戦線離脱。
役立たずもいいとこだ。
戦いが好きなわけじゃないし、戦いたい訳でもない。
しかし、力が無いと守れないものはある。
こんな世界だ・・・そちらの方が多いだろう。
だからこそ―――強くならないと。
別に世界最強などを目指すつもりは無い。
ただ、目の前の命を守れるだけの力があれば・・・それでいい。
息を吐き出し、シャルロットから受け取った指輪に視線を移す。
花と剣が装飾された木目の指輪。
彼女の言う通り、身に着けているだけで不思議と身体が軽くなる・・・気がする。
それに・・・
助言を思い出し、集中すると魔構式が現れる。
だがそれは今までとは違う形状。
綺麗な円形、たった3つだが安定している理。
これまでの歪なものとは似ても似つかない。
彼女の言っていた『簡易的な魔法の式』・・・魔装品の恩恵か。
・・・試してみるか?
ゴクリと唾を飲み、腕を伸ばした時だった。
「随分と勉強熱心じゃないか・・・ナナシ君?」
「・・・え?」
突然の呼びかけに視線を向けると、フロウの姿。
だが、その表情は普段の彼女とは明らかに違う。
怒り?
悲しみ?
憎悪?
酷く冷たい・・・そんな眼だ。
その雰囲気に飲まれそうになるが、なんとか口を動かす。
「あ・・・いや・・・お、お前!何だよ!部屋に入る時はノックぐらいしろよ!」
「したよ。何回もした。聞こえてなかったのかい?」
ゆっくりと歩み寄る彼女に自然と身体は前を向く。
別にやましい事をしていた訳ではないが・・・嫌な汗が滲む。
1歩近付く度に身体が震える。
1歩近付く度に呼吸が乱れる。
目の前に来た彼女は―――本当にフロウか?
言い知れぬ恐怖心が心に広がる・・・が、それは杞憂だった。
目の前に来た彼女は普段通りの表情を覗かせる。
「いや~、私はてっきり君が一人で欲を発散しているものと思ってね。流石の私も邪魔をしたら悪いとは思ったのだが急用でね。うんうん、勉強熱心なのは良い事だ。感心、感心」
「・・・はぁ?」
・・・何言ってるんだ?こいつ。
ケラケラと笑う彼女に呆れかえる・・・が、同時に安堵した。
よかった・・・いつものフロウだ。
さっきまでの彼女の表情は何だったんだ?
まるで心臓が握られる様な先の感覚に身震いしつつ、尋ねる。
「それで?急用って?」
「ん?あぁ、そうそう。ナナシ君、私は魚が食べたいな」
「・・・はぁ?」
再び呆けた声が出た。
魚が食いたい?
そう言ったのか?
確かに乾物ばかり食っていたが・・・それが急用?
嘘だろ?
「いや・・・食えばいいだろ?」
「釣っておくれよ」
「いや・・・餌も道具も無いだろ?」
「おいおい、ナナシ君。ここは船だよ?釣り竿くらいあるだろう。餌は・・・パルシィ君のミミズを借りてはどうかな?幸い彼女は今は船尾で踊りの練習をしている。あんなに大量にいるんだ、4,5匹いなくなっても気付かないよ」
「いや・・・自分で釣ればいいだろ?」
「私は君の釣った魚が食べたいのさ。さぁさぁ、早くしないとパルシィ君が部屋に戻ってきてしまうよ?今なら彼女の部屋を漁り放題さ。君も興味あるだろ?ほら行った、行った」
こいつ・・・常識ないのかよ・・・
反論空しく彼女に追いやられ、渋々部屋を後にする。
そんな彼の後姿を―――フロウは目を細めて見つめていた。
最後までお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、いいね・評価頂けたら幸いです。
評価は広告下の☆をタッチすれば出来ます。
続きが気になる方がいらっしゃいましたらブックマークをよろしくお願い致します。
皆様が読んでくれることが何よりの励みになりますので、至らぬ点もございますがこれからもよろしくお願いいたします。




