第39話 『女王の朝』
昨日の雨が嘘のような快晴の朝。
自室で目覚めたばかりのイライアスの顔はまだ曇り空のようだった。
それはつい先ほどまで寝床で見ていた夢のせいだ。
「……何て夢だ」
彼が見たそれは、クローディアにさんざん説教される夢だった。
夢の中でイライアスは必死に反論を試みるが、ことごとく論破され、やがて呆れたクローディアが応援演説を投げ出して国に帰ってしまう。
そんな夢だった。
「昨日の出来事のせいだな」
イライアスは寝起きからどっと疲れを感じつつ、それでも身を起こした。
今日も忙しいのだ。
鏡の前に立って自分の顔を見ると、昨日の墓地でのことが鮮明に甦ってくる。
「昨日、俺は一体どんな顔でクローディアと話していたんだ?」
作り笑顔はイライアスの得意技だ。
だが昨日クローディアの前で自分がそれを出来ていたとは思えない。
そして昨日のことを思い出すほどにイライアスは頭を抱えたくなった。
「俺は何をペラペラ喋っていたんだ。取引相手に愚痴を聞いてもらうなんて、とんだ醜態だ……」
胸に溜まった悲しみを吐き出すように自分の私的な事情や過去をクローディアに話して聞かせたことが、今更ながら顔から火が出るほど恥ずかしくなってくる。
ただ……。
(クローディア……嫌がらずに聞いてくれたな)
そして彼女は自分が道を誤らぬよう、真正面から意見を言ってくれた。
彼女自身には何の関係もないというのに。
イライアスは鏡の前で自身の頬を二度三度と手で叩いた。
パシッという音が鳴り、ピリッとした痛みが走る。
イライアスは気を引き締め、しっかりと笑顔を作った。
今日もクローディアの応援演説に同行して街を歩くのだ。
案内者として冴えない顔をしているわけにはいかない。
イライアスは昨日のことは一旦頭の外に置き、身支度を進めるのだった。
☆☆☆☆☆☆
「ゆうべ、久々にやらかしたようですね。家出少女は卒業したかと思っておりましたが。ウィレミナが怒っていましたよ」
2人きりで朝食を共にしながらそう言うアーシュラに、クローディアはバツが悪そうな顔でため息をつく。
昨日、雨の中を出歩いて館に帰ってきたクローディアに、ウィレミナは血相を変えて詰め寄ったのだ。
急にクローディアが行き先も告げずにいなくなったので、焦った小姓らと共にウィレミナがあちこちを探し回ったらしい。
今後は勝手にいなくならないようにと何度も釘を刺してきたウィレミナの顔を思い返し、クローディアは肩をすくめた。
「彼女。真面目過ぎるわよね。師匠であるオーレリアに似てきたわ。ジリアン達なんかワタシが戻ってきた時、平然として笑っていたのに」
「ジリアンさんたちは家を抜け出したクローディアを建造中の新都で迎え入れる側でしたし、元々分家の出身なのでクローディアの逃走癖に慣れているのでしょう。あまりウィレミナを慌てさせないで下さい。万が一クローディアに何かあれば、オーレリア様のお叱りを受けるのは彼女なのですから」
アーシュラは主を諭すようにそう言うが、どこで何をしてきたのかは追及しなかった。
何となくクローディアがそのことに触れられたくなさそうな気がしたからだ。
そんなアーシュラに感謝しつつクローディアは尋ねた。
「ゆうべはあなたも遅かったわね。何かあった?」
「マージョリーが出かけるという話を聞いて後をつけました」
尾行はアーシュラの得意分野だ。
相手に気付かれることなく、足音も立てずに相手の足跡を追ったことだろう。
「いつもは侍女や用心棒を数人連れて歩くマージョリーが、たった1人で屋敷を出たので何かあるなと思いました。彼女が向かった先は町外れにある没落貴族の別邸でした」
「そんな場所で何を?」
「どうやらそこはマージョリーが個人的に買い取っていた場所らしく、そのことはスノウ家の他の者たちも知らないようでした。そしてそこには1人の男が待っていたのです」
「あら。逢引かしら?」
少し意地悪そうな笑みを浮かべてそう言うクローディアだが、アーシュラは首を横に振った。
「いえ。それはないと思います。そこに待っていたのは老人でしたので。それも風貌の悪い男でした。そのような人物とマージョリーがそんな場所で人目を忍んで会い、一体何を話していたのか。その会話までは聞き取れませんでしたが」
「そう。でもあなたなら唇の動きで会話が読めたんじゃないの?」
「いえ。巧妙に口元を隠しながら喋っていたので。それに声が聞こえるほど近くまでいくのは危険な気がしました」
アーシュラの話にクローディアの目が鋭くなる。
アーシュラにそう思わせる人物なら、只者ではないはずだ。
「それって……」
「おそらく堅気の人間ではないでしょうね。マージョリーはほんの数分、そこでその男と話すとさっさと自分の屋敷に戻って行きました。昨日はあまり時間がなかったので、その男のことは調べられませんでしたが、明日からはその男を探して調べてみようと思います」
「そう。あなたのことだから心配ないと思うけれど、無茶はしないでね」
そう言うクローディアにアーシュラはいつも通りの冷静な表情で頷くのだった。




