表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/55

Part.1『記憶』

挿絵(By みてみん)


 空が青い──。そんな、よく晴れた日だった。


 場所は、昼下がりの横浜市中心街。高いビルが左右に立ち並んでいる。

 私は歩道の上に立ち尽くし、一棟のビルとその真下とを代わる代わる見ていた。

 路面から伝わってくる熱は苛烈で、今日が真夏日であることを痛烈に物語る。降り注いでいる日差しは強く、瞼の裏に一瞬焼きつくほどだ。視界が白くぼやけている。街全体が、陽炎(かげろう)の中に沈んでいる。

 辺りは喧騒に包まれていた。

 街角でよく聞かれるものとは一味違う。

 それは、強い恐怖と混乱を湛えた喧騒だった。喧騒というよりは、騒然とした緊張感漂う空気、とでも表現するのが適切だろうか。

 赤色灯の明かりと共に、甲高いサイレンの音が響いてくる。ようやく救急車が到着したようだ。

 だが──けたたましいはずのその音は、殆ど私の耳に届かない。まるで水底に沈んだように、くぐもってしか聞こえない。

 どんどん増えていく人波。呆然と立ち尽くして、ひしめき合う人の背の隙間から、動かなくなった()()をじっと見ていた。

 ビルの真下に横たわっているのは、木綿の白いブラウスを着た女性。白かったその生地が、次第に真っ赤になっていく。アスファルトの上にも、じわじわと赤黒い血溜まりが広がっていく。

 ブラウス姿の女性とは、三十分ほど前にこの近くのビル街ですれ違った。

 私は知っていた。彼女の頭上に浮かんでいた数字は『一』。

 私は知っていた。その数字が、彼女の『寿命』を示しているであろうことを。

 私は知っていた。そう遠くない未来、彼女が死ぬであろうことを。


 このビルの屋上から飛び降りて、命を絶ってしまうことを。


 いや──流石にそれは、買いかぶりというものだ。

 死の間際の情報を、詳細に知りうる力は、私にはないのだから。

 でも、それでも、と自問自答を繰り返した。自分のことを責め続けた。もし、この日声掛けをしていれば、彼女の未来を変えられただろうか? 未来が変わらなかったとしても、せめて、飛び降りる決断を数日でも遅らせられただろうかと。

 この日を境に、頭上に見える数字が示しているものが、その人の寿命なんだと()()に至る。

 しかしまだ小学生だった自分には、いささか刺激の強い事件だった。


「そんな……」


 胸から鳩尾(みぞおち)にかけて強い痛みが走り抜けると、たまらず両手で心臓の辺りを掻きむしった。

 視界が滲む。

 息が詰まる。

 呼吸をすることすらままならなくなると、震えの治まらない唇から漏れだすものは、酷い嗚咽と吐き気だけ。(うずくま)ったまま、私は立ち上がることができなくなった。


 夢の中の自分に、もし、意見することができるのならこう伝えたい。

 次、救える可能性のある人物と出会った時は、決して目を背けちゃダメだと。

 絶対に、逃げちゃダメだと。

 あの日私が背負った罪の十字架が下りる日がくるとしたら、それは、この忌々しい能力で誰かの運命を変えられた日、なのだろうか。

 この考え方は、偽善かそれとも贖罪か。

 答えは今もまだ、見つからぬまま。


* * *


 直後──鳥の囀りで目を覚ました。

 心臓は強く脈打ち、背中にはぐっしょりと寝汗をかいていた。

 悪夢を見る日々は終わらない。自分が犯した罪と向き合い、そして、(あがな)うその日まで。

 陰惨な夢の光景を、(かぶり)を左右に振って追い払うとベッドから這い出した。姿見に映った自分の姿をじっと見つめる。


 加護咲夜(かごさくや)。十五歳。


 重たく見える、黒髪のショートボブ。青っちろい肌。そこそこ整った容姿を持ちながら、目立った特長もない私。それでもたった一つ、明らかに他人と違うところがあるとすれば、それは──。


 他人の寿命が年数で見えること。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] サラッと読める文体に驚きました。 咲夜が特殊な能力がある理由も、これから明かされるのでしょうかと、期待してしまいます。 また、人の寿命が見えてしまうという設定も、好みです。 私が描くのを苦…
[良い点] 「自分だけが知っていた。自分なら何か出来たかもしれない」そう思うと胸がえぐられそうにつらいですね…。咲夜ちゃん小学生だったとは…。それはもう悪夢でしたね…(> <。) [一言] うるさいほ…
[良い点] 木立様 主人公咲夜の 小学生時代(寿命が見えるようになったきっかけ) ⬇︎ 十五歳(現在) という表現! これから先の物語はこの時間軸で動いていくってことがわかりやすかったです! そ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