↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
5/5

第5話 森の主

それは、熊に似ていた。

 

ただし、大きさは小屋の五倍はある。

 

全身を苔と岩のような甲殻に覆われ、背中からは折れた木が何本も突き出していた。

 

額には、赤く光る目が三つ。

 

森の主が、朝靄を割って姿を現した。

 

「……でかいな」

 

「呑気に感心している場合じゃないわ」

 

アイビーが俺の隣に並ぶ。

 

そこで、俺はあることに気づいた。

 

「アイビー。袖」

 

「え?」

 

「魔力が戻ったなら、剥がせるんじゃないか」

 

アイビーは、俺の袖を握ったままの自分の手を見下ろした。

 

それから、ものすごく渋い顔をした。

 

「……今、剥がさないといけない?」

 

「戦うのに邪魔だろ」

 

「…………そうね」

 

指が、名残惜しそうに一本ずつ離れていく。

 

最後の一本が離れるまで、やけに時間がかかった気がした。

 

◇◇◇

 

森の主が、咆哮を上げた。

 

空気そのものが震え、木々の葉が一斉に散る。

 

次の瞬間、巨体が地面を蹴った。

 

速い。

 

あの大きさで、馬より速い。

 

「下がって」

 

アイビーが、一歩前に出た。

 

銀の腕輪が、朝日を弾いて光る。

 

「――【粘着】」

 

彼女が両手を地面につけた瞬間、森の主の四本の足が、ぴたりと止まった。

 

地面に、縫い付けられている。

 

昨夜の処刑隊のときとは、比べ物にならない。

 

足元の地面ごと、空間ごと、巨体を押さえ込んでいるのが分かる。

 

「……すごいな」

 

思わず、声が漏れた。

 

これが、魔力を取り戻した彼女の本来の力なのだ。

 

森の主が、苛立ったように身をよじる。

 

びきり、と嫌な音がした。

 

「っ……!」

 

アイビーの顔が歪む。

 

森の主は、自分の足の皮ごと、地面から引き千切っていた。

 

血が噴き出し、肉が裂ける。

 

けれど、その傷は見ている間に盛り上がり、塞がっていく。

 

数秒後には、何事もなかったように元通りになっていた。

 

「再生……っ。だから、騎士団でも倒せなかったのよ」

 

アイビーが、再び地面に手をつく。

 

縫い止める。

 

引き千切られる。

 

再生される。

 

同じことが、三度繰り返された。

 

そのたびに、アイビーの額に汗が浮かんでいく。

 

(……縫い止めても、自分の体ごと剥がしてくるのか)

 

厄介な相手だ。

 

倒しても再生する。

 

止めても、無理やり抜け出してくる。

 

だったら。

 

(倒さなければいい)

 

◇◇◇

 

俺は、周囲を見渡した。

 

森の主がなぎ倒してきた、何十本もの倒木。

 

足元に転がる、大小の岩。

 

そして、薄い土の下に広がる、硬い岩盤。

 

パーツは、いくらでもある。

 

「アイビー、もう一回だけ止められるか」

 

「止めても、すぐ抜け出されるわよ」

 

「一瞬でいい」

 

アイビーは俺の顔を見て、何かを言いかけて、やめた。

 

それから、小さく頷いた。

 

「……一瞬なら」

 

彼女が地面に手をつく。

 

森の主の足が、もう一度止まった。

 

その一瞬で、十分だった。

 

「――繋ぎ合わせる」

 

倒木が、宙に浮き上がる。

 

一本、また一本と、森の主を囲むように組み上がっていく。

 

隙間には、砕いた岩を。

 

底には、足元の岩盤を。

 

前世で作った、城のジオラマを思い出す。

 

骨組みを組んで、壁を貼って、継ぎ目を埋める。

 

ただし、今回は内側から出られないように。

 

数秒後、森の主は、巨大な檻の中にいた。

 

倒木と岩でできた、継ぎ目のない檻。

 

森の主が、檻に体当たりする。

 

みしり、と木が軋んだ。

 

(さすがに、あの力だと内側から壊されるか)

 

継ぎ目がない分、一点に力がかかると割れやすい。

 

プラモでも、接着しただけの部分は案外もろいものだ。

 

もう一手、何か欲しい。

 

そう思った瞬間、隣でアイビーが動いた。

 

彼女は檻に駆け寄り、両手を押し当てた。

 

「――【粘着】」

 

檻の表面を、淡い光が走る。

 

木と木の境目が。

 

岩と岩の境目が。

 

ありとあらゆる境目が、彼女の魔力で貼り固められていく。

 

森の主が、もう一度体当たりした。

 

今度は、軋む音すらしなかった。

 

「……塗装だ」

 

「とそう?」

 

「いや、こっちの話」

 

組んだだけのプラモでも、上からコーティングすれば、ぐっと頑丈になる。

 

彼女がやったのは、まさにそれだった。

 

「最後の仕上げだ」

 

俺は、檻の底の岩盤に手を当てた。

 

地面の奥深くにある、もっと大きな岩盤と、繋ぎ合わせる。

 

檻が、ゆっくりと沈み始めた。

 

地面に呑み込まれるように。

 

森の主の咆哮が、だんだんと遠ざかっていく。

 

やがて、檻は完全に地の底へ消えた。

 

あとには、平らになった地面だけが残った。

 

◇◇◇

 

「倒せないなら、しまっておけばいい。再生するなら、なおさらな」

 

俺は手についた土を払った。

 

「アイビーの【粘着】がなかったら、たぶん内側から壊されてた。助かったよ」

 

返事がない。

 

振り返ると、アイビーは平らになった地面と、俺の手を、交互に見つめていた。

 

「……ハル」

 

「ん?」

 

「あなた、自分が何をしたか分かってる?」

 

「檻を組んだだけだけど」

 

「檻を、組んだ、だけ」

 

アイビーは、俺の言葉をゆっくりと繰り返した。

 

騎士団が三度挑んで、三度逃げ帰った化け物を。

 

倒木と岩で閉じ込めて、地の底に沈めて。

 

それを「組んだだけ」と言う人間を、彼女はじっと見つめていた。

 

紫の瞳の奥で、何かが静かに決まったような気がした。

 

「……誰にも、渡さない」

 

「え? 何を?」

 

「なんでもないわ」

 

アイビーは、ふいと顔を背けた。

 

……ああ、そうか。

 

森の主の素材のことか。

 

あれだけの魔獣なら、甲殻だけでも相当な値がつくだろう。

 

地の底に沈めたのは、ちょっともったいなかったかもしれない。

 

「悪い。素材、取り出せないよな」

 

「……あなた、本当に変な人ね」

 

なぜか、ため息をつかれた。

 

そして、さっきは名残惜しそうに離した指が、もう一度、俺の袖をつまんでいた。

 

今度は、魔力を使っていないのに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。