第4話:覚醒と誓い
「――待ってください! 投与量が違います!」
処置室に、新人看護師の焦った声が響いた。
手にした点滴ボトルと指示書を見比べ、若手医師の手を間一髪で止める。似たような名称の薬剤が隣同士に並んでいたことによる、取り違いの手前――ヒヤリハットだった。
現場に緊迫が走る。ヒヤリと冷や汗をかく若手医師に対し、立ち会っていた佐藤医師は激しく叱責するのではなく、静かに告げた。
「責めても、患者さんは助からないわ。責めるべきは人間じゃない。間違えやすい配置と、チェックのシステムを現場に作れていなかった『仕組み』の落ち度よ」
その一言に、見学していた私は胸を突かれた。
(ミスを起こした人間を責めるのではなく、誰でも安全に救える『仕組み』を作り直している……)
『人は誰でもミスをする』という前提に立ち、誰もが安全に命を救える仕組みを全員で更新し続けているのだ。
◇
その日の夜。
当直室のソファで、佐藤医師が疲れたように缶コーヒーをあおっていた。
いつもの完璧な医師の顔ではなく、少し寂しげな横顔だった。
「先生……お疲れ様ですか?」
「ふふ、かっこ悪いところ見せちゃったわね」
佐藤医師は自嘲気味に微笑むと、遠くの街明かりを見つめた。
「私もね、昔は自分の腕を過信して、救えなかった患者さんがいるの。激務で集中力が切れて、些細な変化を見落とした……。あの夜の悔しさと恐怖は、一生消えないわ」
「佐藤先生……」
「だからこそ、一人の天才に頼らないシステムを作らなきゃダメだって心に決めたの。人間は完璧じゃないから」
そう語る彼女の瞳には、かつての傷と、それを乗り越えてきた強い覚覚悟が宿っていた。
完璧に見えた彼女の泥くさい努力を知り、胸が熱くなる。
同時に、王立病院で一人、古い体制と戦っているルシアン様の姿が重なった。
(あの日、雨の中で悔しがっていたルシアン様……。帰ったら必ず伝えよう。私たちが目指すべきは、誰も傷つかない『新しい仕組み』なのだと)
◇
一ヶ月が過ぎた、ある日の夕方。
病院の屋上に立つと、胸のポケットに収めていた『救済の银メダル』が、かつてないほど強く青い光を解き放ち始めた。
「……そろそろ、お別れの時間のようね」
背後から歩み寄ってきた佐藤医師は、別れを察した温かい眼差しで、ポケットから小さな業務用のメモ帳を差し出してくれた。
「何も持って帰れないかもしれないけれど……これくらいなら、お守り代わりに持っていきなさい」
「佐藤先生……っ」
「いい? 向こうへ戻ったら、あなた一人で背負い込んじゃダメよ。あなたと同じ志を持つ仲間と、新しい仕組みを作りなさい」
「はい……! 本当に、ありがとうございました!」
溢れる涙を拭い、私は佐藤医師に向かって深く頭を下げた。
光が爆発するように弾け、現代の風景が遠ざかっていく。
手に残ったのは、小さなメモ帳と、胸に刻まれた確かな理念。
(患者は、私たちの栄誉のためにいるんじゃない)
(私たちが、患者の人生のためにいるんだ)
光の渦に飲み込まれながら、私は前を見据えた。
(待っていてください、ルシアン様。私たちの手で……あの世界に新しい時代を作りましょう!)




