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113.好きだから、うっかりした

 よく晴れた昼下がり。

 この日は娼館にやってきて、オルティアの所でのんびりしていた。


 のんびりした空気の中で、俺は手足を投げ出して、だらっとくつろいでいた。


「ヘルメスちゃん、一生のおねがい!」

「……」

「ヘルメスちゃん?」


 ちょこん、と小首を傾げて見つめてくるオルティア。


「お前の一生のお願いを聞くとなごむわー」


 心からの感想を口にした。


 うん、和む。

 オルティアの「一生のお願い!」はなんというか、「かわらない日常」になっている感じがする。

 それがすごく和む。


 ここ最近、エリカに振り回されっぱなしだから、なおさらそう思ってしまう。


 そんな風に、俺はオルティアのそれに実家のような安心感を覚えていたのだが、とうのオルティアは。


「へ、ヘルメスちゃん、へんなものを拾い食いでもしたの?」


 と、何故か慌てていた。


「お医者さんを呼んだ方がいい? それともお祓いさせた方がいいかな」

「あー、ちがうちがう。気にしないでくれ」

「そ、そう?」


 俺ははっきりと頷いた。

 するとオルティアはちょっとだけほっとした。


 プライベートの事情を娼館に持ち込むのもどうかと思ったから、俺は気を取り直して、オルティアに聞き返した。


「で、なんだ? 今度の一生のお願いは」

「え? ああうん……えっとね」


 俺に釣られて、オルティアも気を取り直して答えた。


「実は、今度取材を受けるの」

「しゅざい?」

「うん! なんだっけな……そう! 『今もっともフレッシュなオルティア十一人』って感じタイトルの取材」

「写真集になるのか!?」


 俺はパッと体を起こして。

 オルティアに詰め寄って、食いついた。


「う、うん。ヘルメスちゃん顔が近いよ」


 オルティアが珍しく困惑していた――が、俺はそれどころじゃなかった。


「マジか! すごいじゃないかオルティア」

「そうかな」

「そうだよ! しかも内容もいい! 今もっともフレッシュなって、ポジティブな方で評価されてるじゃないか。すごいことだよそれ」

「え、えへへ……なんかヘルメスちゃんにそうやって褒められるとうれしくなっちゃうな」

「そっか……写真集になるのか、オルティア」

「それでね」


 オルティアはもう一度気を取り直して、って感じで切り出す。


「今、あたしたちの間で一番人気なアクセサリーをつけた状態で受けたいの。そのためにはオリビアの涙が必要なのよ」

「オリビアの涙ってヤツだな!」


 自分のテンションが上がりっぱなしになっているのは分かったけど、なじみが――いや推しが写真集になるんだ。

 興奮しない方がどうかしている。


「でも、オリビアの涙って、入手が難しくてさ」

「よし、俺に任せろ」

「本当?」

「ああ、それを手に入れれてくればいいんだな?」

「うん! おねがいヘルメスちゃん。もしそれを手にいれてきてくれたら――」

「いってくるちょっと待ってろ!」

「――どこをどう使ってもいいから、ってもういっちゃった」


 オルティアの話を最後まで聞くことなく、俺は娼館から飛び出した。

 繁華街の人混みをピンポイントに縫うようにすり抜けて、帰宅タイムアタックの新記録を叩きだすほどの勢いで屋敷に戻ってきた。


「あら、おかえりヘルメス。どうしたのですか、すごく真面目な顔をして」

「ねえさんか、丁度いい」


 玄関に上がると姉さんと出くわした。

 この手の話は姉さんかミミスかが詳しいと思ったから、姉さんにすぐに会えたのはラッキーだ。


「丁度いい?」

「姉さん、オリビアの涙の事を知らないか?」

「それって、アイスドラゴンの逆鱗の事?」

「アイスドラゴンの逆鱗?」

「ええ、ケリンス山に生息しているドラゴン種の、背中に一枚だけ逆さに生えている鱗。それをすりつぶして使うと、肌が雪のように白くなるっていう代物です」

「なるほど」


 合点がいった。

 オルティアはそれを使って、より綺麗に写って写真集にしたいんだな。


 そういう話なら、ますます協力しない理由はない。


「その逆さになっている鱗を取れば良いんだな?」

「ええ、でも気をつけて、逆鱗は――」

「ありがとう姉さん」


 俺は屋敷からとびだした。


     ☆


「――触れるとドラゴンが一番怒るところ、っていっちゃった」


 屋敷にぽつんと、取り残されたような形になったソーラ。

 飛び出したヘルメスを追って玄関から外をみると、ヘルメスがパピューンと空を飛んでいくのがみえた。

 普段とは違って、まったく人目を気にせずに。


