黒い墨のメッセージ
もう一度、その女の子を見た。息が、胸とのどの間のどこかで詰まった。
でも今度は、その顔がはっきりと見えた。もうぼやけたところも、僕たちを隔てる距離もないくらい近かった。
彼女の目は、静かな強さを持っていて、冬の裸の枝の間から漏れるわずかな光を、その黒い瞳が受け止めていた。鼻も、口も、この国に来てから出会ってきた人たちと同じように見えた。髪の切り方や色は、お父さんがよく遊んでいるゲームのキャラクターを思わせたけど、その顔は、ゲームやアニメのどのキャラクターよりも、本物の日本人らしく見えた。表情の静けさの中に、フィクションには収まりきらないくらいの生々しさがあった。
何秒もの間、その女の子と僕はお互いを見つめ合っていた。どちらもまばたきをせずに。窓の外の冷たい空気さえ、僕と一緒に息を止めているみたいだった。
それから、ゆっくりと彼女は手を上げた。風なんて吹いていないのに、袖がふわりと揺れた。
少し経って、空中に濃い黒の墨が現れ始めた。彼女の指の動きに合わせて。墨はゆっくりと動いて、一文字一文字、形になるようにくるりと曲がっていって、彼女の後ろに広がる青白い冬の空を背景に、まるでガラスに描かれたみたいに宙に浮いていた。
なぜか、その文字は、僕たちが泊まっているホテルの廊下に飾ってあった大きな黒い書道の作品を思い出させた。初めて見たとき、その筆づかいの形がかっこいいと思ったけど、同時に少し落ち着かなかった。異常なくらい太い墨で書かれているみたいだったから。
でもそれとは違って、今見ているこの文字は、どこの壁にも固定されていなかった。
宙に浮いたまま、彼女のすぐ前で漂っていた。
その日本語の文字の下に、インドネシア語の言葉も、同じくらい丁寧に形を作りながら、ゆっくりと現れ始めた。
その言葉を、一つひとつゆっくりと読んだ。読むたびに息が詰まって、指が膝の上で丸まって、心臓の音は、エンジンのうなりを超えるくらい大きく聞こえてきた。
富士山から離れろ。
その意味が染み込んでくるにつれて、首の後ろに冷たいものが走った。一瞬、息をすることすら忘れた。
しばらくして、黒い墨は消えていった。まるで冷たい空気そのものが、丸ごと飲み込んでしまったみたいに。あとにはただ、ガラスの向こうに広がる何もない森だけが残った。
女の子はまた指を動かした。
黒い墨がもう一度現れて、新しいメッセージの形になった。
神社へ行け!
右に、それから左に、首をかしげることしかできなかった。何を言いたいのか、まったくわからなかった。
すると女の子はまた指を動かした。今度はさっきよりゆっくりと、一画一画が、彼女に何かを犠牲にさせているみたいに。
黒い墨が、もう一度言葉の形になった。
あなたは……私の声が……聞こえない……
体全体がびくっと跳ねて、座席に背中を強く押しつけた。
「えっ!?なんで!?」
お父さんがすぐに振り返って、僕の顔を探るように見た。
「どうした、ギラン?」
お母さんも僕の方を見た。
「何ができないの?」
すぐにうつむいた。じっとしていようとする緊張で、耳が少し熱くなっていた。
「なんでもない、お父さん……」
お父さんはゆっくりと息を吐いて、また前を向いた。肩から力が抜けていった。僕の答えを聞いたお母さんも同じように、また座席に体を戻したけど、その目は、お父さんよりも少し長く僕の上に留まっていた。
お父さんはガイドさんの方をちらっと見て、小さくうなずいた。すべて終わって、出発できるという合図だった。
小さく笑いながら、お父さんが言った。
「ははっ、そんな風にお父さんとお母さんを驚かせないでくれよ、ギラン」
車がまた動き出した。凍った路肩の上をタイヤが柔らかくザリザリと鳴らしたあと、なめらかなアスファルトに乗って、あの一区画の道を後にした。
それでも、残りのドライブの間ずっと、あの巫女の女の子が書いたメッセージのことが、頭の中をぐるぐると回り続けた。冬の冷たい光が、山道を登っていく車の中、僕の膝の上を滑っていった。
