08_性悪モード
心臓が早鐘を打つ。
背中を冷たい汗が伝い落ちていくのが分かる。
私以外の誰かがヒロインとして『太陽の詩』に参加している。
けれど私は表情に焦りを見せずに逆に笑ってアリアへと返してやった。
「さあ、どなたと勘違いしてるか存じ上げないけれど……あなた、いつからオルフェを愛称で呼ぶくらい仲良くなったの? あまり思い上がらないことね」
「!」
アリアはハッとして自分の口元に手をやった。
そう、オルフェウスを始めキャラクターをアリアが愛称で呼ぶようになるのは恋愛段階が5段階以上に進行した2年目の4月以降だ。
つまり1年目の入学直後である今、彼女がオルフェウスを愛称で呼ぶのは完全にただ馴れ馴れしい勘違いの痛い女でしかない証明。
ついでに言うならゲームをまともにプレイした記憶が薄いんでしょうね。
そんな状態で私と競り合おうとしてるのかと思うと、私はいっそ笑いさえ浮かんできた。
アリアは敵でも見るかのように憎々しげに私を睨みつけると談話室から出て行った。
「あいつ、オルフェウス様にまた嘘を吹き込みにいくんじゃ!」
「ほうっておきなさい」
「でも!」
「いいのよ、イライザ、スザンナ。 嘘は暴かれたときのほうがずっとダメージが残るものなんだから」
正直な話、ヒロインの立場を乗っ取るのはいささか心が痛んでいたのだけれどプレイヤーがあんな性悪ならなんにも問題はない。
ここから先は私も本気で攻略に乗り出せばいいというだけなのだ。
私はココアの入ったカップを手に微笑みを浮かべて固唾を飲んで見守っていた女子たちへと朗らかに笑ってみせた。
「さあ、みんな。 お茶会を続けましょう」