↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
咲夜。人の寿命が見える私と、来年までに死ぬ彼の話。  作者: 木立 花音
第一章「私が最初の事件と出会うまで」
7/55

Part.7『転機②』

「あ」と驚きの声が口をついて出た。極限までひそめた声で、隣の明日香ちゃんに話しかける。

「明日香ちゃん、驚かないで聞いて。……寿命一年の人がいるの」

「え、嘘でしょ? どの人がそうなの?」

 困惑気味に、明日香ちゃんが視線を左右に走らせる。彼女が戸惑うのはもっともな話。

 横浜市の繁華街。まだ日が高い時間帯なので通行人が多い。連れ立って歩く学生に、買い物に向かう主婦。仕事で外回りをしているであろうサラリーマンやOL。雑多な人々でごった返している平穏な空間に、死が目前に迫っている人物がいるなんて誰だって思わない。

 かくいう私も困惑していた。見つけた寿命一年の人物は、とてもそうとは思えぬ容姿をしていたのだから。

「明日香ちゃん。十メートルくらい前を歩いている小学生の列見える? その最後尾を歩いている男の子が、寿命一年の人物だよ」

「そんな――。だってあの子まだ小さいよ? たぶん一年生か二年生。どう見ても、来年までに死んじゃうとは思えない」

「そうだね。それについては私も同感。でも――残念ながら、何度見ても間違いないんだ」

 とはいえ、取り急ぎ何かが起こるとは思えない。むしろ、今ここでは何も起こらない可能性のほうが高いだろう。でも……なんだろう。このひどい胸騒ぎは。ここで見過ごしてはならないと、心中で警鐘が鳴っている。

「とりあえず、側まで行ってみよう」

 歩調を速めて、二人で小学生の列の少し後ろにくっついた。そこで、男の子の寿命が点滅しているのに気がついた。

 通常、寿命の年数は白色で表示されているのだが、男の子の上に浮かんでいる『一』は、明らかに色味が失われ、至近距離じゃないとわからない微細なレベルで点滅していた。

 なんなの、これは。

 初めて見る状況に困惑がより深まっていく。この数字の変化が意味していることは何? まさかと思いたいけど、危険が目前まで迫っているとか?

 ここで何かが起こるとしたら、事件か事故か。不審者が近くにいないかと視線を走らせるが、これといって妙な人物はいない。

 歩行者も車の通りも多い場所だ。ある意味、どのようなことでも起こりうるし、だからこそ、何が起こるのかまったく予測できない。一時も気の抜けない状況に、手のひらが自然と汗ばんだ。

 やがて交差点に差しかかり、横断歩道の前で男の子は立ち止まる。歩行者用の信号はまだ赤だ。そのとき、男の子の視線が横断歩道の先に向いた。視線の先を目で追うと、セーラー服姿の女子中学生がいた。

「お姉ちゃん!」と男の子の声が上がる。

 周囲の人波を突っ切るようにして、男の子が姉のほうに向かって駆け出した。いまだ赤信号のままの、横断歩道を突っ切るようにして。

「危ない!」

 緊迫した明日香ちゃんの叫びを聞きながら、反射的に足が動いた。その瞬間周囲の音が損なわれ、奇妙なまでの静寂が私を包み込んだ。

 路上に広がっていく、赤黒い染み。

 動かなくなった背中。

 遠くから聞こえるサイレンの音。

 心中に、陰鬱な影を落とし続けている過去のトラウマが、嫌味なほど鮮明な映像となって脳裏に去来する。

「ダメ!」

 悪夢をかき消す勢いで叫び、周りの人と肩がぶつかりながらも必死に手を伸ばした。男の子の腕をつかんで、渾身の力で引っ張った。

 けたたましく鳴り響いたクラクションと同時に、男の子の鼻先を間一髪で車がかすめていく。強く手を引きすぎたことで、私と男の子はもつれるようにして尻もちをついた。

 転んだときの痛みと乱暴な扱いに驚いたのか、泣き出してしまう男の子。

「なんだなんだ」「なあに、この娘(こ)」「こんな小さい子を転ばせて泣かせるなんて」と驚いた声に混ざって非難めいた声までが聞こえる。

「大丈夫?」と若い女性が気がかりそうに声をかけてきた。

 ――かごめ、かごめ。籠(かご)の中の鳥は。

 さまざまな視線と声がこちらに向けられていた。

 信号が青に変わって、再び動き出した時間の中で、顛末を見届けていた二人が私の顔を覗き込んでいた。一人はもちろん明日香ちゃん。もう一人は、横断歩道を渡ってきたショートカットの女子中学生。

「……すみません、弟を助けていただいて。……ほら、アキラ。突然走り出したらダメじゃない。ちゃんとお姉ちゃんにお礼を言って」

 中学生が、青ざめた顔で頭を下げた。弟の頭に手を当てて、無理やり下げさせた。

「……ごめんなさい」

 自分がしてしまった事の重大さがわかったのだろう。泣きそうな顔になっている男の子の頭を撫でながら、私はしゃがみ込んで目線を合わせた。

「もう、あんな無茶なことしたらダメだよ」

 そっと彼の頭上を見てみると、いかにも子どもらしい寿命に変わっていた。

 良かった、と緊張していた心と体が弛緩した。立ち上がろうとしたそのとき、右の足首にズキっと痛みが走る。転んだときに、ひねるか何かしてしまったのだろう。

 車にクラクションを鳴らされて、足首を痛めてしまって、知らない人らに不審な目を向けられて、本当に散々な目にあった。

 それでも気分は最高だ。

 何度も頭を下げながら、遠ざかっていく姉弟の背中。見送っている私の心は晴れやかだった。

「ちゃんと助けられて、良かったねぇ」

 明日香ちゃんが、満足げに両手を上げて伸びをする。

「うん。間に合って本当に良かった」


 今日、私はふたつの事実を知ることになった。

 ひとつ目。

 寿命の数字が点滅したり薄くなったりしている人は、死の危険が目前まで迫っている。

 ふたつ目。

 フラグを折ることさえできれば、その人物を救える。

 そしてこのふたつ目は、長年私の頭を悩ましてきた疎ましい能力に対する考え方を、百八十度変えてしまう重大な発見だった。

 救えるんだ、私の力で。他人(ひと)の運命を変えられるんだ。


「明日香ちゃん。私、やっぱり文芸部に入って良かったかも」

 ぽつりともれた呟きに、「そうだね」と神妙な顔になって彼女が同意した。

 大丈夫。きっと今泉先輩のことも救える。あの日と同じ過ちは繰り返さない。

 強くなり始めた西日に目を細め、複雑な色を描いていた夕方の空を見上げた。


   * * *


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] レビュー全文 【物語は】 それはある真夏日のこと。主人公がある一角を見つめながら、自分の不思議な能力について思案する場面から始まる。そしてこの日、主人公が自分の不思議な能力はどんなものな…
[良い点] なるほど。結果は変えられるんですね。 そして救えるとなると……彼が一年未満で自分の寿命が見えないというのは、なんだか不気味ですね。いやな予感がします。 本当に先が楽しみです。
2020/10/12 13:48 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。