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forget me not   作者: 陽向
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 家路に着く人や、電車に乗るために急ぐ人で雑踏する駅のロータリーは、陽が傾きかかっていた。

 辺りが薄暗くなり、街灯や電灯が灯り始める。

 私が身を隠していた柱にも光りが射し、私と目の前にいる人物を照らした。


 部活で見かける表情だ。


 日々の練習に励む剣道部と空手部は武道場を半々に分けて使用している。

 面を被っている剣道部とは違い、空手部は稽古のときの表情がよく見えた。

 山下 宇宙(やました たかひろ)という人物は勉学に優れ、勿論、運動神経も何も言うことがない文武両道の人物だった。

 それに加え、中性的な甘めのマスクをしているため女子生徒の憧憬の的だった。

 剣道部の女子部員も然りだ。

 休憩中などは空手部の練習スペースにお邪魔し応援する部員が続出するためよく男子部長からお叱りを受けた。

 私も先輩に無理やり引っ張られて、休憩中に試合を覗いたことがあった。

 無駄のない動きで相手を交わし、隙を付いて技をかける姿は見事だった。どこまでも精錬されていて、綺麗という言葉に尽きる。

 技を決めて勝利を手にしたというのに彼の表情は変わることない。落ち着いた雰囲気を纏い、精悍な目つきで倒れた相手に手を差し出す。相手が何処も怪我をしていないことを確認すると頬の筋肉を緩め柔らかい笑顔を向ける。

 今の彼はその表情に近いように思う。柔らかい表情でこちらを見つめている瞳は熱を含んでいるようにも見える。

 そしてもう一つ違うところは、相手を起こす為に手を取っているのではなく、私を逃がさないために捕えられているように力が込められていた。

 手袋を嵌めてなかった私の手は指先まで冷えていたが、握り締められた彼の手は暖かくて優しかった。

 この状況を理解することが出来ず、何でと口から零れていた。 蚊の鳴くような声だと自分では思っていたが目の前の人物にはきちんと届いていた。


「ハルのことは知っていた。志保に頼まれたから」

「高橋さん?」


 まさか、その名がここで出てくるとは思ってもみなかった。

 今のこの状況になっているのには、もう一人、関与している人物がいた。

 高橋 志保。私をチャットに誘った人物。私をこの世界に誘い、ウチュウと出逢う切っ掛けを与えた人。

 確かに初めてチャットをした次の日、あの初心者の部屋を紹介する前に志保は誰かに連絡をしていた。

 その志保に頼まれたと彼は言っていた。それはどういうことなんだろ。

 頭の中には新たな疑問ばかりが浮かぶ。

 目の前の彼は少し罰が悪そうな、そしてどこか哀しげな色を宿した瞳で私の目を逸らすことなく見つめていた。


「初めはただの遊びだった。適当に会話をするだけの相手を頼まれた」

「遊び?」

「志保がハルに近付いたのは興味本位だった。からかったら面白そうだから。それで遊んでおしまい。その相手を俺に選んだ」

「全部知っていたの?」

「知ってた。こんなかたちで話すことになってゴメン…ずっと心苦しかった。初めはバレるかもしれないって気持ちが大きかった。でもいつの間にかハルを騙している自分が許せなくなった。だから全てを話したいと思ってた。でもそれが出来なくて…」

「そう私が頼んだからね」


 改札から続く駅の階段をゆっくりと降りてくる人物を見て驚きで目が見開く。


「高橋さん…」

「いい暇潰しが出来るわよって誘った。陸野さんの相手をしてその気にさせてポイってしてって言ったの」

「志保、なんでこんなところに…」

「宇宙を着けて来たんだよ。絶対に陸野さんに会うと思ったから。この前話したよね? もし話したらどうするかって」

「………」

「この際だからハッキリ言うけど前から気に食わなかった。特にその目。目付き悪過ぎでしょ。その癖クラスでいつも静かにしていて如何にも優等生ですよって見せてる。でもそんな陸野さんが蓋を開ければ実はネットで自分とは正反対の自分作っちゃってさ。バッカじゃない⁉︎ それで騙されてるなんて笑えるでしょ? 宇宙も嘘ばっか並べて自分を作ってる陸野さん見て一緒に笑ってたよ?」

