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48.

 この前ミサキさんといっしょに買いに行ったワンピース。肌寒い秋風にふわふわと揺れるスカートの上を丈の短いジャンパーが覆った。

 私の横を何人かの人たちが通り過ぎていく。私は壁に体を預けた。細かな凹凸のある壁は、私の体を抵抗しながらも支えた。

 私はスマホから目を離してさらりと辺りを見渡す。周りの人たちも、私たちと同じ目的でここに来ているんだろうか?入口近くのこの場所から覗ける市民会館の玄関には貼り紙で『Joint Concert』と洒落た文字で書かれている。

 今日、白に誘われたのはこのコンサートだ。

 開場は二時半からで、コンサートが始まるのは三時からだ。今は二時四十五分。まだ白は来ていない。

 制服とは違う、学校でもないいつもと違ったこの状況になんとなく胸がさわさわと風に撫でられた。暇な手のひらは何度もスマホを開閉した。

 事前に白が話していた言葉を思い出す。このコンサートは、地域の中学生と自衛隊の人たちが演奏するらしい。何を演奏するのかは知らないが、最初は中学生、次は自衛隊の人たち、ラストは全員での演奏のようだ。

 自衛隊。正直音楽とは結びつかなかったが、白によると自衛隊には音楽隊というものがあるらしい。音大卒などの縛りがあるわけではないが、厳しい自衛隊のイメージ通りにクオリティの高い演奏がされるらしい。

 私は小学校の何かの機会で同じ市民会館で弦楽器の演奏を聴きに行った事があるくらいで、それ以外ではこうしたコンサートにちゃんと行ったことはない。自衛隊だというくらいなら、やはり歴史あるクラシック系の音楽の演奏なんだろうか。

 「ミク、」

 少しだけ息の切れた声。

 振り向くと、そこにはいつもの制服に身を包んだ白がいた。

 「遅れてごめん。」

 そう言って白は髪をかきあげる。走ってきたのか、少しだけ汗の滲む額はいつもどおり真っ白だった。右目の上。そこにもホクロが一つあった。白い髪とは相反した真っ黒のほくろ。

 「制服なんだね。」

 白は眉を上げて私の言葉を噛み砕いた。

 「あーうん、寝坊して急いでたから、服選んでる暇なくて。」

 「そっか。」

 私はそっとスカートの裾を握った。

 「じゃあ、行こ。」

 隣に並んだ白は私の視線を促すみたいに顎をくいと動かして玄関へ歩いていった。白く伸びた白の指はすいすいと空をかき分けていった。いつもなら白が握る右手が、ただ空を握った。

 自動ドアが開くと、丸いおしゃれなライトに照らされ、正面に続く幅の広い階段が迎えた。こんな感じだったか。小学生以来ここには来ていないせいか、初めて来た場所のような気分だ。

 「開場は二階だから…」

 呟くような白の声が頭にかかる。あれだけ細いくせに、身長は私よりも数センチ高い。私はバレないよう少しだけ背伸びをしてみた。それでも若干白のほうが高いだろうか。

 赤い階段を登りきって会場につくと、「こんにちは〜」と小さめだが張りのある声で、隊服を着た自衛隊の人がプログラムやパンフレットを配っていた。にこやかな表情は瑞々しいが、私の想像してたような厳かさと言うか怖さみたいなものはなくて、ストンと胸が落ちた。

 カーゴ色の隊服の擦れる音を鳴らして、その場の一人が私に向けて「ありがとうございます」と柔らかい表情でパンフレットとプログラムの紙を手渡してくれた。

 「ありがとうございます」と白が応え、私は隣で軽く会釈をする。

 白い普通の紙に印刷された印字。第一部から第三部まで書かれた紙には、演奏される曲名と作曲者が記されている。知らない曲も多かったが、特に中学生が演奏する第一部には私でも知っているような、最近流行っていた曲だったりも書かれていた。

 「あ、この曲知ってる。好きなんだよね。」

 耳元で、白の声が聞こえた。白の白い指が指したのは第三部、中学生と自衛隊の人たちが合奏する曲の一つ。なんとなく聞いたことはある気がするが、うまく思い出せない。私は紙を握り直した。

 「楽しみだなー」と手首にはまった腕時計を撫でながら呟く白と真ん中あたりの席に座り、開演まで座って待つことにした。座席は思ったよりも柔らかくて、ふわふわした生地が優しく背中に当たる。

 「あと十分くらいだね。」

 そう言った白は、おもむろにステージに並んだ楽器たちを指さし始めた。

 「後ろに並んでるのが右からツリーチャイムにアゴゴベル、ドラムに大太鼓、ティンパニー。その前がトランペットとトロンボーンで、前の右がホルン、左がフルート、サックス、チューバ。真ん中がクラリネット。」

 さらさらと指さしていく白の顔は照らされたライトで黄色がかって見える。

 「あれは?」

 私が端の小さな鉄琴のような楽器を指さして聞くと、白は体を私の方へ傾けて答えた。

 「グロッケンだね。鉄琴よりも高い音が出る。」

 さっきよりも近くで聞こえる白の声。私は椅子に座り直すように体を動かした。

 「詳しいんだね。」

 白は少しばかり口を突き出してその薄い唇に指を当てた。

 「楽器の音好きなんだよね。耳に染みる音っていうか。」

 ふうん、と鼻を鳴らすと、ちょうどブーーとブザーが鳴ってアナウンスが流れた。

 「間もなく、演奏が始まります。お手持ちのスマホは、演奏中音が鳴らないようにマナーモードに設定お願いします。演奏中の撮影に関しては…」

 スマホを取り出して、アナウンス通りにマナーモードに設定する。気づけば周りの席も随分と埋まってきていて、いよいよ開演ということでさっきまで聞こえていた話し声も少くなった。私も白と話すのをやめてステージを眺める。

