小麦粉石鹸アレルギー事件 専門化・高度化の盲点
本作はフィクションですが、難病や医療制度についての描写には
できる限り現実の知見を参考にしています。
ただし、医学的な正確さよりも「登場人物の心」を優先しています。
気軽に読み進めていただければ嬉しいです。
帝国ホテルでの華燭の披露宴から数日…
世間の反応がようやく、落ち着いてきた頃に、五菱商事の広報室にひとつの情報がもたらされた。
「小麦加水分解物石鹸の件で、世論が再燃し始めているようです」
「涼香さんの情報で、免疫について関心が高まっているから、見直しを求める声は出ると予想はしていたが…思いのほか、早かったな」
医療アドバイスを行っている医師が、さもありなんと頷く。
小麦粉石鹸アレルギー事件とは、「お肌に自然が効く」と宣伝していた加水分解小麦末「グルパール19S」配合の石鹸が販売された2004年より、厚労省の異常が有れば使用を控えるよう周知指導がされた2010年までの間に、1400人近い健康被害を起こした事件で有った。
2019年まで続いた集団訴訟の裁判では、販売元・製造元・原材料製造元の3社に製造物責任があると判断されました。行政の対応は、遅いと批判されましたが、使用を控えるよう周知と自主回収を指導することで、最低限の責任を果たしたと言われています。
「自然派」「茶葉の力」など耳あたりの良い宣伝が実際に行われていましたが、当初よりそのイメージ戦略には「自然由来が体に良いなら、トリカブトも自然由来だから云々」などの批判も某掲示板などで散見されていた。しかし、これほどの被害を起こすとは誰も予想もしておらず、経皮感作と免疫の怖さが初めて世間に知られるようになった。
経皮感作・・・皮膚かられる減が侵入し、以前は食べても問題が無かった小麦に対して重篤なアレルギーを引き起こす。
現代医療の盲点が露呈した事件とも言える。
赤ひげ先生こと柳 貞明が、杜氏 俊に語った言葉だが、
「皮膚科は皮膚ばかりを見ていた。
アレルギー科はlgEだけを見る。
免疫化は免疫反応だけを見て、その原因に気が付かなかった。
縦割りの専門家ばかりでは、生活の中で起きる免疫の暴走は防げません」
再燃したこの問題は、「実は他にも似たような事例が起きているのでは?」という疑心と、
「果たして、あの際の行政の対応は適切であったのだろうか」との指摘を生むこととなった。
厚労省は、慌てて当時の時系列を再公開し、「事象を知悉してから(役所としては)最速で対応を行った」と釈明しなければならなかった。
同時に今後も同様の被害が拡大する前に、医療の最前線の情報を吸い上げて、異常を早期検知するシステムの構築を予算要求と共に提案した。
流用可能なAIシステムが既に稼働していたからでもある。
五菱+安倍主導のAIデータセンターは、個人情報のセキュリティと医療現場とのアクセス性の再検証を行われることになった。
杜氏俊は、いつの間にか行政との窓口役も担わされていた。
厚労省の医官との会話では、踏み込んだ医学の知識も問われることも増えた。
逆にエリートであるはずの彼らは、杜氏に本草学と醸す技の教えを乞う場面も有った。
彼らの危機意識は本物だった。
「免疫の専門家が少なすぎる」
「医科大学への予算配分見直しと、この社会的風潮をうまく利用するしか…」
「微生物学との橋渡しも必要だ」
「オープンなオンライン会議室を設けよう」
「専門を跨ぐ判断は誰が行える?先生方の拒絶反応が、今から予想されるが」
「強権で押す手段が、この国では無いからな」
「もう、SNSもマスコミも利用して、セクショナリズムを地均ししていくしかない」
「もう、医者も素人は黙っとれとは言えない時代だからな」
これまで、思い通りに出来なかった葛藤が彼らにもあったのだろう。
過激な意見も飛び交っていた。
「生活 × 微生物 × 免疫 × 精神……
これを統合できる医療モデルは、まだ日本にありません。
杜氏さん、あなたの研究は行政を変えられます」
少年のようなまなざしで、かなり髪の薄くなった医官が俊に断言した。
素人目で感じる医療を含めた現代科学や技術の危うさを、
この節では描いたつもりである。
小麦粉石鹸アレルギー事件は、
もう世間では忘れ去られたような出来事だ。
しかし当時の筆者には、
あれは“科学の盲点”が露わになった瞬間として、
強烈なショックを与えた。
過剰な経皮吸収がアレルゲンになりえる。
この一文だけでも十分にパワーワードだが、
その商品が「自然由来成分」を錦旗のように掲げていたことが、
筆者の中でさらに衝撃を増幅させた。
自然由来だから安全。
肌に優しいから安心。
茶葉の力で美しく。
そうした“耳あたりの良い言葉”が、
科学的根拠を持たないまま市場を席巻していた。
そして、筆者自身が以前から感じていた
「自然派という言葉の胡散臭さ」が、
まさかここまで的中するとは思ってもいなかった。
自分の嗅覚が正しかったことに驚いたと同時に、
現代科学の脆さと、
人間の免疫の複雑さを思い知らされた事件だった。




