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「かおはラーメンが食べたいなぁー」
怪訝な眼つきで睨み付けるように佳織の顔を見る。それを全く気にもせず、満面の笑みでテヘと言ってのける彼女は本当に性格が悪い。
今月は金欠だからバイトを頑張ろうと話したのはつい一分前のことだった。
それなのに今からラーメンを食べに行こうと言ってきた。
なんなの、この子。
HRが終わった教室は部活に行く者、岐路に着く者、学校に残って勉学に励む者、友人とおしゃべりを楽しむ者と様々だった。
私と佳織はまだ教室に残っていて昼休みの話の続きをしていた。
それはもちろんCDの取り扱いについて。
私は買ったCDをパソコンに一度撮り込んでしまうとケースに戻した後、購入時に入っていたビニールにもう一度入れてCD保管用の箱にしまう。
そのビニールに入れる作業が佳織は気に入らないらしい。貧乏くさいだの、入れるのが面倒だの、捨ててしまえだの、私の前の席でギャーギャー喚いていたのでずっと無視してたが、だんまりを続ける私に我慢できなくなった佳織がビニールを剥ぎ取り、グシャグシャに丸めたのでキレてみた。
「いい加減にしないと、友達やめる」
静かに地を這うような低い声で言い放つと佳織は目を見開いて固まった。流石に言い過ぎたと思い、小さく溜息をつく。
「このCDは買う予定になかったの。でも思わず手が伸びるくらい惹かれたものだから、佳織にも大事に扱ってほしい。CDも買っちゃったし、バスの定期代とかで今月は金欠だからバイト頑張らないとな…」
前半は佳織に、後半は自分の独り言のように言ったつもりだったのだが後半部分に佳織が何故か食いついた。何やら思案している顔になったので、何事かと思い佳織の反応を待った。
「かおはラーメンが食べたいなぁ」
「………」
その後のこの発言である。
頭痛い。
たまに空気を読まない発言するけど、これって天然なの? 計算なの?
たぶん後者だ。
これだからぶりっ子は、性質が悪い。
「出た、無茶ぶり。今金欠だと言ったはずですが」
「だってーかおはラーメン食べたいんだもん」
「だってーじゃない。お金ない。しかも雪降ってきたし、バスの定期買わなきゃマズイんですが」
「えーラーメン…」
「定期代出したら一文無しになりますが」
「ラーメン…」
「だからお金が」
「今日は塾お休みでしょー? 外雪で寒いし、ラーメン日和だよぉ」
「………」
「おねがーい?」
「……分かった。行くよ、行けばいいんでしょ」
「やったー!」
佳織に口で勝てた試しなんてない。結局いつも私が折れてしまう。それを佳織は分かっている。無駄な体力を使う前に諦めるに限る。
「ハルはやっぱり優しいよねぇ」
佳織が甘えてくるときは大抵が淋しい時だ。
今日はそうなのだろう。何かに脅え、逃れようとしている。今は誰かの傍に居たい。居てほしいと願っている。
佳織はそれをうまく伝えることができない不器用な人だった。
そこが私と似ている。だから痛いほど分かってしまう。
『傍に居たいなら、勝手にしたら?』
そう冷たく言い放ったのは誰だったか。
これだからぶりっ子は、嫌いだと思えないんだ。
・・・
「ハル学校お疲れ。いらっしゃい、佳織ちゃん」
「お疲れ様です、店長」
「きゃー店長さん、こんにちわぁー。今日も素敵ですねぇ」
うふふと笑う佳織はいつもよりもぶりっ子具合がに三割増している。
佳織とラーメンを食べるときはいつも私のバイト先に来ていた。
高校に進学して間もなく始めたバイトのことを佳織はすごく気にしていた。どんな所なのか、変な人はいないのか、仕事内容は、自分の子どものように過保護すぎるくらいに心配する佳織を安心させるためにバイト先に連れてきたのがきっかけだった。
カウンター席しかないこじんまりとした店内。従業員もそれに見合った人数。
おそらくこういう場所に佳織は来たことがなかったのだと思う。物珍しそうに辺りを見渡していた。
『いらっしゃい。陸野が制服で来るなんて珍しいな』
『店長こんにちは。友人がバイト先を見たいと言ったので連れてきました』
『陸野の友達か』
『初めましてー。青沼佳織でーす』
『こちらこそ初めまして。店長をやってます。陸野にはいつも助けられていますよ』
初めて目にする大人の対応の店長にもビックリしたが、それよりも顔を真っ赤にして暫く動かなくなった佳織には更に驚かされた。あれ、もしかして。あれれ。
それから何かと理由をつけては、ラーメンを食べに来たがる佳織を微笑ましく思っている。恋する乙女は勇敢だね。そういえば、今日も来る前に念入りに化粧直しをしていたような。
それより、十七歳と二十九歳ってどうなの。一回り違うし、下手したら店長が捕まるってことも。
バイト続けられなくなるのは困るな…。ここじゃないところで働くなんて考えたくない。
「陸野は何にするんだ?」
「へ?」
昔の記憶と自分の妄想に耽っていた意識を二人の会話に引き戻す。店長と佳織は楽しくおしゃべりしていたようだ。それがいつの間にかメニューの話になっていた。
うん、やっぱりお似合いだと思うんだけどなこの二人。
「佳織は何にしたの?」
「醤油ラーメンの麺少なめー」
「全部食べられないなら、来なきゃいいのに」
「それ言うー? ハルのいけずー」
「はいはい」
「それで陸野はいつものでいいのか?」
「あっ、はい。お願いします」
了解と、店長は笑いながらメニューを取り終えると、箱から取り出した麺を鍋の中に投げ入れた。
「ハルはいいなー」
絡まないように麺をほぐしながら、他の作業もテキパキとこなす店長を目で追いながら佳織が呟いた。淋しそうに細められた瞳は、過去の憂き目を思い出しているのだろうか。
「ありがとう」
何に対しての感謝かわからなかったが、それしか言えなかった。決して嫌味ではない。
このバイト先での環境は恵まれていると自分でもわかっている。そして私には家族がいる。
理解してくれる人間が一人でも居てくれるのは本当に救いだった。
しかし佳織はどうだろう。それを考えると、うまく言葉にできない。
私だけでは彼女を孤独から救えない。
「ハルが居てくれて良かったー」
何も出来ずに無力なのに、俯いている私に佳織は屈託のない笑みを見せる。
これだからぶりっ子な佳織のこと、好きだと思ってしまうんだ。
長くなってしまったので、途中で切りました。
中途半端ですみません。