 するとパッと電気が消えて、同時にステージが明るく照らされた。自分と同じくらいの身長の中学生たちが舞台袖から歩いてきて、それぞれ自分の楽器の方へと並んだ。暑そうなライトに照らされた中学生たちは、緊張したように皆表情の硬い顔を見せている。

 そのうちの一人がマイクを持って立ち上がった。

 「今日は、お忙しい中私達の演奏を聴きに来てくださってありがとうございます。」

「かわいい」と隣でポソリと白の声が漏れ出た。私も静かに頷く。

 初々しさの残る中学生は、ところどころ突っかかりながらも私たちへ語りかけた。

 私も数年前までは同じ年だったなんて考えられない。たった数年でここまで変わるのか。まだ年なんて言う年齢ではないけれど、私から見ても中学生はやっぱり若いんだなぁ、と思った。

 「それでは一曲目、日本を応援する曲メドレーです。」

 そう言ってマイクを置くと、全員が楽器を構えた。

 すっと息を吸う。指揮者が指揮棒を掲げると、全員の視線がそこに集められた。緊張してるのか手がさらりと動いている。そして、優しく絵を描くみたいに、指揮棒が振られた。

 途端、ふわりと音が塗られるみたいに、優しくドラムの細かい音とともに管楽器の息の音が耳に触れた。ツリーベルのシャラララ…という音が鳴ると、徐々に楽器の音が増えていき、それぞれが呼応するように代わる代わる音が移り変わる。

 それぞれが一生懸命に楽器を演奏していて、元気に息吹く音楽は、意外にも自分の知っている曲も多かった。一曲ごとにグラデーションのように曲が移り変わり、合計五曲ほど演奏した後、第一部が終了した。最後の管楽器全員が合わさったロングメロディーは鼓膜にほんのり残ったままだ。

 「すごかったね。」

 そう呟いた白の言葉に私も頷く。中学生とはいえど、練習を重ねて努力した色が見えた。正直、演奏を聞いているうちに寝てしまうかもしれないと思っていたが、それは杞憂に終わったようだ。

 リズムのいい音色は自然と手拍子を誘って会場の多くの人が手を合わせていた。

 「初々しさ残る中学生の皆さんの元気な演奏でした!」

 そう言ってマイクを握ってきれいな笑顔を浮かべたのは自衛隊の隊服に身を包んだ人だった。張られた声は空気を押し出すような力強い力で、ついその声だけに集中してしまった。

 「それではお次に第二部。我々自衛隊音楽隊による演奏です。」

 そう言うと、舞台袖から多くの自衛隊の人たちがステージへ歩いてくる。

 さっきまでの中学生とは数センチほどしか身長だって大幅に変わるわけでもないのに、楽器を構えたその人達は数倍大きく見えた。全員背中に板が入ってるみたいに真っ直ぐに背筋が伸びていて、良くは言えないけれど、迫力、威厳、というか、オーラがあった。

 思わず、つばを飲み込んだ。

 光ってる人。これを見せるために白は私を呼んだのか。そう思って横にいる白の顔を見ると、白の薄い瞳はライトに照らされたステージがきれいに映っていた。私に気がつくと、私が思ってることまで見通したみたいにしてやったり、と頰を持ち上げて口の前に人差し指を柔く押し当てた。

 指揮者が指揮棒を上げた。ぞわり、と肌が粟立った。この人が一番オーラがある、そう肌で感じた。

 この場の空気が真空になったみたいに、リン、と小さく耳鳴りがする。

 ゆっくりと、鋭く指揮棒が振られる。瞬間、破裂するみたいに大きくて、でも綺麗なシンバルの音が空を裂いた。

 あ。

 ぶわり、と肌のすべてが全部粟立った。

 呼吸が、できなくなってしまったかもしれない。

 管楽器の呼吸の割れるような瞬発的な音が鳴るたびに、ペンキをバッと塗りつけられたみたいに、あたりが染まっていく。緋色、檸檬色、柿色から天壇色、白、スカイブルー。辺りの壁も、天井も全部楽器の色で染まっていく。その色が全部光っていて暗い照明の消えたこの空間全部を照らし尽くすみたいに輝いてる。

 ギラギラとこっちを観ろと言わんばかりに照らつく楽器の艶が、鼓膜も、目も全部奪っていった。息も、視線をそらすことも許されないくらいに。

 視界の端に映る自分の髪だけが、自分が今ちゃんと実体を持ってこの場に座っていることをおしえてくれた。楽器に命を吹き込む自衛隊の人たちが、みんな輪郭線をなぞるように光っていた。

 窓なんてないくせに、空気を震わす音が、強い風になって私の全部を吹き飛ばす。鼓膜がビリビリと叩かれているみたいなのに、音が大きいとはどうしてか思わなかった。

 何故かは分からないけど、目頭が熱くなる。

 一人だけ、指揮者の前に座っている人が、気だるげに椅子に座っているのが分かった。まるで休憩をしているみたいに、背筋をもたらせて座っている。だけど、目が違う。細い目の中に収まるその人の目だけは、他の誰より強くて、私はすでに粟立った肌がさらに細かく鳥肌が立った。

 ステージに立ってる全員が、楽器が、背景のライト演出が霞むくらいに全部光ってるみたいだった。

 食らいつかれるような演奏に、私はただ純粋に、無垢な小学生みたいに、”ああなりたい”と思った。



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