君を信じる
夜明けまで数時間。
港町の外れにある林の中から男女の声がする。
荒い息遣いと艶やかな声が闇の中に静かに響く。
「フロウ・・・こうか・・・?」
「あぁ、ナナシ君・・・その調子だ・・・。だが・・・もう少し・・・ゆっくり・・・」
「・・・こうか?」
「ん・・・いいよ。けど・・・少し違うかな・・・。もう少し上だよ・・・」
「・・・おい。さっきからしてるその話し方はなんだよ?今のお前凄い気持ち悪いぞ?」
顔を引きつらせ、呆れた様に目の前の魔女を見る。
先程までの表情や態度はどこへやら。
つれないねぇ。と、彼女は肩をすくめる。
何なんだよ・・・全く。
そんな彼女を余所に、集中し魔構式を展開する。
歪な魔構式が浮かび上がり、手を伸ばす・・・が
「あ~だから違うって。最初の理はそれじゃなくて、そっち。それに、式を維持する事に魔力を消費しすぎだね。うーん・・・どうも上手くいかないねぇ」
「・・・悪かったな、容量悪くて」
「おや?拗ねているのかい?あははっ!可愛い所があるじゃないか。大丈夫、大丈夫。君ならできるさ。お姉さんが手取り足取り教えてあげているんだ、自信を持ちたまえ。ささっ、休んでいる暇は無いよ?もう一回やってみようか」
煽てるのが上手いんだよな・・・
ケラケラと笑う彼女に流され、再び魔構式を展開する。
彼女の言う特訓・・・それは魔法を覚える事。
通常ならば理に沿って魔力を流すだけだが・・・言うほど簡単ではない。
当然だ。
魔力というものを知ったのはほんの数日前。
あれ以来彼女との約束を守り魔構式の展開はしていない。
前回は彼女の助けもあり何とか出来たが、自分一人だとここまで難しいとは・・・
問題はそれだけではない。
自分が展開する魔構式だ。
フロウやパルシィ、アレグリアの魔構式は綺麗な円形で理も形に沿ってキチンと並んでいる。
しかし、自分のはどうだ?
歪な楕円形は今にも崩れそうなほど揺らめき、中の理は様々な速度で動き回る。
理の形すらも満足に覚えていないこの状況で、魔力を維持しつつ構築するのは・・・
半ば心が折れかける・・・が、フロウと目が合う。
先程までのふざけた様子は鳴りを潜め、彼女は優し気な目でただこちらを見つめている。
言葉は無くとも言いたい事は分かる。
『諦めても構わない』
『期待に応える為に頑張ってくれてありがとう』
『計画とは違うが後は私が何とかしよう』
そう言いたいんだろ?
わかってるよ。
けど・・・それでも・・・!
再び集中し、魔構式を展開。
ここで諦めてたまるか。
フロウは策を考え、この国の為に戦おうとしている。
パルシィも危険な役目を引き受けて戦おうとしている。
タレッセは大切な物の為に戦った。
ドロワもシャルロットも・・・皆、大切な物を守る為に戦おうとしている。
自分だけ逃げる訳にはいかない。
自分だけ諦める訳にはいかない。
必死に特訓を続けるナナシを見つめ・・・いい子だね。と、フロウは口元を緩めた。
日の出まで1時間を過ぎた頃・・・フロウが近寄ってくる。
「ナナシ君、お疲れ様。そろそろ時間だ。港に向かおう」
「いや・・・でも・・・」
歯切れの悪い返事を返し、俯く。
現実は無常だ。
諦めずに努力しても出来ない事はある。
結局まともに構築する事が出来なかった自分が情けない。
気落ちしているナナシとは対照的にフロウは笑っていた。
「なぁに、そんなに落ち込まなくてもいいよ。私は知っているよ?君が本番に強いタイプだという事はね。いいかい?ナナシ君。作戦はこうだ。夜になったらきっと星が降り注ぐ。君はその道を走ってきてくれ。合図は夜だ。空が暗くなったら使ってくれたまえ」
「・・・夜?星?道?お前、今何時か分かってるのか?朝だぞ?」
「・・・え?朝方に戦うのに夜って意味が分からないって?まぁまぁ、私を信じてくれたまえ。夜だよ?夜。空が暗くなったらだからね?・・・先にも言ったけど、この国を守る為・・・力を貸してくれ、ナナシ君』
適当に相槌を打ち、肩を軽く叩き歩き出す彼女の背中を見つめる。
なんでこいつは・・・こんなにも俺を信じてくれるんだ?
彼女からの信頼が・・・心に重くのしかかる。
(・・・夜。フロウとの・・・約束・・・を・・・)
焼ける様な腹部の痛みも、何故空が暗くなっているのかも、どうして自分が倒れているのかも・・・今はどうでもいい。
自分がやるべき事は一つだけ。
集中し、魔構式を展開。
・・・何だ?
困惑した。
未だに歪な魔構式・・・だが、これまでに無い程安定している。
死にかけ故、余分な力が入っていないせいか?
それとも、彼女の言う通り本当に本番に強いのか?
いや・・・どうでもいい・・・早く構築を・・・
しかし、プルプルと震えるだけでその手は動かない。
頼む・・・動け・・・
ここで動かなかったら・・・俺は・・・
しかし、その手は動かない。
駄目なのか。と、諦めかけた時だった。
「ナナシ!どうすればいいの!?」
「・・・ドロ・・・ワ・・・?」
「どうすればいいの!?」
自分の手を掴む彼女に指示を出す。
彼女は即座に従い、ナナシの身体を支えつつその腕を動かす。
身体を委ねつつ、慎重に魔力を流し込み・・・中央に剣を差し込む。
魔構式が剣に宿り、淡い光を放つと同時に・・・身体に力が溢れる。
何だ・・・これ・・・?
一瞬戸惑うが・・・上空から大量の魔力が降り注ぐ。
理解した。
夜・・・星・・・道・・・
フロウの言ったのはコレか。
だったら自分がやるべき事は・・・!
考える前にすでに身体は動いていた。
3体の処刑人形に追いつめられた『剣』だったが、まだ諦めてはいない。
この国の為にも・・・タレッセの為にも・・・!
ここで諦める訳には・・・!
瞬間―――空が黒く塗りつぶされる。
何だ?と、困惑すると同時に処刑人形の真横に上空から魔力が落ちる。
突然の攻撃に処刑人形が動きを止めた時・・・その横を凄まじい速度で何かが通過する。
あまりの速度に目視は出来なかった。
唯一確認できたのは・・・莫大な魔力と尾を引く様な淡い光、そして・・・両断された3体の処刑人形。
何!?何が起きたの!?
『剣』は理解できなかったが、慌てて光を目で追う。
そして・・・思わず声を零した。
当然だ。
視線の先では、勢い余って氷の大地を転がるナナシの姿と・・・両断された『奪取』の魔女が映ったのだから。
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