第26話 『女王の入国』
新都ダニア。
本庁舎でのクローディアとの会談を終えて迎賓館へと戻る道すがら、イライアスは自分と同じ黒髪の若者を見かけて声を掛ける。
「やあボルド殿。元気そうで何より」
彼が声をかけたのはブリジットの情夫であるボルドだった。
赤毛の女だらけのこの街で、ただ2人の黒髪であるため遠目からでもすぐに互いを認識できる。
「イライアス様。お疲れ様でございます」
そう言うとボルドは礼儀正しく頭を下げた。
ブリジットの情夫として作法を叩きこまれたため、このように洗練された所作なのだろうとイライアスは目を光らせる。
「ブリジット殿のご出産も近いな。お世継ぎがお生まれの際はぜひともお祝いさせていただきたいと、ブリジット殿にお伝え願えるかな?」
「はい。必ずお伝えいたします。お心遣い感謝申し上げます」
そう言葉を交わすと2人はそこで別れた。
去っていくボルドの後ろ姿をじっと見ていた従者のエミリーとエミリアが、何かを言いたげに自分に視線を送ってくるのを無視して、イライアスは足を進める。
双子の従者は心得ており、何も言わずに主に着いて行った。
しかし迎賓館の部屋に入って3人だけになると双子の姉妹はすぐに主に声をかける。
「イライアス様。あの情夫殿はやはり……」
「めったなことを言うな。誰に聞かれているか分からんぞ」
ピシャリとそう言うと、イライアスは分かっているというように手を振った。
エミリーは口を真一文字に結んで押し黙るが、エミリアは荷物の中から小さな額縁を取り出してそれをイライアスに手渡す。
彼は嫌そうにそれを受けると、その額縁の中の肖像画に視線を落とした。
「……分かっていると思うが、このことは他言無用だぞ。エミリー、エミリア」
イライアスは釘を刺す様に双子の姉妹にそう言った。
彼が手に持つその肖像画に描かれているのは美しい黒髪の若者の姿だ。
イライアスの父である大統領が、まだ若かりし頃の絵だった。
イライアスは大きくため息をつく。
「まさかあの色ボケ親父の落としものが、時を経てこんな場所で俺の前に現れるとはな」
肖像画に描かれた黒髪の若者。
若き日の大統領は、ブリジットの情夫であるボルドにそっくりだったのだ。
☆☆☆☆☆
「見えてきました。共和国の首都です」
迎賓用の高級馬車に揺られてウトウトしていたクローディアは、アーシュラのその声で目を覚ました。
新都ダニアを出て馬車で移動し続け、一日半が経過していた。
「あれが……」
そう言うとクローディアは馬車の窓を開けて外を見た。
彼女の視線の先には王国の王都に負けないほどの巨大な城壁に守られた都の姿が見える。
さらには高い城壁越しにも見える背の高い建物がいくつもあり、クローディアはさすがに驚いて声を漏らした。
「あれは……一体何階建てなの?」
目を見開くクローディアにアーシュラは事前に調べておいた共和国首都の情報を主に伝える。
「あれは政府庁舎で、6階建てです。首都で一番高い建物ですよ」
「6階建て……建築技術が優れているのね。共和国は」
そう言うとクローディアは馬車の豪華な座席に再び腰を沈める。
彼女の乗るこの馬車にはアーシュラの他に護衛役のデイジーが同乗していた。
そして馬車の外ではジリアンやリビーら10名ほどの兵が騎馬に跨り、女王の馬車を護衛している。
後続の馬車には共和国の滞在中にクローディアの身の回りの世話をする小姓らが5名ほど乗っており、彼らを束ねる紅刃血盟会の最年少評議員であるウィレミナも同乗している。
紅刃血盟長であるオーレリアが、後学のために共和国の街とそこで行われる大統領選挙をその目で見てくるようにとウィレミアを派遣したのだった。
そして2台の馬車を先導する先頭の馬車には案内役を務めるイライアス一行が乗っている。
ほどなくして一行は首都の城門をくぐり、クローディアらを乗せた馬車は街中へと乗り入れるのだった。




