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 子鹿は倒れたまま悲鳴を上げた。

 きゅーという悲しげな声。

 俺は胸が締め付けられる。

 何も子鹿を狙わなくても、、、


 ゲオルグが沢の向こう岸の斜面を見上げたのでつられて見ると数頭の鹿が立ち止まり咎めるようにこちらを見下ろしている。

 ああ、辛い。

 深く考えずに付いて来てしまったが、怪我を治す練習ってこういう事だよなあ。


 改めて子鹿を見ると矢が後脚の太腿を斜めに貫いている。

 貫かれた脚の方に倒れているせいで矢に自身の体重が掛かり酷く痛そうだ。


「先に抜くぞ、押さえろ」

「よし、いいぞ抜け」


 子鹿は悲鳴を上げる。

 俺は見てられない。


「ほれ、治せ」

「骨や大きな血管は無事じゃ。落ち着いてやればできる」


 いきなりかよ。

 どうやるんだよ。

 ひとまず俺も子鹿の近くにしゃがみ込む。


「動かぬよう押さえるのはワシらがやる。患部にだけ集中しろ」

「皮膚だけを治すのではなく中から怪我全体をくっつけるんじゃ」


 俺は精霊に語りかける。


「この怪我を治してやってくれ、頼む」


 血は止まらない。


「その指示では駄目なようじゃな」

「もっと具体的にイメージせよ、言葉にはせんでも精霊は汲み取ってくれる」


 治療のイメージ?

