発作 再び
東京は便利で華やかだが、
その喧騒は、静かな土地で整えられた身体には時に強すぎる。
秋田での穏やかな日々を終え、
小瀬川夫妻は東京へ戻った。
しかし、旅程の疲れと都会の刺激は、
涼香の身体に思わぬ負荷を与えることになる。
ここでは、
涼香を襲った「発作」と、
その後に生まれた“ある決意”を描く。
東京に戻った翌日の午後だった。
涼香はリビングのソファに座り、
旅行の荷物を片付けながら、
「ちょっと疲れたかも」と笑っていた。
その笑顔が、突然ふっと消えた。
「……俊さん……なんか、胸が……」
声が震えていた。
俊が振り向いた瞬間、
涼香の身体が小さく痙攣し、
ソファの背にもたれかかるように崩れた。
「涼香!? 涼香、聞こえるか!」
俊は駆け寄り、肩を支えた。
涼香の呼吸は浅く、早い。
指先が冷たく、唇の色が薄い。
「……ごめん……苦しい……」
その言葉は、かすれていた。
俊は震える手で救急車を呼び、
到着までの数分が永遠のように長く感じられた。
救急隊員が到着し、
酸素マスクが涼香の顔に当てられた瞬間、
俊はようやく息をついた。
「命に関わる状態ではありません。
過度のストレスが引き金になった可能性があります」
医師の言葉に、俊は胸を押さえた。
安堵と、恐怖と、悔しさが入り混じる。
病院のベッドで、
涼香はゆっくりと目を開けた。
「……俊さん……」
「涼香……よかった……」
涼香は弱々しく笑った。
そして、ぽつりと言った。
「……秋田に帰りたい……」
その言葉は、
久しぶりの“わがまま”だった。
俊は涼香の手を握り、
静かに頷いた。
「落ち着いたら……秋田に帰ろうな。
また、あの空気の中で暮らそう」
俊の脳裏には、
秋田空港の近くで見た南向きの穏やかな山なみが浮かんだ。
柔らかい稜線。
風に揺れる木々。
どこまでも静かな空。
(ああいう風景の中で、涼香と暮らせたら……)
その瞬間、
俊の胸の奥に、
“将来の夢”が静かに芽生えた。
治療体制とネット環境さえ整えば、
秋田への転居は現実的だ。
むしろ、涼香の身体にはその方が良いのかもしれない。
東京の喧騒の中で、
俊は初めて、
「秋田で暮らす未来」を真剣に思い描いた。
涼香の発作は、
旅の疲れと東京の刺激が重なった結果だった。
秋田で整えられた身体は、
都会のスピードに急に戻ると、
そのギャップに耐えられないことがある。
しかし、今回の出来事は、
小瀬川夫妻に“新しい選択肢”を示した。
秋田の静けさ、
あの南向きの山なみ、
そして人々の優しさ。
それらは、涼香の身体だけでなく、
俊の心にも深く刻まれていた。
次の章では、
涼香の回復と、
夫妻が「秋田での生活」を現実的に検討し始める様子を描いていく。




