6.気に入らなかったか【5】
「ぅわー、大きいですねぇ。キラキラで、領主様のお屋敷みたいです。」
「そうだ。」
ヴォルの淡々とした返答に、一瞬私はキョトンとしてしまいました。今、何て?って感じです。
「ここは領主が経営している。」
私が首を傾げている事に気付いたのか、ヴォルが説明を追加してくれます。でも領主様って、酒場も経営するものなんですか?
やはり分からないところがありますが、質問をする前にヴォルはそのまま酒場に入って行ってしまいました。押しても引いても良さそうな木製の扉がパタパタします。凄いですね。こんな扉で安全面に問題はないのでしょうか。
「どうした、メル。来い。」
「あ、はい。」
扉を見つめていた私に、中からヴォルが顔を出しました。すみません、扉に見とれていました。追うように扉を押して中に入ります。賑やかな声とお酒の匂いがワァッと押し寄せて来ました。私が働いていた食事処を思い出します。
「こっちだ。座れ。」
この賑やかな中でも聞こえるヴォルの声。ボンヤリ入口で立っていた私がそちらを振り向くと、四人掛けの丸いテーブルにヴォルが腰掛けています。
「あ、はい。こう言った場所にお客さんとして来るのは初めてです。」
キョロキョロ見回しながら、ヴォルの勧めた隣の椅子に私も座ります。
「食べたい物は。」
「あ、何でも食べます。」
「そうだな。」
私の返事に気を良くしたのか、ヴォルは幾つか食事を注文します。先に手元に届いたのはぶどう酒。
「どうした、メル。」
ジッとジョッキの中を見ていた私は、ヴォルに問い掛けられました。。
「あの…実はお酒、飲んだ事ないんです。」
「酒場で働いていたのにか。」
「はい。でも飲んでみます。」
そう答えてから一口、ジョッキを傾けます。うん、苦くはないですね。苦いのは苦手ですが、この少し渋いのはお茶みたいでいけます。
「美味しいですね。」
「そうか。」
私を見ていたヴォルですが、安心したように食事を始めました。口には出さないですけど、ヴォルは本当に私を気遣ってくれます。優しいですね。と、ふと思いました。もしかしてここに食事に来たのって、意味があるのではないでしょうか。




