第72話 『女王の恋』
「エミリー、エミリア。世話になったわね。大統領とイライアスによろしくね」
クローディアはそう言うと馬車に乗り込む。
大統領選挙が無事に終わり、昨夜は盛大に祝勝会が開かれた。
その中で大統領とイライアスはクローディアに御礼と別れの挨拶をしたのだ。
そして一夜明けた今日、クローディアは部下たちと共に新都ダニアへ帰還の途に就く。
見送りには大統領秘書官のホレスと双子姉妹のエミリー、エミリアの他、十数名の関係者が集まっていた。
その他にも街の住民たちが数百名集まってクローディアを見送ろうとしている。
「クローディア。すみません。イライアス様が来られなくて」
「何とか予定を調整するように言ったのですが……」
エミリーとエミリアが申し訳なさそうに顔を曇らせてそう言う。
イライアスはクローディアの見送りには来られなかった。
彼は今日から大統領と共に共和国の各都市に挨拶回りに出なければならず、そのための準備で忙殺されているからだ。
「いいのよ。気にしないで。ワタシと彼はお互い立場があるんだから。仕方ないわ」
そう言うとクローディアはエミリーとエミリアの手を握る。
そして名残を惜しむように目を細めた。
「じゃあ2人とも。また新都に来るのを楽しみに待っているわね。それまで元気で。エミリー、エミリア」
「はい。クローディアもどうかお元気で」
「次にお会い出来る日を楽しみにしております」
エミリーとエミリアはそう言うと握られた手を強く握り返した。
こうしてクローディアは双子や皆に別れを告げ、馬車に乗り込んで共和国を後にするのだった。
わずか11日間の滞在だったが、思い返せば濃厚な日々だった。
大統領は選挙に勝利した。
一方、悪だくみをしたマージョリーは、亡きミアへの嫌がらせを依頼した容疑で警察に勾留され、取り調べを受けている。
何らかの罰が下ることになるだろう。
名家であるスノウ家の令嬢が反社会的勢力と一緒になって1人の人間を死に追いやったことは衝撃的な事件だ。
マージョリーはおそらく二度と貴族社会に身を置くことは出来ないだろう。
彼女には厳しい未来が待ち受けているはずだ。
大きな出来事だった。
だが、クローディアにとってそんなことよりも大きな出来事は、イライアスという恋人が出来たことだ。
ボルドに失恋して以来、新たな恋をすることもなかったクローディア。
自分にはもう一生、恋など縁のないことだと思っていたのに、このたった11日間でクローディアの人生は大きく変わった。
また、恋をしたのだ。
イライアスのことを想うと、今も胸が弾むような気持ちになる。
そしてクローディアは窓の外を流れる景色の中に、共和国首都が遠ざかっていくのを見ながら、寂しさを覚えた。
そんな彼女の様子に同じ馬車に同乗するアーシュラが声をかける。
「寂しいですか? クローディア」
「……まあね。どうせすぐ会えるのにね」
おそらく一ヶ月もしないうちにイライアスはまた新都ダニアを訪ねてくるだろう。
だが、わずかな期間でも彼と離れることを寂しく思うのは、自分が恋をしている証拠なのだ。
そんなことを思いながらクローディアはぼんやりと外を見つめた。
丘の上に並ぶ木々から桃色の花弁が舞い散って落ちてくる。
その花弁にクローディアが注目したその時だった。
「……あれは」
思わずクローディアは目を見開き、馬車の窓を開けて身を乗り出す。
風に暴れる銀髪を手で押さえながら彼女の見つめる先、数百メートル後方からは、一騎の馬が馬車を追いかけて来ていた。
その馬に乗っている人物を見てクローディアは思わず声を上げる。
「イライアス!」
馬に跨っているのはイライアスだった。
舞い散る桃色の花弁の雨の中で、イライアスは馬を飛ばしながら大きく手を振っている。
「クローディア! またすぐに会いに行くから! 君に会いに行くから!」
大きく張り上げたその声にクローディアは思わず胸がいっぱいになり、自分も声を張り上げていた。
「ええ! 待ってるわ! 待ってるから! 早く会いに来てね! イライアス!」
そう叫んで大きく手を振るクローディアの後ろでアーシュラが言った。
「馬車を止めますか?」
イライアスは馬をかなり無理させて飛ばしてきたようで、馬がもう限界のようだ。
その速度はどんどん落ちて、とうとう立ち止まってしまった。
自然とイライアスとの距離も遠ざかっていく。
だがクローディアは首を横に振った。
「いいえ。止めないで。ワタシも彼もそれぞれの歩みがある。だけどきっと離れていても互いを想い合っていけるわ。彼もそれを証明してくれる。だからワタシも歩み続けるわ。ダニアの女王として」
馬から降りて手を振り続けるイライアスに、クローディアも手を振り続けた。
花弁が舞い踊る中、彼の姿が見えなくなるまで。
銀髪の女王クローディア。
かつて悲恋に泣いた彼女の新たな恋は、大輪の花を咲かせようとしているのだった。
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございました。
次回が最終話となります。
最後までよろしくお願いいたします。




