≪Ⅵ≫俺はメルを手放せない【1】
≪Ⅵ≫俺はメルを手放せない
小さい炎が目の前で揺れています。バンガム平原を無事通過した私達は今、ウクレサの森の入り口に結界を張っていました。
「この森を抜ければエフィーオ海だ。」
「海、ですか?」
「そうだ。海を渡り、セントラルのあるグレセシオ大陸に行く。」
グレセシオ大陸…。私は海を見た事がありません。勿論、船に乗った事もないのです。
「どうした、メル。」
「あ…、いえ…。私、船に乗った事もないです。今から緊張してしまって…。」
本当はそれ以外の不安が心を占めていました。生まれ育った村から離れていく現実をまざまざと見せ付けられ、大陸を離れてしまっては本当に戻る事が叶わないのだと思い知らされます。
「不安か。」
っ?隣に座っていたヴォルからギュッと肩を抱かれ、彼の胸に引き寄せられます。ここにはヴォルの魔法の火以外の明かりはありません。夕食を終え、ミルクのカップを両手で包み込むように持っていた私。周囲は暗闇に包まれて静かで、遠くから森の獣の声が微かに聞こえるくらいでした。
「あ、あのっ。」
心臓が壊れそうな程煩いです。もしかしたらヴォルにも聞こえているかもしれません。
「メルは………。俺はメルを手放せない。」
はい?手放せない、って…。それは今ここで放置されたら、私はかなりとても物凄く困りますけど。それよりもそれって、何か熱い愛の言葉みたいですよね。ヴォルと私との関係はそんなものではないのに、です。またまた変に勘違いしてしまうではないですか。
「…はい。」
でもその理由は簡単。他の人を捜す時間がないから。私でなくても良かったのでしょうけど、彼の目にとまってしまったから。ただそれだけ。
ヴォルの胸に抱き留められたまま、私は暗い感情に沈みそうになっていました。今更ではないのですか?もう一人の私が心の中で問い掛けます。そうです。初めから分かっていた事です。ただ、ヴォルの優しさに勘違いしてしまう自分がいるだけで。
「寝るぞ。」
ヴォルは当たり前のように、寝具を一つ広げます。あ、いつの間にか一つだけになっていたのですよね。抱き枕の私、決定のようです。
小さい炎が目の前で揺れています。ヴォルの魔法の火は、いつも翌朝まで消える事なく燃え続けています。あ、燃えている訳ではないのかもしれませんが。
背中を包み込む温かさ。これはいつもならとても安心するのですが、今は何故か心が波立っています。消せない不安、なのでしょうか。まだ…セントラルに到着するまで旅は続きます。でも、近付くにつれて徐々に不安が大きくなっているのも事実です。私はこの先、いったいどうなるのでしょうか。




