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買い物の話(4)

 スイーツショップでの飲食と歓談を満喫したところで、本日は帰路につくこととした。

 時刻は午後3時を回ったところ。夕方と呼ぶには少し早い時間帯のおかげで、駅のホームや電車の中は、割と空いていた。


「あ、先輩。端っこ空いてますよ」


 電車のベンチシートの端を陣取る姫川は、自分の右隣の座面をポンポン叩いて、


「ほらほら、先輩はこっちですよ。お座り、Sit downです」


「お座りって……まあ、いいか」


 姫川に言われるがまま、姫川の右隣に座る。

 電車の発車アナウンスが流れてドアが閉まり、ゆっくりと電車が動き始めた。

 目的の駅までは、45分程度。

 当然のように姫川と一緒に帰ることになったのは、スイーツショップを出たところで、お互いの用事が済んだことを確認した結果だった。


「先輩、どうでしたか? 休日に、友人とお出かけするのも、楽しめましたか?」


「楽しんでいたのは、姫川の方だろう」


「ふふっ。私も、もちろん楽しかったですよ。でも、そうではなくて、先輩はどうでしたか?」


 隣から見上げてくる姫川の視線を受けて、改めて、自分はどうだったか考える。

 姫川と偶然にも遭遇して、いいように振り回された。

 端的に言えばそうなのだろうが、では、それが嫌だったかと問われれば、そんなことはなかったと返答するだろう。


「……まあ、そうだな。楽しかった。姫川のお蔭だな」


「うふふっ。今日の先輩は素直でいいですね。じゃあ、えいっ」


 妙な掛け声と共に、姫川が俺の左肩に頭突きをかます。

 痛くはなかったが、姫川の突然の行動にいつも驚かされる。


「急に何だ?」


「いえ、ちょっと先輩の肩を借りて、くつろごうと思いまして」


 人の肩に頭を乗せたまま、姫川が言う。

 押し退けるなりしようかとも考えたが、今日くらいはいいか、と放置することにした。


「……ねえ、先輩? 少しは、クラスの方や、部活の方とも交流が増えたって言ってましたよね?」


 流れる車窓からの景色を眺めながら、姫川から尋ねられた。

 姫川と一緒に、俺にまつわる悪評の解消を試みて以来、確かに、少しずつではあるが、クラスの数人とは挨拶を交わすようになり、部活の連中とも部活動の時間に限らず話をするようになってきた。


「それも、姫川のお蔭だな。まあ……その……感謝してる」


「うふふっ。これで先輩は、私に一生涯頭が上がらなくなりましたね」


「そこまでじゃない」


「ふふっ……。ねえ、先輩……。友達と休日にこうして遊ぶのって、とっても楽しいことなんですよ?」


「……そうだな」


 姫川が、これから何を言わんとしているのか、何となく理解した。

 学校は友達と楽しい思い出を作るための場所、というのが姫川の持論だったことを思い出す。


「私は……、先輩に、学校生活を楽しんでもらいたくて頑張ったんです。だから、クラスの方とも、部活の方とも、こうして遊んだりしてほしいと思ってます。それが学生の本分だと言っても過言じゃありません」


「いや、過言じゃないか?」


「本当は、今日だって、先輩から一緒に出掛けてほしいって、誘ってもらえたらいいなって思ってたんですよ?」


「それは……。そうか、悪い、気付かなかった」


「先輩のクラスの方々も、部活の方々も、きっと、先輩から歩み寄ってくれるのを待っているはずです。先輩が、交友関係に境界線を引いて、必要最低限の交流だけしようとしていること、きっと、私以外も気付いてますよ?」


「……返す言葉もないな」


 高校に入学してから一年間、流布された悪評の影響で、生徒にも教職員にも爪弾きにされていた身分だ。

 今頃になって、自分が、交友の輪を広げようという気概が持てないことは、仕方のないことだと思っていた。

 周囲の連中に対して、今更どの面下げて、という悪感情が拭い切れないことも、仕方のないことだと、諦めていた。


 姫川は、それでは駄目だと諭してくれようとしている。

 そう考えると、今日の、姫川の強引な行動も、荒療治という目的があったらしいと、今更ながらに気付く。


「確かに、噂話の真偽も確かめずに、先輩を悪者扱いしていた人達です。それが、先輩を苦しめていたことも、私は知っています。でも……それでも、私は、先輩が、クラスメイトや、部活の仲間と、仲良くなってくれたらいいなって……思っています」


 言い終わると、姫川は沈黙した。

 俺も黙って、姫川の言葉をゆっくりと反芻する。

 他の誰でもない、姫川の言葉だからなのだろう。自分自身のこれまでの感情や行動が、仲間外れにされて臍を曲げていた小さな子供のように思えて、自嘲の笑みが、自分の表情に浮かぶ。


 自分の内心にあるおりのような感情が、雲散霧消とまではいかないけれど、軽くなったと思う。


「姫川……」


「っ、はい」


 びくり、と姫川が動揺した気配が左肩から直接伝わる。

 呼び掛けてから、何と言おうか考えがまとまっていないことに気付く。


 他人の人生観に講釈を垂れるなんて、流石の姫川でも、気負う部分があったのだろう。

 俺の左肩に頭を乗せているのは、動揺や気負っている様子を隠すためだったのかも知れない。


 姫川には、随分と世話をかけてしまったらしい。


「……ありがとう」


「……はい」


 結局、捻り出したのは月並みな感謝の言葉だった。

 それでも、左肩に安堵の気配が伝わってきたので、どうやら、姫川には満足してもらえたことが分かった。


「じゃあ、今度こそ、先輩からお出掛けのお誘い、楽しみにしてますね」


「気が向いたらな」


「もうっ。そこで素直に、はいって言えない先輩、嫌いです」


 くすくす、と姫川が笑うのが伝わってきた。

 そんな、とある日曜日の話。

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