 俺の頭の中で、顔に傷がある半分白髪の男と三頭身の少女が手術を始める。

 先ずは洗浄だ。

 水で患部に溜まった血を洗い流す。

 そして断絶した血管を繋ぎ、破壊された筋繊維と神経細胞を一本一本繋いでいく。

 最後に破れた皮膚をピタリと合わせ、縫合していく。

 そうだ。

 ゲオルグの小屋の客間の窓のようにそれぞれを密着させていく。

 このまま細胞が再建されれば傷跡も残らないだろう。


 これで大丈夫だ。

 魔力をごっそり使ったようで眩暈に襲われ、俺は地面に両手をついた。


「魔力を切らすな、傷が開くぞ!」

「いや、大丈夫そうじゃ。見よ!」


 俺も顔を上げて患部を見る。

 もう一度少しの水をかけて周囲に付いた血を洗い流す。

 手拭いで水を拭き取ろうと手を伸ばすと子鹿は怯えて弱々しく鳴き声を上げた。


「まだ痛むか? すまん、ちょっとだけ見させてくれよ?」


 そっと手拭いを押し当てるが子鹿は悲鳴を上げなかった。

 優しく水を拭き取り、魔術で毛を乾かすと何事もなかったように傷は見えなくなった。


「ふむ、大したもんじゃ。立てるか?」

「起こすぞ? そっとじゃ」

「よしよし。ちょっと脚を曲げさせてもらうぞ?」

「よーしよしよし、痛みもないようじゃの。済まんかったの。親元へ帰ってよいぞ」


 子鹿はキョトンとした目で俺を見た。


「痛い目に合わせてごめんよ」


 頭を撫でようと手を伸ばすと子鹿は機敏に跳ね上がり、親の居る方へと斜面を駆け上っていった。


 ふう、良かった、、、


「お主、大したもんじゃの」

「そうじゃ、どうやって固定したんじゃ」

「いや、、、あの、寝室の窓を魔術で固着させてたのを見たんで、ああいう風に留めれば良いのかなって。でも魔力を使いすぎました。もうスカスカです」


 俺は地面に尻もちをついた。

 砂利の下に沢の水が来ていたようで尻が濡れたのを感じたがそれでも立てない。


「ふむ、しかし固着にそんなに魔力を使うもんかの?」

「患部をあまり固めると血が通わなくなってしまうぞ?」


 俺は説明や反論するのも辛くてウエストポーチから薬袋を出して昆布を口に入れた。


 喉からゆっくりと背筋の悪寒が消えていき、頭痛が和らぎ、手足の痺れがほぐされていく。

 寒くて身体が冷え切っている時に湯船に浸かった感覚と少し似ている。


 ちょいとばかりクセになりそうな感じもある。

 もしそうなったらヤバいな。

 昆布依存症離脱プログラムを受けねば。


「それは何じゃ」

「妙なものを持っとるな」


 俺は昆布を少し折りとってふたりのゲオルグに渡した。


「これは昆布、海の草を乾燥させたものです」


 ふたりは一切の躊躇なしに昆布を口に放り込んだ。

 そしてうっとりと目を閉じた。


「おー、これは良いもんじゃの」

「うむうむ、酒より効くわい」


 ふたりは目を閉じたまま木に寄りかかり、暫くウーとかアーとか呻いていた。

 マジでヤバい薬みたいだからやめてほしい。

 俺はようやっと立てそうな感じに復活してきたので立ち上がって濡れた尻を乾かした。


「いやはや、特大のフレイムピラーよりもキツいですね」

「なんじゃ、それは」

「いや、それよりどういう指示を精霊に出したか説明してみい。魔力の無駄遣いは死活問題じゃぞ」


 俺は説明した。

 ふたりは驚いたようで若いゲオルグは頭を抱え、年嵩のゲオルグは眉を吊り上げた。


「そんな事をしたのか? 貴様狂っとるな」

「というか、何でそんな細かな治療を知っとるんじゃ、お主医者だったのか?」

「漫画で読んだんですよ」

「マンガ?」

「何じゃ、それは」

「それは、、、ちょっと長くなりそうなんで、、、」

「そうか、なら先に野営地に戻るとするか」

「歩きながら話せ」


 ゆっくりと歩きながら説明をする。


「ふむ、なるほど。元医者の男が怪我や病気の治療についての、その漫画とやらを描いて世間に広めたとそういうことか」

「挿絵が多いなら無学な者にも分かりやすいの」


 医師免許を持ってるだけで医者ではないと思うけどまあ大体合ってるか。


「リサがやっとるのはな、開いた傷をグッと押し合わせてそのまま維持するんじゃ。それと同時に普通の治癒魔術を流し続けるんじゃ」

「そうすると早くなった治癒能力で傷が癒合して治るんじゃ」

「めっちゃ時間かかりそうですね」

「うむ、さっきの矢傷だと半日くらいじゃな」

「治癒魔術が使える者が居れば分担はできるがの」


 それでも魔力を流し続けてずっとその場に居なきゃならないのは大変過ぎるな。


 てかそんな治療に俺の生命を賭けたのか。

 心臓を貫かれなくて本当に良かった。

 いや、流石に心臓は避けるつもりだったと思いたい。

 きっとそうだ。

 あまり切れ味の良くない細い刃物を刺すと、意外に太い血管や内臓は勝手によけるとか言うもんな。


 具体的にレイピアで刺される想像をしたら、なんだかお腹が痛くなってきた。

 今日はもうそろそろ暗くなるし、お終いだよね?


「むう、魔力が漲っておるから久しぶりに晩飯に鳥でも獲るか」

「お、負けぬぞ?」


 え、俺ちょっと無理なんですけど、、、


「お主はそこで昼寝でもして待っておけ」

「腹がはち切れるほど肉を食わしてやるからの!」


 ふたりは弓に張った紐を緩めて枝にかけ、森の奥へ駆けていった。

 魔力が漲ると体力まで上がるのかね。


 あ、そうだ。

 魔術を使って鳥を捕まえる方法は習っておきたいんだよな。

 前にやってみて失敗したからな。


 そう思いながらも俺は横になってリュックを枕にした。

 硬い。

 何が入ってるんだ?


 半身を起こして中身を確認すると酒の甕が入っていた。

 あいつら馬鹿だろ。

 キャンプ中にも酒が欠かせないとかDQNかよ。

 酔って騒いでこの森を出禁になっても知らんぞ。


 俺は自分の腕を枕にして、今度こそ横になった。

 

お読みいただきありがとうございます!

誤字報告もありがとうございます!

ランク入りバブルがすっかり収まりまして、いざそうなると寂しい感じがしますね、、、人間贅沢なものです

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― 新着の感想 ―
組織がくっつく表現で癒着を使っていますが、癒着は異常状態です。正常に結合する事を癒合といいます。
流石に子鹿が可哀想だろw 鬼かこいつらw
クレイジーな金剛石の能力者思い出したらどうなったんかな?
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