 ソーラの目がキュピーン、と光った。


「これは……ヘルメス()予感」


 この機会を逃す手はない、と。

 ソーラはメイドを呼び、必要なことを用意させた。


     ☆


 俺は空を飛んで、一直線にケリンス山にやってきた。


 ピンドスの街から距離が離れてて、かつ万年雪に覆われているケリンス山。

 来るのも登るのも本来は大変な所だが、そんな事に時間を取られている場合じゃない。


 さっさとアイスドラゴンとやらをさがそう。


 山の真上から見下ろした。

 ぐるり、と山中を見回すと、すぐに見つかった。


 青白い見た目をした、ドラゴン種のデカブツだ。

 ドラゴンはこういう時見つけやすいのがいい。


 俺は急降下して、アイスドドラゴンの所にむかった。


 雪の上で気持ちよさそうに寝そべっているアイスドラゴン。

 そいつは俺に気づいて、見あげてきた。


 なんだこいつは、って顔をしている。


 俺は上からそいつを見下ろした。


 寝そべっているから、すぐに見つかった。

 青白い背中に、確かに一枚だけ、逆さに生えている鱗があった。


「それをもらうぞ」


 俺はアイスドラゴンの背中に「着地」した。

 その逆さの鱗――逆鱗に手を触れて、引っ剥がした。


「――ッッ!!! ぐおおおおおお!!!」


 瞬間、アイスドラゴンは咆哮した。

 山が揺れる、空が震える。

 魔力が爆発的に放出されて、雪崩が起きた。


「うるさい黙れ」


 俺は頭の所にジャンプした、ゴツン! と上から下に向かってアイスドラゴンの頭を叩いた。

 頭を地面に叩きつけられたアイスドラゴン。

 頭頂部はでっかい拳のへこみがついて、地面は叩きつけられた衝撃で蜘蛛の巣状のクレーターができた。


 アイスドラゴンが舌をだしてのびて(・・・)、咆哮も空も山も収まった。


「……よし」


 俺は手の中にある逆鱗、オリビアの涙を見て、満足げにうなずいた。

 そのままアイスドラゴンを「ほうって置いたまま」、飛んでピンドスの街にもどった。


     ☆


「もどったぞオルティア!」

「ヘルメスちゃん!? また来たの?」


 一日で二度来ることは娼館としては珍しいことだからか、俺がやってきたのをみてオルティアは驚いた。


「ああ、早く渡した方がいいって思ってな。これだろ? オリビアの涙」


 そういって、鱗をオルティアに差し出す。


「本当だ、ありがとうヘルメスちゃん」


 オルティアは満面の笑みで抱きついてきた。

 頬にキスもつけてくれた。


「本当にありがとう、ヘルメスちゃん」

「一枚で足りるのか?」

「もちろん! でも、すぐに手に入るなんてすごいね。どこかの商会に在庫でもあった?」

「いや、取ってきた」

「取ってきた?」

「そうだ」

「……今?」

「今」


 俺は大きく頷いた。

 そんな事よりも。


「これでいいオルティア(・・・・・・・)になれそうか」

「え、う、うん……ヘルメスちゃんすごい……」

「よし」


 オルティアが何か言ったようだけど、俺は「いいオルティア」になれるというのが頭でいっぱいになってて、それは耳に入ってこなかった。


 これで、オルティアは写真集でいいオルティアになる。

 その写真集、100冊は買っとかないとな。


 そんな事をおもって、興奮しながら、オルティアとわかれて、屋敷に戻る。


 さっきとは違って、ゆっくりとした歩みで。


 すると、歩くペースにあわせてか、テンションが徐々に落ち着いてきた。

 元の――普段のテンションに。


 そして、ふと気づく。


 オルティアも、姉さんも。

 話の中で「難しい」って、言ってた?


 それを俺は一瞬で……。


「やべ……」


 俺は青ざめたが、時既に遅し。


 オルティアの写真集、ということで興奮して暴走した俺は。

 後日、姉さんが俺の残したアイスドラゴンをやっつけた痕跡をきっちり調査して。


 俺の評価が、上がってしまうのだった。

面白かった

続きが読みたい

と思ってくれた方は、下にある☆☆☆☆☆から是非是非応援お願いしますー

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― 新着の感想 ―
[一言] ま~たやらかしてる つーか、ええ加減所帯持って落ち着けw
[一言] もう嫁にしちゃえよ
[良い点] 日常のお願い! [気になる点] > オルティアの涙 女を泣かせるたあふてえやろうだ [一言] ヘルメスがヘルメスるのって、2割くらいねえさんの仕事だよね
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