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「不人気者の先輩」と「人気者の後輩」  作者: pierrot854
第二章 先輩と後輩の進展
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第三十一話 姫川舞衣の日常(放課後)(後輩談)

 しとしとと降り続く雨のせいで、グラウンドでの練習ができない本日の女子ラクロス部は、視聴覚室を借りて、強豪校の試合映像を観て戦術等の勉強会をするという名目で集合し、お菓子とジュースを持ち寄ってお喋りに花を咲かせました。

 ラクロス部の名誉のために言っておきますけど、普段の練習は本当に一生懸命に取組んでいますからね。今日は、ほら、普段頑張っている自分達へのご褒美ということです。

 それに、メンバーの親交を深めることはチームスポーツにとって重要課題の一つです。立派な部活動です。


 年頃の女子が集まってワイワイ。先輩も後輩も垣根無く仲良しなので、私はこのラクロス部の雰囲気が大好きです。


 視聴覚室の使用には時間制限がありましたので、早めに片付けを始めて、万が一でも食べ零しなどないように念入りに掃除をしました。

 視聴覚室での飲食は、禁止されています。厳重注意です。


 部長と副部長の最終チェックをパスして、本日の部活動は終了となりました。

 夕暮れの時間であることと、分厚い雨雲のせいで薄暗い窓の外ですが、雨脚は弱まっています。今なら、傘を差さなくても外を歩けるかも知れません。

 昇降口へ向かう途中で、同じ一年生でクラスの違うラクロス仲間二人から、


「姫川さん、今日はこの後どうする?」


「カラオケ行かない? カラオケ!」


「ううん。今日はもう帰るね。誘ってくれたのにごめんね」


「そっか。じゃあ、また明日ね」


「次は絶対一緒にカラオケ行こうね!」


「うん。また明日」


 特別な用事があったわけではありませんが、今日は遅くならないうちに帰るつもりだったので、せっかくのお誘いですが辞退させてもらいました。

 誘ってくれた方も気を悪くした様子もなく、別れの挨拶を交わしてから、一緒にカラオケに行くメンバーと合流して、足早に昇降口へと向かって行きました。


 断ってしまってから、一人になった不安が胸の内にじわりと沸き起こりますが、大きく一つ深呼吸をして、平静を保ちます。


 部活動が終わるには早い時間のため、放課後の校内にはまだ大勢の生徒が居て、賑やかです。

 時折遭遇する友達や知り合いの先輩に挨拶しながら昇降口へ。下駄箱で上履きを交換して、傘立てから自分の傘を探して、


「……あれ? 私の傘……無い」


 見落としかも知れないと思い、もう一度、一本一本注意して探します。

 傘立てには各学年のクラス毎に一つ、学年とクラスが書かれたプレートが吊るされています。

 私は今朝、間違いなく一年一組の傘立てに傘を立てました。そして今、私の目の前にある傘立ても同じ物です。

 都合三回。立ててある傘をチェックしましたが、私の傘はありません。


「誰か、間違えて持って行っちゃったのかな」


 お気に入りの傘が無くなってしまい、心がしょんぼりと萎んでしまう私。

 幸いにも、雨は小康状態。


「まあ、誰にでも間違いはあります。広い心で他人の失敗を許してあげるのも、大事なことですよ、先輩」


 自分自身に言い聞かせるために声に出して大きな独り言を言うと、顔を上げて、胸を張って、私は昇降口から外へと足を踏み出しました。

 グラウンドのコンディションが悪いため、屋外の部活動は軒並み、休みか室内活動のため、静かな屋外。普段ならば多種多様な掛け声や音が聞こえる時間帯だと知っているために、物寂しさが一入ひとしおです。


 逆に、普段はあまり聞く機会のない屋内系統の部活動の掛け声や、走る足音や靴底が床を擦る音、ボールの弾む音が体育館の方向から聞こえてきます。

 何気なくそちらに目を向けると、体育館と武道場が目に入りました。体育館も武道場も、換気のために窓や扉が大きく開け放たれているので、元気よく練習している人達の姿が外からでも見える状態です。


