映画の話(1)
言い訳
本編も書いています。結末は決めているのに、過程で悩んだり、脱線して余計な話を書いたりしています。
『先輩……今晩、私と一緒に映画を観ませんか? 今晩、私の家、誰も居ないんです』
電話に応答するなり、開口一番、後輩はこう宣った。
祝日と重なった金曜日。
学校は休みでも、昼間は部活動、夕方は勉強。気付けば夕飯時。
母親はいつものように、自身が経営する小料理屋の仕事へ出掛けた。
父親は仕事仲間で麻雀大会兼慰安旅行だと言って、出掛けた。
まあ、時々こんな日もあるということで、久しぶりに一人でゆっくりできる時間が与えられた。
母親が作り置きしてくれた夕食の鰈の煮付けをありがたく頂き、使った食器と調理器具を洗いながら、今からの時間、何をしようかと考える。
各種授業の課題もなく、今晩やらなければならない用事もない。
かと言って、せっかく自由に使える時間を、無為に寝て過ごすのは勿体ない。
妙案が浮かばないまま、見る気もないがBGM代わりに点けていたテレビで、今晩は映画を放送するという宣伝が流れた。
走行中の寝台特急列車内で発生した殺人事件を、偶然乗り合わせた主人公の探偵が解決する洋画だ。
原作は、外国の有名な推理小説。
「懐かしいな……原作は読んだけれど、映画になってたのか」
姫川から電話が架かってきたのは、この時だった。
経験上、額面通りの意味ではないのだろう。
「……テレビで同じ映画を観るから、実質一緒に観るのと同じ、という理論か?」
『むぅ……反応が面白くないです』
姫川が期待していた反応を返させなかったらしいが、そんな事は知ったことではない。
『察しの良い先輩、本当に可愛げがありませんね。はいはい、そーですよー。なんですか? 可愛い後輩がせっかく、先輩の青春的欲望を手玉に取ってあげようとしたのに。つーん』
「つーんって……。まあ確かに、同じ映画を観た後で、感想の交換でもできれば、面白いだろうな」
『え? 何言ってるんですか先輩。本当にSNSの普及した現代の高校生ですか? 映画の感想なんて、リアルタイムで交換するに決まってるじゃないですか。実況中継で解説付きです』
「……いや、俺は落ち着いて映画鑑賞したいんだが」
『何ですかそれ。同じ時間に同じ映画観る意味が無いじゃないですか。そもそも、先輩に拒否権はありませんから。それじゃ、私、これからお風呂に入って、ポップコーンと飲み物を準備します。先輩もちゃんと準備してくださいね。では、また後で』
「おい、姫川……」
一方的に通告されて、電話が終了した。
通話終了を表示するスマートフォンのディスプレイを眺めながら、結局、姫川の手玉に取られているような気がする。
「……まあ、映画を観ながら、時々返事返すくらいなら問題ないか」
独り言に反応するように、スマートフォンに一連のメッセージが届いた。
『先に言っておきますけど』
『五分以内に返信しない場合』
『来週ペナルティですからね』
『先輩に乙女の純情を弄ばれた』
『って学校中に言いふらします』
「……これが冗談じゃないのが、姫川の恐ろしいところなんだよな。まあ、これも一つの映画の楽しみ方か」
『分かった』
返信し、自分も風呂を済ませる事にした。
烏の行水よりは幾分マシな程度な俺と、女性の姫川では、入浴時間に差が出るもので、姫川からメッセージアプリにメッセージが届いたのは、映画が始まる五分前だった。
偶然、我が家にもポップコーンと炭酸水があったので、ポップコーンを木製の器に盛り付け、炭酸水を蓋付きタンブラーに注いで、テレビ正面のソファーで寛いでいた。
ポコン、と間の抜けた通知音と共に、姫川からのメッセージがスマートフォンの画面に表示される。
『先輩は、今日の映画観たことありますか?』
『映画は初見だけど、原作の小説は読んだ』
『そうなんですか』
『せっかくのミステリー映画なので』
『犯人当て勝負をしようと思ったのに』
『先輩の不戦敗でいいですか?』
『良くない』
『先輩の不戦敗って、駄洒落みたいですね』
『気付かなかった』
『じゃあ、趣向を変えて』
『私が犯人を当てられるかどうかで勝負しますか』
『私は当然、私が犯人を当てる方に賭けます』
『勝負しないと駄目なのか?』
『私が犯人を当てられなかったら』
『先輩の勝ちにしてあげます』
『聞け』
『いや、読め』
『私が勝ったら』
『先輩は私のお願いを何でも一つだけ聞いてください』
『あ、心配しないでください』
『世界の半分が欲しいとか』
『宇宙からの侵略者を倒してほしいとか』
『実現できないお願いはしませんから』
姫川の文字入力の速度には舌を巻くしかない。
物凄い勢いで、俺が入力したメッセージが流されて行く。
そして姫川は、俺の話を聞く気は皆無らしい。
『もういい。好きにしてくれ』
『すみません』
『突然愛の告白されても困ります』
『まあ、先輩が私にベタ惚れなのは』
『違う』
『もう、途中で割り込まないでください』
『私のターンはまだ終わってませんよ』
『とにかく』
『せっかく同じ映画を観るんですから』
『共有できるものは共有した方が楽しいんです』
『先輩は、三回までなら私にヒント出してもいいですよ』
『なぜ、俺が姫川にヒントを出すんだ?』
『だって、先輩は原作を読んでいるんですから』
『当然のハンディキャップです』
『あ、もしかして』
『可愛い後輩に負けるのが怖いんですか?』
『有名な小説だから、ネット検索すればネタバレ記事は見つかるだろ』
『私はカンニングなんて不正行為しません』
『正々堂々』
『この勝負受けて立ちます』
『お前が勝手に始めた勝負だろ』
『映画始まりましたよ』
『では、勝負開始です』
『おい』
済し崩し的に始まった犯人当てゲーム。
まあ、頑張るのは姫川一人だし、別段気にすることもないか、と気楽に映画鑑賞を始める。




