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第62話 『女王の本音』

 クローディアとイライアスは公会堂の廊下を歩き続けていた。

 先ほど大観衆の前で鮮烈な宣言を終えた2人は、舞台を降りてそのまま急ぎ足で裏口に回る。

 そこにはすでにウィレミナが馬車を用意して待っていた。


「お待ちしておりました。クローディア」

「ありがとう。ウィレミナ。すぐに出してちょうだい」

 

 そう言うとクローディアはイライアスを連れて馬車の中に乗り込み、ウィレミナが御者台に乗ると馬車は即座に走り出した。

 

「ふぅ。とりあえず誰にも捕まらずに脱出できたわね」

「……クローディア。何と言うか……言葉が出ないよ。俺は」


 息をつくクローディアのとなりではイライアスがなか呆然ぼうぜんとしながら目を閉じていた。

 今しがたその身に起きたことが、まるで信じられないという様子だ。

 そんなイライアスに苦笑しつつクローディアは言った。


「これで……もうスノウ家はあなたとの縁談を強引にはし進められないはずよ」

「……まさかそのためにあんなことを?」


 先ほどのあれは婚約発表とは言わないまでも、まるで交際宣言だった。

 公会堂の舞台の上でクローディアは大観衆を前にしてイライアスに対する好感を表向きにし、イライアスにも自分への気持ちを問うたのだ。

 その結果、イライアスも彼女に好感を示した。

 それにより大いに会場は盛り上がったのだ。


 これからうわさはすぐに街に広まり、クローディアとイライアスの熱愛のしらせで話題は持ち切りとなるだろう。

 そうなればスノウ家のマージョリーも我こそは婚約相手だと名乗り出ることは出来なくなる。

 不意打ちで婚約発表を敢行かんこうしようとしたマージョリーのお株を完全に奪った格好だ。

 しかしクローディアの突然の行動が彼女自身に及ぼす影響を考えると、イライアスはそれを素直に喜ぶことは出来なかった。


「クローディア。君はもう少し思慮しりょ深い人だと思っていたけれど」

「そうでもないわよ。衝動的に動くときだってあるわ。ワタシだって人間だし」

「これで……良かったのか? 君はダニアの女王だ。その婚姻から政治的な側面は切っても切り離せない。ダニアの今後に大きな影響が出る恐れもある」


 神妙な面持おももちでそうたずねるイライアスにクローディアは毅然きぜんとして言った。


「別に婚約発表したわけじゃないでしょ。そこまでビクビクしなくてもいいわよ。それから、さっきの舞台の上での言葉は観衆に向けた口上でも何でもないわ。私のいつわらざる気持ちよ。ミアのことは悲しいけれど、あなたに愛された日々は彼女にとって幸せだったはずだわ。それはあなたが自分の愛をまっすぐに彼女に向けていたからよ。だからあなたがそんな自分を捨てようとしているのを見て我慢ができないと思った」


 そう言うとクローディアは少し口を閉じ、自分の胸の内を整理するように目を閉じた。

 もしイライアスがマージョリーと偽りの夫婦となることを想像すると、胸がざわつく。

 それは義憤というだけではない。

 クローディアは胸に湧き上がる素直な気持ちを口にした。


「でも、それだけじゃない。もっとあなたと本音で話したいと思った。ただの同盟相手としてではなく、1人の人間として……男と女として。だって……正直、あなたと話していると退屈しないんですもの。一緒にいると楽しいわ」


 そう言うクローディアは思わず顔が熱くなるのを感じた。

 誰かをそんな風に思うのは、ボルド以来2人目のことだ。

 

「べ、別にワタシと交際しろと言ってるんじゃないわよ。ただ、今までよりもう少し仲良くできると嬉しいわ」


 照れ隠しにそんなことを言うクローディアを静かに見つめながら、イライアスは思わず顔を手でおおった。

 そうしなければ見惚みとれてしまうほど、クローディアの顔がかわいらしかったからだ。

 イライアスはそのまま手で顔をおおって言った。


「クローディア……ありがとう。そんなふうに言ってもらえて。あの新都で君に出会えたのが俺にとっての幸運だったな。俺もこれから君ともっと色々話したい。国も政治も抜きで。ただの……男と女として」 


 2人きりの馬車の中でクローディアとイライアスは、ダニアの女王と共和国大統領の息子という肩書を脱ぎ捨て、ただの男と女として笑い合った。

 その時、馬車が止まる。


「さて、着いたわよ。もうひと仕事しなきゃ」

「え? こ、ここは……」

 

 停車した馬車の窓の外を見てイライアスは思わずまゆひそめる。

 そこは大統領の公邸だった。


 ☆☆☆☆☆☆


「あああああっ! どうしてなの! 何でこんな……」


 公会堂のひかえ室ではマージョリーが荒れ狂ったように、テーブルの上に並んだ茶菓子やすでに冷めた茶の入った陶器をテーブルの上から両手でぎ払っていた。

 すでに部屋にはエミリーとエミリアの双子姉妹の姿もなく、入口を固めていた係員の者たちも先ほど去って行ったところだった。

 1人取り残されていたマージョリーは呆然ぼうぜんと床にへたり込んでいたが、廊下ろうかを歩き去って行く観衆かられ聞こえる話を聞いたのだ。


 それによればクローディアとイライアスが舞台上で事実上の交際宣言を行い、会場は歓喜のうずに包み込まれたという。

 マージョリーはその話に徐々にその顔を怒りにゆがめ、テーブルの上をメチャクチャにしてなおわめき散らした。


「イライアス様が! 私と婚約するはずだったイライアス様が!」


 怒りに任せてマージョリーは高価な陶器の湯飲みを壁に叩きつける。

 すると粉々に砕けたその破片が宙を飛んで彼女の指先を切り、傷を作った。 

 血で赤く染まる自分の指先を見つめて、マージョリーは怒りに震える声をしぼり出す。


「許さない……絶対に許さない!  このままでは済ませないわよ。クローディア!」


 憎悪と憤怒ふんぬに燃える瞳で、マージョリーは虚空こくうにらみつけるのだった。

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