 何かを意識した訳ではありませんが、私は何かに惹かれるように、武道場へ近付きました。


「セェェェイ!」「ウォォォオ!」「きぇぇぇ!」


 奇声が飛び交います。

 ダン、ドン、と床に重い物がぶつかる音も響きます。

 武道場の中では、剣道部、柔道部、そして空手部が活動の真っ最中です。


 正面入り口は、靴が散乱していて足の踏み場も無かったため、大きな荷物の搬入等の時に使う、側面の観音開きの扉へ回り込みます。

 コンクリート造りの階段があり、全開にされた扉の周囲に、気息きそく奄々(えんえん)の男子生徒が何人か倒れています。

 白い道着を着ているのですが、私には空手着と柔道着の差異が分からないので、どちらの部員の方か判別できません。


「お邪魔しまーす」


「ひ、ひめ、姫川さん!?」


 私が顔を出すと、近くに居た空手部員の一年四組の男子が気付いて声を掛けてくれました。


「なんだって!?」


「姫川さんだ!」


「「「「「姫川さん、こんなむさ苦しい所までお越しいただいて光栄です!」」」」」


「皆も、お疲れ様。ごめんね、ちょっと覗いてみたくなって」


 他にも数人の一年生が気付いて、総勢五名が私を向いて姿勢を正すので、何だか申し訳なくなります。


「お? 姫川か。珍しいな」


「あ、駒村先輩。こんにちは……こんばんは?」


「いや、挨拶しながら遠ざかんなよ……普通に傷つくわ」


「すみません、条件反射でつい」


 ザワザワしていた一年生に気付いた空手部主将の三年生、駒村和也さんに見付かってしまいました。

 駒村先輩は、悪い人だったのですが、最近は心を入れ替えて、空手部内の立場が悪くなっていた先輩が、部活動へ参加しやすい環境の醸成に尽力しています。


 先輩が抱えていた諸問題を解決する際に、私が考案した作戦の餌食になっていただいた経緯があるのですが、その時の好色そうなイメージが強いので、つい身構えて物理的な距離を置いてしまいます。


「オラ、一年! 稽古中だ、散れ! 八王子なら、そこに居るぞ」


 一年生を一喝して解散させ、腕組みをして立っていた駒村先輩は、組んでいた腕から右手の親指を、自分の正面へと突き出しながら言いました。

 駒村先輩の示す方向を見ると、空手部員が四角く取り囲む中央で、先輩が組手の真っ最中でした。


「相手の攻勢からいちいち逃げるな! 付け込まれるぞ!」


 突然の鋭い声に、思わず私の背筋が伸びます。

 声のした方を見ると、普段私と一緒に居る時は見ない、少し怖いような、真剣な表情の先輩。

 見慣れていないからか、不思議と、目が離せません。


「はい!」


 先輩の組手の相手は、私も知っている一年生でした。

 いつになく真剣な表情で、トントン、と軽快なステップを踏んでいる先輩と、素人の私が見ても逃げ腰な一年生。

 先輩が間合いを詰めると、咄嗟にパンチやキックを繰り出すのですが、先輩に簡単にさばかれてしまいます。


 そうこうしているうちに、先輩の足払いで一年生が転がってしまいます。そこへ、先輩が真上からの正拳突きの寸止め。

 多分、今のが決着だったのでしょう。先輩が一年生から離れて、中央に立ちます。


「相手の全体を見ろ! 上半身しか見えてないぞ!」


「は、はい!」


 先輩に檄を飛ばされて、倒れていた一年生が慌てて起き上がります。


「よし、下がれ!」


「ありがとうございました!」


 一年生は先輩に対して一礼すると、フラフラと私の方向へ歩いて来て、力尽きて倒れます。


「なるほど、こっちの死屍しし累々(るいるい)は先輩の仕業でしたか」


「ああ、すげえよ八王子。一年生全員相手したんだぜ? 体力底無しかよ」


「うわぁ……。先輩、凄いのを通り越して変態さんですね」


「おい、八王子! 喜べ、面会だ! 野郎ども、五分休憩だ!」


「あ、駒村先輩、わざわざ呼ばなくても……」


「丁度休憩の時間だ。気にすんな」


 何故か、「俺いい仕事した」みたいな顔でこちらを見てくる駒村先輩です。ちょっとムカっとします。

 まあ、お気遣いには素直に感謝しておきますけれど。


「面会って。刑務所じゃ……姫川?」


 首に引っ掛けたタオルで汗を拭きながら、駒村先輩の所へ、囚人のような扱いを抗議に来た先輩は、私を見付けて目を丸くします。

 私が先輩の部活動中に尋ねるのは初めてですから、珍しいと思うのも当然でしょう。


「……あ、先輩、お疲れ様です。すみません、練習の邪魔をするつもりはなかったんですけど」


 かく言う私も、部活中の先輩の姿を見慣れて居なくて、ワンテンポ返事が遅れてしまいました。

 いつもの無造作ヘアが更に無造作になっていたりとか、空手着を着ている姿とか、まじまじと見入ってしまいました。


「いや、邪魔になってないから気にしなくていい。何か用事か? あぁ、悪い、その前に汗流したいから、少し待ってもらえるか?」


「え? はい、どうぞ」


 先輩は私の立っている出入り口で、共用物品らしいスリッパを足に引っかけると、そのまま正面入口近くにある水道まで移動します。

 何をするのかと思えば、屈んで蛇口の下に頭を突っ込むと、直接頭に水を被りました。

 その様子を見ながら私は、先輩も男の子なんだなあ、と今更な感想を抱きます。


 たっぷり十秒くらい水を浴びた先輩は、首のタオルで乱暴に頭と顔を拭いてから、


「悪い、少し涼しくなりたかった。それで、何か用事だったか?」


「いえ、違います。今日はラクロス部が早めに終わったので帰ろうと思ったんですけど、たまたま、武道場が目に入ったので、見物しようと思っただけです。先輩なんかにこれっぽっちも用事なんかありません。うふふ、残念でしたね」