「お母さん……」
お母さんがこちらを向いて、優しく微笑んだ。その柔らかい表情に、僕の勇気が少し崩れそうになった。
「今度はどうしたの、ギラン?」
指をもじもじと動かした。緊張していて、外の寒さにもかかわらず、手のひらがうっすらと汗ばんでいた。
「お母さん……今すぐ、神社に行ける……?」
お母さんは少し驚いたような顔をして、眉を上げた。
「どこの神社?」
胸の中に、すぐパニックが湧き上がった。外から押し寄せる冷気とは反対に、熱くて急なパニックだった。
「えっと……」
なんて答えればいいのか、まったくわからなかった。
「ど、どこの神社でもいいから、お母さん」
神社にさえたどり着ければ、それでよかった。理由はわからないけど、今すぐそこに行かないと、何か悪いことが起きるという確信のようなものが、体の中でずっと騒いでいた。
お母さんはしばらく僕を見つめてから、もう一度聞いてきた。
「それって、また、あの巫女の女の子と関係があるの?」
体がびくっとこわばった。
できるだけ強く首を横に振った。額のあたりに冷や汗がにじむくらい、強く。
嘘をつくことしか、もう残された道はないように思えた。罪悪感が胸を圧迫してくる中でも、言葉は頭の中ですぐに形になっていった。
日本の神社ではお守りが売られているって、漫画やアニメで読んだり見たりしたことを思い出した。
「ち、違うよ、お母さん!」
「その……東京のホテルで、ネットで読んだんだ。神社では、幸運をもたらすお守りが売られてるって」
「だから……富士山に着く前に、お守りを買いたいんだ、ギラン」
お母さんは小さく息を吐いて、もう一度だけ僕の顔をじっと見てから、肩の力を少し緩めた。
それから手を伸ばして、お父さんの肩を軽く叩いた。
お父さんはお母さんの方を向いて、説明を聞きながら、話している間にミラー越しに一度、僕の方をちらっと見た。
それからお父さんは、バックミラー越しに僕を見た。
「今はそれ、無理そうだな、ギラン。予定通りに動かないといけないから。どこかで余分に停まると、追加の費用がかかっちゃうんだ」
ゆっくりとうなずいて、まだ胸の中に重く残っている不安を飲み込んだ。
「わかった、お父さん」
それから、残りのドライブの間、他には何も起きなかった。霜に覆われた広い畑や、遠くに連なる雪をかぶった稜線が、長く続く冬の田舎の景色となって流れていった。
お父さん、お母さん、そして僕は、ついに宿に到着した。その看板は日本語ではなく、エニコ リゾート アンド グランピング マウント フジという文字で書かれていて、本館の裏あたりから湯気がかすかに立ちのぼって、冷たい夕方の空気に混じっていた。かすかに硫黄っぽい匂いが、のどの奥にまとわりついた。
駐車場の向こうでは、道沿いに並ぶ裸の木々に、すでに小さな冬の電飾が巻きつけられていた。日本の宿はよく季節ごとにこういうものを飾るんだと、お母さんが教えてくれた。その光は、暮れていく夕方の青の中で、柔らかく温かく灯っていた。
厚いコートを着たスタッフが、入り口近くに着いた別の車に向かって手を振っていて、建物の裏の方からは、かすかな笑い声と食器の音が漂ってきた。おそらく食堂のあたりだろう。寒さの中でも、その場所全体が、自分なりの静かな活気で満ちていた。
チェックインを終えると、ガイドさんはお別れの挨拶をした。使っていた車も引き取られていって、すでに決まっているスケジュールに沿って、また迎えに来ると教えてくれた。
そのあとお父さんとお母さんは、宿にある温泉に僕を誘ってくれた。長いドライブのせいで足はまだこわばっていて、ずっと動いていたヒーターにもかかわらず、指先はまだかすかに冷たかった。
でもお母さんによると、僕はもうお父さんと二人だけで男湯に入っても大丈夫な年齢になったらしい。小さいころみたいに、ドアのすぐ外にお母さんが立っている必要は、もうなかった。




