第70話 『女王の祝勝会』
「皆様のご支援のおかげで大統領が無事に3選を果たせましたこと、応援演説という栄誉あるお役目を賜った私といたしましても心より嬉しく存じますわ。皆様。本当にありがとうございます。今後とも同盟国の女王として大統領の施政に全面的にご協力していく所存ですので、引き続き皆様のご支援を何卒よろしくお願い申し上げます」
そうクローディアが挨拶を締めくくると、会場からは万雷の拍手が巻き起こる。
大統領の再々選が決まった日の夜、彼の公邸では支援者たちを集めた盛大な祝勝会が開かれていた。
クローディアは昨日の燃えるような赤いドレスとは打って変わり、薄い緑色で落ち着いた色調のドレスをその身に纏っていた。
そして祝勝会では楽団の奏でる音楽と舞踏の時間も設けられている。
そうなるとクローディアの元には多くの男性から舞踊の誘いが殺到するのも当然だった。
クローディアは笑顔で順に彼らと踊り、衆目を集めていく。
そんなクローディアの舞踏を横目で見ながら会場で笑顔を振りまいているのはイライアスだ。
大統領の息子である彼は支援者たちへの挨拶回りで忙しく、時折恨めしげな目でクローディアが他の男と踊るのを見つめていた。
そして彼自身も女性からのお誘いが多く、その務めを果たすのに精一杯だ。
そんな主を見かねて、双子の従者であるエミリーとエミリアは彼の背後からその衣服の上着にわざと指で料理の油を擦り付けた。
「イライアス様。お召し物が汚れていらっしゃいますよ」
「まあ大変。すぐにお着替えを。こちらへ」
「お、おい。おまえたち……」
戸惑うイライアスを強引に会場の外へ連れ出すと、そこには大統領秘書官のホレスが立っていた。
服が汚れた出席者のために、数多くの着替えを用意しているのだ。
エミリーがすぐさまイライアスの上着を脱がせながら言う。
「何をまごまごしているのですか? 他の女性と踊っている場合ではありませんよ。早くクローディアをお誘い下さい」
「わ、分かっているが俺にも仕事が……」
その間にエミリアはホレスから新たな上着を受け取り、イライアスのもとへ足早に歩み寄る。
そして彼女はその上着の袖をイライアスの腕に通しながら言った。
「必ず礼儀正しく、情熱的にお誘いするのですよ。いつもの嘘くさい笑顔ではなく、心からの笑顔で」
「嘘くさいとは何だ。心からの笑顔と言われても……」
戸惑うイライアスに新たな上着を着せると、双子は彼の背中を押した。
「クローディアを失望させたら許しませんよ」
「ここでしっかりと彼女の御心を掴むのです」
そう言うと双子はイライアスを再び会場へと送り出すのだった。
☆☆☆☆☆☆
「お疲れ様です。クローディア」
そう言うとアーシュラは葡萄酒の入ったグラスをクローディアに差し出した。
それを受け取ったクローディアは少しずつ喉を湿らす様に飲む。
連続で5人と踊ったため喉が渇いていて、出来れば一息に飲み干したいところだった。
だが場を弁え、クローディアは少しずつグラスに口をつける。
「ふぅ。ありがとう。アーシュラ」
そしてクローディアは会場の中を見回した。
すると先ほどまであちこちに挨拶をして回ったり、貴婦人らと踊ったりしていたイライアスの姿がどこにもないことに気付く。
思わず会場の中を目で探すクローディアに、アーシュラは言った。
「イライアス様でしたら先ほど双子の従者に連れられて会場の外に出て行かれましたよ」
「え? あ、ああそう。別に彼を探しているわけじゃないわよ」
そう言うクローディアをアーシュラは静かに見つめ、ボソッと小声で呟いた。
「……自分から誘えばいいのに」
「何か言ったかしら? アーシュラ」
「いいえ。ただ先日あれだけの観衆の前で堂々と交際宣言をした御方とは思えないな、と」
そう意地悪を言うアーシュラにクローディアは唇を尖らせると、その目が会場の反対側に向けられる。
会場の入り口には先ほどまでとは異なる上着を羽織ったイライアスの姿があった。
そして彼はまっすぐにクローディアに向かって歩いてくる。
その姿にクローディアは思わず胸が高鳴るのを感じた。
そんな彼女を横目で見ながらアーシュラは言う。
「イライアス様はクローディアを誘おうと意気込んでいるのですよ。しっかりお返事しないと」
しかしアーシュラがそう言った傍から、近くにいる別の紳士がクローディアに声をかけてきた。
「クローディア殿。よろしければ私と……」
「申し訳ございません。我が主はすでに先約がございますので、ワタシがお相手をいたしましょう」
紳士の言葉を遮ってそう言うと、アーシュラは有無を言わさずに紳士の手を取って踊り出す。
チラッとクローディアに応援の視線を送りながら。
友の視線に勇気付けられ、クローディアは大きく深呼吸をした。
その間にもイライアスは足早に会場を横切り、声をかけてくる人にはにこやかに手を振るが、それでも立ち止まらずにクローディアの元に向かって来る。
その目はクローディアしか見ていない。
その様子にクローディアは思わず胸が熱くなるのを感じていた。
(そうだ。この人は想いをまっすぐに向けてくれる人なんだ。だから私は、そんな彼のことを……)
そう思いながらクローディアも彼に引き寄せられるように歩き出した。
その目はイライアスだけを見つめている。
やがて2人は互いにすぐ目の前まで近付くと立ち止まった。
イライアスが静かにその場に片膝をつき、片手を差し出す。
「私と……踊っていただけますか? クローディア」
そう言う彼の熱い眼差し受け、クローディアはわずかにその頬を赤く染めて、その手を取った。
「ええ。喜んで」