「別に残念ではないけど」


「まあ、そうですよね。先輩は、可愛い後輩に会えただけで嬉しいでしょうからね。手の舞い、足の踏む所を知らずって感じですよね。さり気無く、他の男達から引き離して二人きりになろうとしちゃうくらいですからね。きゃー、こわーい」


「楽しそうだな、姫川」


「もうっ、相変わらずノリが悪い先輩ですね。私が一人ではしゃいでるみたいになってるじゃないですか。もっとこう、目に見えて落胆するとか挙動不審になるとか、私を楽しませてください」


「いや、楽しませろ言われてもな……。まあ、確かに、姫川の顔を見れたのは嬉しいか。どうにも、練習中は睨み合いになるから、姫川の緩い顔を見ると和む」


「ちょっと聞き捨てなりませんね、何ですか緩い顔って! 名誉棄損です! 侮辱罪です! 不敬罪で断頭台です!」


 先輩の事ですから、言葉選びのセンスはともかく、悪い意味ではないのでしょうけれど、それでも「緩い顔」と形容されては気分がよろしくありません。詰め寄って問い質す態勢になりますけど、先輩は反省半分面白半分の表情です。


「ちょっと軽口叩いただけでギロチン台か……。でもまあ、姫川と顔を合わせて話をするのが、最近は楽しいと言うか、嬉しいと思っているから、間違いではないか」


 最近、見慣れて来た柔らかな表情を浮かべる先輩。


「……もうっ。よく臆面もなく言えますね。神経を疑います」


 割とストレートな好意の表現に、思わず勢いを削がれてしまいます。

 調子が狂います。ちょっと顔を背けてしまいます。

 結局、私が一人で燥いでいるみたいになっています。面白くないと言いますか、悔しいと言いますか。


「まあ、こんな事言える相手、姫川くらいしか居ないしな。じゃあ、そろそろ休憩も……あ」


「雨、降って来ましたね」


「屋根の方に移動するか」


「はい」


 ぽつり、ぽつり、と粒の大きい雨が降り始めて、私と先輩は武道場の屋根の下へ戻ります。

 音を立ててザアザアと降り始めた雨を見て、思わず私は、


「どうしましょう。傘が無いから、帰るのが大変です」


「ん? 姫川、今朝は傘持ってただろ?」


 余計なことを口走ってしまいました。

 怪訝な顔をする先輩に、どう説明するか迷う私。


「それが、その……。帰りに傘立てを見たら、私の傘が無くなっていて。多分、誰かが間違って私の傘を持って行っちゃったみたいなんです。さっきは止んでいたので、帰れると思ったんですけど、先輩と話していたせいで帰れなくなっちゃったじゃないですか」


「雨は俺のせいじゃなだろ。まあ、いい。ちょっと待ってろ」


「あっ」


 呼び止める暇もありません。先輩は小走りに空手部の部室へ行くと、間もなく、手に傘を一本持って戻って来ました。


「ほら、俺の傘貸すから」


「私に傘を貸したら、先輩が雨に当たっちゃうじゃないですか。お馬鹿さんですか?」


「俺は置き傘がもう一本あるから大丈夫だ。遠慮なく使っていい」


「そう……ですか。じゃあ、はい。ありがとうございます」


「じゃあ、気をつけてな」


 差し出された傘を素直に受け取り、お礼を言います。

 先輩はそれを確認すると、満足げに頷いて、部活に戻ろうとします。


 ちょっと待ってください。


 何ですか、この、絵に描いたような仲睦まじい先輩と後輩の関係は。

 私はこんなに柔順で可憐な後輩じゃありません。生意気で、先輩を困らせて、主導権を握るのが『私』のはずです。


「先輩」


 爽やかに立ち去ろうとする先輩の腕を、開いている方の手でしっかりと捕まえて、驚いて振り返る先輩に、普段通りの『私』の笑みを向けます。

 それに気付いた先輩の表情が曇るのが面白くて、きっと、対照的私は晴れ晴れとした笑顔になっていると自覚します。


「部活終わるまで待っててあげますから、一緒に帰りましょう。まさかとは思いますけど、可愛い後輩のお誘いを断ったりしませんよね?」


 調子が出てきました。

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