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キアラ王女のお兄さんの部屋に向かうのはオッタヴィアーノ氏と王子のふたりかと思ったら俺も連れて行かれた。怒鳴る人は苦手なのでお留守番が良いんだけどな。部屋は狭いし人数が多いとご迷惑でしょ?
オッタヴィアーノ氏は食堂のおばちゃんと少し話をしてパンの残りをもらってきた。誰かの部屋を訪ねるのに手土産を持つのは普通だとは思うが、パンてどうなのさ。
オッタヴィアーノ氏は目的のドアを控えめにノックした。
するとドアは開かず、中から弱々しい掠れた声がした。
「どちらさまで?」
「オッタヴィアーノだ。アンドレ王子に面会願いたい」
ドアが薄く開けられる。痩せ細った顔が覗く。
「今はちょっと、、、」
「いつなら良いのだ?」
言いながらオッタヴィアーノ氏はパンを差し出した。ドアを開けたお付きは怯えたように振り返って背後を確認してからパンを素早く受け取り、懐中に隠すように収めた。
「いつと言いましても、、、」
「グレトリ、うるさいぞ何事だ?」
奥から声がした。威圧的だがやはりカスカスの声だった。老人なのだろうか? いやまさか。
「王都の第十五王子であられるオッタヴィアーノ様が面会をご希望です」
「今は忙しい、帰ってもらえ」
「いつならよろしいかと、、、」
奥から舌打ちをする音と低い唸り声が聞こえてきた。
「もう暗くなるってのに、、、入ってもらえ」
全部聞こえてますよー
大きくドアが開けられ中に招かれた。グレトリ氏は申し訳なさそうに腰を低く通してくれた。
「ようこそいらっしゃいました。お初にお目にかかります。シュトレニアがアンドレと申します」
アンドレ王子は長身だが痩せ細っていてグレーみのある茶髪を肩に垂らしパヤパヤの顎髭を生やしていた。
先ほどのような不機嫌な様子は隠され、引き攣ったような笑顔を貼り付けている。
「突然の訪問を許してくれ」
「とんでもございません。王子とあらばいつでも大歓迎でごさいます」
どの口が言ってんだ。
「其方の噂は予々聞いておる。神に身を捧げ写本に勤しんでいる信心者だそうだな」
「恐れ入ります、我が主人は神ひとり。粉骨砕身、神への道を勤しんでおります。ああ、いえ! 我が国を治める王ももちろんお慕い申しておりまする、、、」
腰を落として貴族のお辞儀であるボウ・アンド・スクレープをしようとして足をふらつかせ椅子にしがみついた。
「掛けてくれ。倒れそうではないか」
「恐れ入ります。神に少しでもお近づきになるために断食をしておりまして、、、」
それでガリガリのフラフラなのか。なんだか健康に悪そうだ。
卓の上には本を斜めに置くための特殊な台が置いてあるが、写本の原本は置いていない。
オッタヴィアーノ王子もそれに気づいたらしい。
「写本をしていたわけではないのか?」
「写本をしておりました。昨日、写本室で書いた箇所を思い出しながら書いていたのです。私自らが書いた教典を持つのが私の夢でして、、、」
地方の王子とはいえ教典くらい買えるだろうに記憶力で自作するとはかなりの変態だな。
「写本室から原本を持ち出すのは御法度でして。今日もこれからまた写本室に参ろうと思う次第です。あそこは消灯時間まで明るいですから」
笑顔が怖い。早く写本に行きたいから早く帰れと目が言っている。
「今日ここに参ったのはな、こちらの御仁を紹介したくて邪魔させてもらったのだ」
「お初にお目にかかります。ポリオリが第三王子クラウディオと申します」
アンドレ王子はキョトンとしている。誰だか分かっていないようだ。
「妹君のキアラ王女と婚約させていただいております。以後お見知りおきを願いたく参上いたしました」
王子が膝を突いて頭を下げた。普通ならやりすぎの挨拶だが相手が腰を下ろしている以上、お辞儀では低さが足りないということなのだろう。
「あっ、妹の、、、」
アンドレ王子は座ったままオロオロとした。
「せめてご挨拶をと、ご無礼を承知でオッタヴィアーノ様にお願いして参りました」
「いや、良いのだ。しかし、、、せっかく足を運んでもらって申し訳ないが、シュトレニアのことは弟のボドワンに任せようと思っておってな。我は既に出家したような身なのだ。これといって何もしてやれることなど無いのだ」
なるほど。真似事じゃなくて本当に卒業後は修道会に入るつもりなのか。
「かまいませぬ。ただ、我が義兄になる方にご挨拶させていただきたかっただけでごさいます。これ以上お邪魔するつもりはございません。本日はこれにて退散させていただきます」
「すまないな」
「しかし、せっかく出来ましたご縁です。時折り差し入れなぞさせていただいても?」
「あー、ご厚意痛みいるが、さっきも言った通り断食をしている身だ」
「では飲料でしたら大丈夫ですな」
「まあ、、、」
アンドレ王子は悩んだ様子だったがお付きのグレトリは願うように頷いてみせた。主人の断食に付き合わされているのだろうな。可哀想に。
「それではお暇させていただきます。長々と失礼しました」
王子は立ち上がった。アンドレ王子も立ち上がる。
そして王子は思い出したように言葉を続けた。
「そういえば、隣の物置部屋で物音や何かお気づきになったことはございますか?」
「隣はないな。上の部屋の新入生は夜になってもドスドスとうるさかったから怒鳴り込んでやったが」
ふむ。確かに記憶を頼りに写本してたら物音は気になるよな。上の部屋のエミーロにしたらとんでもないとばっちりだが。
「寮長のお噂は耳にしたことは?」
「魔女がどうこうとか言うヤツか。バカバカしい。それが本当なら我が先陣を切って魔女裁判に掛けて火あぶりにしている」
「では違うので?」
「当たり前だ。そもそも寮長は男だぞ」
「そう、なのでしょう」
いや、ほら。多様性のアレかも知れないじゃないか。だから男の魔女が居ないとは言い切れない。
「アカデミーに限らず軍の関係職に就くには身体検査が行われる。お主らも受けただろ?」
まあ、尻の穴まで見られたけどね。
いや待て。そういえば、あの身体検査って女子も受けるの?
いやいやいや。それ以上考えるな。
今のところ女子とはほとんど関わりがないが、関わりを持った時に普通で居られなくなる。
「それよりも、断ぜられるべきは噂を流した方だろう。寮長に男色行為を発見されて、それを運営に報告された場合に自分らに有利になるよう寮長の信頼を貶めようとしているという話ではないか」
えっ! そうなの?
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