「違う、笑ってない! ネットの世界だし、何でもアリだよなって言っただけだろ」

「それを面白がって話し合わせてたのは誰? いい暇つぶしになりそうだって言ってたじゃない‼︎」

「…確かに言った。何も面白いことなんて無かったから。毎日退屈でいい暇潰しだった。でも…」


 二人の会話を呆然としながら聴いていた。言い争っているのは自分のことのはずなのに、何処か他人事に聴こえてきてしまう。

 ずっと黙ったまま、様子を見守っていた私の瞳を彼は真っ直ぐに射抜いた。


「今は違う。ハル」

「何を言うの?」

「俺はハルが…」

「言っちゃダメ‼︎ 言ったら、陸野さんのことみんなに言うよ? 自分を繕って平気で嘘ついて騙してたって言うから!」

「…志保」

「許さない。裏切るのも私と別れるのも、離れていくのも許さない、絶対に‼︎」


 いつもは可愛く微笑んでいる顔は、今は眉間に皺を寄せ、眉が持ち上げられ歪んでいる。手には力が込められているようで小刻みに震えていた。


「志保とは付き合えない。俺はハルが好きだから」

「なん、で…」

「本気だよ。ハルが好きなんだ」


 握られたままの手に力が込められる。驚いて手を振り払おうとしたが、力の差は歴然だった。


「…待って。何が何だかよくわからなくて」

「驚かせてゴメン。でもちゃんと伝えたかった。ハルのことが好きだ」

「でもウ、山下君は高橋さんと…」

「別れたよ」

「別れてない‼︎」


 大きな声を出し怒鳴りつけている志保は顔を俯かせていた。激昂して身体まで震えている。


「勝手に話し進めないで‼︎ 私は宇宙と別れないって言ったじゃない‼︎ そんなの認めない‼︎ 陸野さん、あなたも絶対に許さない‼︎」


 そう言って彼女は泣き出し、へたりと地面に座り込んでしまった。

 修羅場と化していた駅のロータリー。私達の周りをたくさんの人が囲んで様子を伺っていた。

 周りから聴こえるヒソヒソ声は明らかに興味本位なものばかりで気分が悪くなる。

 自分がその当事者であるにも関わらず、心は酷く落ち着いていて冷ややかだった。

 まずはこの状況をどうにかしなければ。


「山下君。高橋さんを家まで送っていってくれる?」

「待って、まだ終わってない」

「ここじゃ落ち着いて話せないし、別の日にしよう? 今はまず高橋さんを優先にしてほしい」

「…分かった。志保行こう」

「お願い」


 彼が志保の腕を掴んで立ち上がらせる。

 どうにか立ち上がった志保は私の方を睨みつけて、許さないからと一言残し、彼に凭れるようにして駅の中に消えて行った。

 一人残った私を周りの野次馬たちがジロジロと見ていたが、それよりもまずは頭の中を整理したい。一気に与えられた情報量に自分の脳がついていけない。

 高橋さん少しは落ち着いたかな、なんて相手の心配している場合じゃないのにそんな考えばかりが浮かんできてしまう。


 やっぱり来るべきじゃなかったんだ。

 私がこの場に来なければ、誰も傷付かずに済んだ。何も知らないまま、楽しい時間を過ごすことが出来たのに。

 何て馬鹿なことをしたのだろう。


 はぁと、大きな溜め息をついた。

 このままここに居ても仕方ないと帰路についた。




 就寝前にパソコンの前に座る。

 数日空けただけなのに、随分と触っていないような気がする。手が少し震えていた。

 いつものようにパソコンを立ち上げてホームページを開く。

 部屋に入室すると彼はそこに居た。


【待ってた】

【無事に送ってくれた?】

【家まで送ったよ】

【よかった。それだけ確認したかっただけだから】

【もう一度話したい】

【ゴメンね、落ちる。おやすみ】


 返答を待たずに退室した。

 彼との連絡手段はこのチャットしかない。彼女を送ってくれたかどうか気になりあの部屋に入った。

 しかし本心は、彼ともう一度…

 そんな自分に都合のよい考えが浮かび、思わず頭を振る。

 そんなこと思ってはいけない。絆されちゃダメだ。

 もう元には戻れないんだから。






 短い冬休みが終わり、登校した始業式。

 そこで私は思い知らされる。

 私を見下し蔑む視線。

 朝の挨拶をしても何の反応もない。疎まれ貶められているのだと理解した。


「陸野さん、山下君を騙して志保と別れるように仕向けたんだって? 最っ低だね。よく学校に来れたね」


 彼女の取り巻きだった女子たちが口々に罵倒する。

 これが世に言うイジメというものなのだろうか。

 元から何かの感慨も持っていたわけではなかったが、それなりに学校は楽しかった。

 それが今のこの空気はどうだろう。

 居心地が悪い。

 気持ち悪い。

 吐きそうだった。

 目の前の私を見下す目を一瞥し、俯くと冷たい何かが掌に落ちた。


 信じた結果がこれか。


 “ハルはハルだよ”


 そう私は私だ。他の誰にもなれない。なれはしないのに夢を見てしまった。

 儚く愚かな夢を。

 それでも少しの間だけでも夢を見られたのなら、それは幸せなことだったのかもしれない。

 その姿はとても滑稽だったけれど。

 唇から渇いた笑いが漏れた。




 陰湿なイジメは三年生に上がるまで続いた。

 人の噂も七十五日。その言葉通り、三年生になった途端にピタリと終わった。

 受験生になり他の人に構っている暇がなくなったことが大きかったが、何よりも彼女と彼が寄りを戻したことが一番だった。

 私の存在なんて元からなかったような仲睦まじいカップル。


「なにあれー?」


 さも興味なさそうに話しているのは佳織。佳織はこのことがキッカケで話しかけてくるようになった。

 休憩に入る度に隣のクラスからわざわざやってくる。昼食は無理やり屋上に連れていく。冬だから外には出られないので、屋上へと続く階段で食べた。

 初めは煩わしくて仕方なかったが、どうやっても離れる様子がなかったので放っておいた。


 少しずつ暖かくなり綻び始めた八重桜の蕾を見て考える。


「さー?」


 あの日々は何だったのだろうかと。


 これはきっと罰。

 愚かな私に対する。

 そこで私は学び、教訓を得る。


 人を好きにならない。


 人を信じない。


 私は一人で生きていけるぐらい強くなる。

 そうであろうと心に留めた。






中学生の修羅場って…怖っ! とか思いながら描きました 笑

今時の子はきっとおませな筈。

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