第1話 修理屋スキル
成人の儀で授かるスキルは、その人間の一生を決める。
少なくとも、ヴェル・ガルディア王国ではそういうことになっている。
剣の名門ストラング家の四男である俺、ハルフリーヴ・ストラングにとっても、それは同じだった。
◇◇◇
「次。ハルフリーヴ・ストラング、前へ」
神官の声に、礼拝堂の空気がわずかに張り詰める。
……と言いたいところだが、実際には誰も俺に期待していなかった。
父アルブレヒトは腕を組んだまま目を閉じている。
長兄のテオドリコは、手元の書類から顔も上げない。
三兄のリナルドは、隠そうともせずにあくびをした。
唯一こちらを見ているのは、次兄のヴォルベルトだけだ。
成人の儀で【剣聖】を授かった天才は、口の端を吊り上げて俺を眺めている。
弟が外れを引くのを、楽しみにしている顔だった。
まあ、いい。
前世で三十過ぎまでサラリーマンをやっていた身としては、冷たい視線には慣れている。
俺は祭壇の前に進み、水晶球に手を置いた。
瞬間、世界が白く塗りつぶされた。
気がつくと、俺は真っ白な部屋の中にいた。
壁も、床も、天井も白い。
扉は一つだけ。
そして部屋の真ん中に、大きな作業台が置かれていた。
台の上には、割れた陶器、折れた矢、千切れた縄、砕けた石。
ありとあらゆる壊れた物が、山のように積まれている。
扉の上に、文字が浮かんでいた。
【繋ぎ合わせる】――極めるまで、この部屋は開かない。
「……なるほど。スキル授与って、こういう仕組みなのか」
俺は腕まくりをして、作業台の前に座った。
前世の趣味は、プラモ作りだった。
ゲート跡をヤスリで消し、合わせ目を接着剤で埋め、別々のキットのパーツを組み合わせて一体を作る。
休日を丸ごと溶かしても苦にならなかったあの作業と、似ていなくもない。
割れた皿を繋ぐ。
折れた矢を繋ぐ。
やがて、皿と矢を繋いで、まったく別の物を作れるようになる。
さらに、繋いだ物が元より丈夫になっていく。
腹は減らなかった。
眠くもならなかった。
ただ、手を動かし続けた。
何年経ったのかは、数えていない。
百年を過ぎたあたりで数えるのをやめたから、たぶん数百年だと思う。
最後の欠片を繋ぎ終えたとき、扉が静かに開いた。
◇◇◇
「――ストラング殿?」
神官の声で、我に返る。
礼拝堂だった。
水晶球に手を置いた姿勢のまま、時間は一瞬も進んでいないらしい。
周りの誰も、驚いた様子はない。
きっと全員、あの部屋を通ってきたのだろう。
兄上たちも、何百年もかけて自分のスキルを極めてきたに違いない。
道理で強いわけだ。
◇◇◇
水晶球に、文字が浮かぶ。
神官が、気まずそうに読み上げた。
「スキル……【繋ぎ合わせる】」
一拍置いて、ヴォルベルトが吹き出した。
「繋ぎ合わせる? 壊れた物を直すだけのスキルか? 修理屋じゃねえか!」
笑い声が、礼拝堂に響く。
父上が、ゆっくりと目を開けた。
その目に、温度はなかった。
「ストラング家は、剣で王国を守る家だ」
「はい」
「修理屋は要らん」
それで終わりだった。
「本日をもって、お前をストラング家から除籍する。魔境の森への追放を命じる」
……まあ、そうなるよな。
剣の名門に生まれて、剣を振るスキルを引けなかった四男。
前世で言うなら、営業部の期待の新人が「君は経理のほうが向いてるね」と言われたようなものだ。
いや、それよりは少し重いか。
◇◇◇
「待てよ、父上」
ヴォルベルトが、腰の剣を抜いて俺の前に立った。
「せっかくだ。修理屋の腕前を見せてもらおうぜ」
次の瞬間、兄上の剣が閃いた。
俺の腰の剣が、真っ二つに叩き折られる。
床に落ちた刃が、甲高い音を立てた。
「ほら、直してみろよ、修理屋」
笑い声が、また起きる。
俺は、ほとんど反射で手を伸ばしていた。
折れた刃と柄を拾い、断面を合わせる。
合わせ目が、すうっと消えた。
継いだ跡すら残っていない。
……いや、それどころか。
(あれ。前より硬くなってないか、これ)
刃の芯が、さっきより詰まっている気がする。
プラモで言えば、合わせ目を埋めたら元のキットより剛性が上がった、みたいな感覚だ。
「ふん。くっつけるだけか」
ヴォルベルトは鼻で笑って、剣を収めた。
父上は、もう俺を見ていなかった。
「鍛冶屋の真似事なら、森で好きにしろ」
誰も、気づかなかった。
俺も、気のせいだろうと思った。
……ただ、正直に言えば。
パーツを組み合わせるのは、前世からの得意分野だ。
追放を言い渡されたばかりなのに、俺は少しだけ、嬉しかった。
◇◇◇
護送の馬車に揺られて、三日。
窓の外の景色は、だんだん暗い色に変わっていった。
王国の東の果て、魔境の森。
魔物が棲み、入った者は誰も戻らないと言われる場所だ。
「降りろ」
護衛の騎士に背中を押され、俺は森の入口に立った。
荷物は、着替えが少しと、あの剣が一本。
騎士たちは馬車の向きを変えながら、聞こえよがしに笑っている。
「修理屋に剣なんて要るのかね」
「森の魔物でも直してやれよ」
そのときだった。
空から、影が落ちてきた。
翼を広げた、巨大な何か。
ワイバーンだ。
甲高い咆哮と同時に、馬車が横殴りに吹き飛ばされる。
車輪が外れ、車軸がへし折れ、馬が悲鳴を上げて逃げていく。
「ひっ……!」
騎士たちは、剣を抜くことすらしなかった。
一目散に、来た道を走り去っていく。
俺一人を残して。
……ああ、うん。
前世の会社でも、トラブルのときに真っ先に消えるのは上の人間だった。
ワイバーンが旋回し、こちらに狙いを定める。
走って逃げても、たぶん間に合わない。
なら、やることは一つだ。
俺は、壊れた馬車に駆け寄った。
へし折れた車軸。
外れた車輪の、鉄の輪。
そして、一度折られて、俺が繋ぎ直した剣。
(車軸を芯にして、鉄輪は延ばして補強に回す。剣はそのまま穂先だな)
頭の中で、パーツの組み合わせが一瞬で組み上がる。
別々のキットを組み合わせて一体を作る、ミキシングビルドと同じだ。
「――繋ぎ合わせる」
手の中で、三つの物が溶け合うように一つになった。
現れたのは、俺の背丈の倍はある、巨大な投げ槍だった。
継ぎ目は、どこにもない。
持ち上げると、不思議なほど手に馴染んだ。
ワイバーンが、真上から急降下してくる。
俺は足を踏ん張り、槍を構え、振りかぶった。
投げた。
風を裂く音がした。
次の瞬間、槍はワイバーンの胸を貫き、そのまま空の彼方へ消えていった。
巨体が、ゆっくりと傾く。
そして、地響きとともに森の入口へ墜ちた。
静寂。
鳥の声すら、止んでいた。
俺は、自分の手のひらを見つめる。
「……投げ槍って、思ったより飛ぶんだな」
まあ、驚くほどのことでもないか。
修行部屋で何百年かやるのは、みんな同じだしな。
兄上なら、きっと剣の一振りで落としていただろう。
俺はワイバーンの亡骸に小さく一礼してから、森の奥へと歩き出した。




