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映画の話(2)

 映画の舞台は中世ヨーロッパ。まだ蒸気機関車が陸路での主力交通手段であった時代。

 主人公の探偵が乗車した寝台列車内で、殺人事件が発生する。

 容疑者は乗客と乗務員の全員。

 主人公が調査を進めると、証拠や証言から、次から次へと怪しい人物が浮かび上がってくる。


   『もう分りました。この男の人が犯人です』

   『やっぱり、この女の人が犯人です』

   『もしかして、意表をついて、この車掌さんが犯人じゃないですか?』

   『このマダム』

   『か弱いふりをして練りに練った計画的犯行を実行しそうな顔してます』


『落ち着け』

『早当てクイズじゃないんだから、じっくり鑑賞してろ』


 ポコン、ポコンと矢継ぎ早にメッセージを送ってくる姫川に、やんわりと自重を促す。

 しかし、テレビがCMに切り替わった途端に、姫川が電話を架けてきた。


「……姫川。今度は何だ」


『先輩、全然ヒントくれないじゃないですか。何なんですか、もう! 真面目にやってください』


「大人しく映画観ていれば、ちゃんとヒントは出るんだからいいじゃないか」


『全然よくありません。それに、五分以内に返信しなかったらペナルティのルールも忘れてますね。ちゃんと構ってください。構ってくれないと、今から先輩のご自宅に押しかけますよ』


「こんな時間に……いや、時間帯に関係なく来るな」


 不思議と、姫川はこちらの自宅の所在地を知っている気がして、こんな時間に来るなと言えば、時間帯を選べば行っていいのかと揚げ足を取られそうで言い直した。


『むぅ……つまんないです。先輩も成長しましたね』


「まあ、姫川に俺の自宅を把握されていても、特に困らないからいいけれど」


『あっ、先輩、遠回しに私を自宅に誘ってますか?』


「曲解するな」


『先輩は、私の家に招待されたい願望ありますもんね』


「どうして、疑問じゃなくて断定なんだ。そんな願望はない」


『じゃあ、まさか、招待じゃなくて、侵入願望ですか? ダメですよ、先輩。刑法130条、住居侵入……でしたっけ? 犯罪です』


「その願望もない。ほら、冗談言ってる間に始まってるぞ」


『あ、もう、先輩のせいですよ。じゃあ、また』


 プツリと電話が終了する。慌ただしい奴だ。

 映画も中盤に差し掛かり、主人公の探偵による調査も進み、被害者の過去の悪事や、乗客らとの接点も明らかになってきた。


   『日本でも寝台列車の旅ってあるんですかね?』


『新聞の折込広告で見たことがある』


   『あ、ネット検索したら結構ヒットしました』

   『お金と時間に余裕がないとダメですね』

   『先輩は』

   『北海道方面と九州方面』

   『どっちに旅したいですか?』


 姫川の興味が、映画から寝台列車の旅にトリップしてしまった様子だが、逐一指摘するのも面倒なので、会話の流れに乗ることにする。


『北海道には行ったことがあるから、九州方面』


   『ずるいです』

   『どうして連れて行ってくれなかったんですか』


『中学の修学旅行が北海道だった』


   『私の中学校は広島でした』

   『平和記念公園とか、原爆ドームとか』

   『厳島神社とか錦帯橋とか』

   『お好み焼きとかアナゴとか海軍カレーとか』

   『尾道ラーメンとかもみじまんじゅうとか』

   『おいしかったです』


『最後の一言で台無しだな』


   『北海道なら、旭山動物園とか函館山とか』

   『富良野に美瑛、函館山、宗谷岬、その他いっぱい』

   『絶景スポット巡りしたいですね』


『移動が大変そうだな』


   『そうですね』

   『何回かに分割して』

   『じっくり観光したいところです』

   『あ、先輩と一緒に行くとは言ってませんからね』

   『もしかして期待しました?』

   『残念でした~』


『期待してないから安心しろ』


   『まあ、先輩がどーしても一緒に行きたいって』

   『泣いて懇願するなら』


『しない』


   『もう!』

   『割り込み禁止って言ったじゃないですか』

   『ところで』

   『先輩は、海外旅行するなら』

   『どこに行きたいですか?』

   『私、ヨーロッパは絶対に行きたいです』

   『オーストラリアも有名な観光地が多いですよね』

   『台湾とかベトナムとかも』

   『美味しいものがいっぱいありますよね』


 そんな感じで脱線した会話は、結局、映画のクライマックスまで軌道修正されなかった。

 加えて、CMの度に電話が入り、対応に忙しいことこの上なかった。


『先輩! あんな結末ってあんまりじゃないですか! ひどいです! だまし討ちです!』


 そして、映画のエンドロールに入ってから、姫川はクレームの電話を入れてきた。


「俺に文句を言っても仕方ないだろ。この結末の意外性が、この小説の醍醐味だと思うんだが」


『確かにそうですけど! このお話を考えた人、凄いと思いますけど! もうっ……あ、でも、考えようによっては、私は犯人を当てたことになりますよね?』


「それは……まあ、そうなるか」


『ふふん。じゃあ、犯人当ての勝負は私の勝ちですね』


「よかったな。じゃあ、時間も遅いし、俺はそろそろ寝るから」


『ちょっと先輩。最初の約束忘れてませんか?』


「約束?」


『私が勝ったら、何でもお願い聞いてくれるって言ったじゃないですか』


「……いや、言ったのは姫川で、俺は別に約束してないだろ」


『だーめーでーすー。トーク履歴読み返してください。先輩は、「好きにしてくれ」って言いました。つまり、私の提案に賛成したってことですからね。民法でいうところの、追認……でしたっけ?』


「そんなこと……、あ……、まあ、確かにそうなるか」


 話が脱線しまくっていて、読み返す気にもならない履歴の序盤で、確かに姫川が指摘するとおりのやり取りがあった。


「姫川……お前、この映画の内容知ってたんじゃないか?」


『ふふっ。どうですかねー? 私は、先輩から映画の内容知っているかどうか、聞かれませんでしたから』


「お前……。はぁ……、まあ、いいか」


 結局、最初から俺は後輩の掌の上で遊ばれていたらしいが、別段、悪い気はしなかった。


『はい、潔くて大変よろしいです。

 実況中継も楽しかったですけど、今度はちゃんと一緒に映画観ましょうね。映画館でもいいですし、あ、それこそ、先輩の家でとかも楽しそうですね』


「家には来ないでほしいんだが」


『こっちには、何でもお願いを聞いてもらえる権利がありますからね。うふふっ。楽しみですね。

 まあ、今すぐ決めなければいけない話でもありませんし、今度改めて、相談しましょうね』


「お手柔らかに頼む」


『はい。ん~……。じゃあ、私も寝ることにします。先輩、今日はお付き合いいただいて、ありがとうございました。おやすみなさい』


「あぁ、おやすみ」


 ただただ駄弁っていただけなのに、不思議と充実した時間だった。

 そんな、とある金曜日の話。

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