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第60話 『女王の説得』

「待ってくれ! クローディア! これはどういうつもりだ!」


 公会堂の裏庭。

 人気ひとけのないその場所まで引っ張って来られたイライアスは、そう言って必死に立ち止まる。

 クローディアの強い力で握られた手は振りほどけないが、彼女はその手をパッと放して振り返った。

 クローディアはマージョリーの元からイライアスを強引に連れ出してきたのだ。

 婚約相手を連れ去られたマージョリーは今頃、怒り心頭だろう。


「クローディア。悪ふざけなら……」

「あなたこそ正気? 復讐ふくしゅうのために好きでもない女と一生添い遂げるわけ?」


 そう言うクローディアの顔が怒気どきで赤く染まっているのを見たイライアスは、彼女が本気で怒っているのだと知った。


「その話は……もう済んだはずだ。俺はミアを死に追いやった者たちを許さない」

「そう。でもワタシはあなたがそうして破滅に向かうことを許さないわ」

「なぜだ? なぜそんなに……。君には迷惑をかけない」

「迷惑をかけてほしくないなんて言ってない!」


 そう言うとクローディアはイライアスの腕をつかんで詰め寄る。


「あなただって分かってるでしょ。こんなことしても誰も幸せにならないって」

「俺は自分とあの女を不幸にするために残りの人生を使うって決めたんだ」

「そんな人生の使い方、間違っているわ!」


 クローディアはキッパリそう言った。


「幸せになることを放棄した人間は、周りの人間も不幸にするのよ」

「俺は……復讐ふくしゅうすべき人間にだけ復讐ふくしゅうする。関係ない人たちは巻き込まない」

「本当にそうかしら? あなたは見えていないかもしれないけれど、エミリーとエミリアの気持ちを考えた事ある? あの子たち、あなたの決断を尊重して何も言わずにいるみたいだけど、とても悲しそうな顔をしていたわよ。彼女たちが従者になってから長い付き合いなんでしょ? あなたのこと心配しているに決まってるわ」


 その言葉にイライアスは思わず口をつぐむ。

 それはイライアスも感じ取っていたことだからだ。

 あの2人は従者として一定の距離を保って自分を支えてくれていた。

 だが、事務的に見える態度の裏側に自分への気遣きづかいや優しさが隠れていることは、さすがにイライアスも感じ取っていた。

 イライアスは視線を足元に落とし、歯切れの悪い言葉を押し出す。


「2人には……悪いと思っている」

「2人だけじゃないわ。ワタシにも……ワタシにも悪いと思いなさいよ!」


 そう声を荒げるクローディアに、イライアスはハッとして顔を上げた。

 クローディアは悲しそうな顔をしている。


「あなたが不幸になっていくのを見て、ワタシが何も思わないと思っているの? そんなに冷たい女だと思われているなら心外ね」

「そんなことは……」

「あなたの人生は長い。若い時代の怒りだけで衝動的に動いて、その後の人生を台無しにするものじゃないわ。あなたの亡くなったお母様だったら、そうおっしゃるはずよ」


 その言葉にイライアスは呆然ぼうぜんと立ち尽くす。

 その脳裏のうりにはりし日の母の姿が浮かんだ。

 イライアスはおのれの進もうとする道がミアのみならず、亡き母までも悲しませるのだと知って愕然がくぜんとした。

 そんなことは考えもしなかったのだ。


「あなたのお母様は、あなたを不幸にするために産んだんじゃないはずよ」


 そう言うクローディアの目がイライアスをじっと見つめている。

 自分より若い彼女に、あなたの人生は長い、と言われるとは思わなかった。

 しかしイライアスは知っている。

 ダニアの女王の系譜けいふは短命であり、代々のクローディアが皆40歳前後で亡くなっていることを。

 今、目の前にいる彼女の人生も残り20年と少しだけなのだ。

 

 だから若さの割に達観した死生観を持っているのだろう。

 それでも彼女は自暴自棄になることもなく、短くても太くまっすぐな人生を生きている。

 そう考えると自分が今からやろうとしていることが、いかに矮小わいしょうでくだらないことなのかとイライアスは恥ずかしくなった。


「……すまない。俺はどうかしていたな」


 そう言ってこうべれるイライアスに、クローディアはようやく優しい笑みを見せた。


「実はね、謝らなきゃならないのは私もなの。あなたがミアのお墓に置いた手紙を読んでしまったのよ。勝手なことをしてごめんなさい」

「なっ……」


 おどろいて思わず顔を上げるイライアスの表情が羞恥しゅうちに赤く染まる。 

 

「ひ、人の手紙を勝手に……」

「あ、あんなところに置いておいたら読んで下さいって言ってるようなものでしょ。何よ。そんなに照れることないじゃない。いい手紙だったわよ。ワタシ、ちょっと感動したんだから」


 クローディアはそう言うとふところから手紙を取り出した。

 ミアの墓から持って帰って来たものだ。

 それをイライアスに差し出す。


「あなたって1人の女性をまっすぐに愛せるのね。素敵すてきだと思うわ。そんなあなた自身を捨てないで。あなたがこの先の人生を幸せに生きてこそ、ミアが生きた意味があると思うから」

「クローディア……」

「あと、この手紙はあんなところに置かないこと。雨風にさらされてボロボロになるわよ。あなたの部屋に大事にしまっておきなさい。こんな愛のこもった手紙は大切にしないと」


 手紙を受け取ったイライアスは、張り詰めていた気持ちを吐き出す様に大きく息をついた。

 その顔は悪戯いたずらを母親に許された子供のように、ホッとした安堵あんどに満たされている。


「マージョリーに謝って、この話は無かったことにしてもらうよ」

「スノウ家への謝罪は必要だけれど、今はやめておきなさい。彼女が納得するわけないんだから。それよりあなたにはまだやることがあるのよ」


 そう言うとクローディアは再びイライアスの手を取って歩き出した。

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