112.統治者の資質
あくる日の昼下がり。
いつものように、執務室でミミスら家臣団の報告を聞いていた。
ぼーっとしながら、ミミスからの報告を聞いては、はんこを押していく流れ作業。
当主になってだいぶたった。
ミミスの報告が、形だけの報告で承認だけが必要なものなのか、それとも本当に俺の判断・選択が必要なものなのか。
それがぼーっときいてても分かる様になってきた。
だからそれをぼーっとやっていた。
これくらいの事なら、のんびりだらけているのとそんなに変わらないから、最近はもう、このまま当主を続けててもいいんじゃないか、って思えるようになってきた。
当主から降りるために、姉さんを担ぎ上げてのお家騒動を考えてたけど、それはそれでリスクがあるんだよな。
このままなのがベストかもしれない。
そう、何となくぼんやりと考えていると――
「ダーリン!」
「んなぁ!」
いきなり横合いから衝撃がやってきた。
可愛らしい声とともに、抱きつかれて。
エリカだ。
彼女は俺に抱きつきながら、頬ずりをしてくる。
エリカ一流の愛情表現、好意を隠そうともしないスキンシップ。
それはなんというか、結構過剰なものだった。
「だ、だーりん……」
案の定、いきなりそれをみたミミスが目を点にしている。
その後ろにいる家臣団の他の連中も、ざわざわひそひそしている。
数秒間ぽかーんとしたあと、ミミスはハッと我に返り、慌てて聞いてきた。
「ご、ご当主様。もしやその人と――」
「あー待て待て、早まるな」
手をかざして、ミミスを止めた。
ミミスはかなり先走りがちな性格だ。
特に俺の、当主の「相手」の事になるとその傾向が一層強くなる。
前も確か、オルティアの一件で俺を諫めようとしてた。
貴族の正室がどうのこうのって。
その時はミデアもいて、話がややっこしくなったっけな。
今回も同じように、好意を燃料にした暴走気質なエリカが相手だ。
放っとけば話が盛大に暴走してしまいかねない。
ぼうっと聞いていた執務と違って、ここは俺が手綱を取って主導権を握った方がいいと思った。
「しかし……」
「いいたいことはわかる。だけど違う。そのうちちゃんと説明してやるから今は見逃してくれ」
「は、はあ……ご当主がそうおっしゃるのでしたら」
いまいち納得しきれてない顔だが、それでも俺に強く言われて引き下がった感じのミミス。
実は、「後で説明する」というのはかなり有効な必殺技なのだ。
特に当主くらい偉くなると。
貴族の当主だと、「高度な政治的判断」とやらがいる場面もある。水面下でなにか動かすこともある。
そういうのを、いちいちと部下に話さないもんだ。
だから、「後で説明する」というのは、その場を逃れる手段としては必殺技級の威力を持つ。
これを繰り出せば、相手がよほど空気を読まない人間でもない限りはひとまず引き下がるしかない。
ミミスはちゃんと引き下がった、質問を飲み込んでくれたから、俺はほっとした。
一方、俺に抱きついているエリカは。
「ダーリン、何をしてるの?」
と聞いてきた。
「なにって執務だよ、領主としての」
「すっごーい」
エリカはそう言い、目をきらきらと輝かせて俺を見つめてきた。
見つめるだけで、離れる気はまったくないようだ。
執務だっていったのに、どう見てもその最中なのに、だ。
「つづけていいか?」
「うん! エリカ、応援してるね」
俺は苦笑いした。
ミミスに目配せをした。
「ご、ごほん。それでは再開いたしますご当主様」
「ああ……いつものように頼む」
俺は頭のスイッチを切り替えた。
チャンスかもしれなかったからだ。
いつものように――俺がだらだらとはんこを押すだけの執務。
それを目の当たりにしたらエリカは失望してくれるんじゃないのか?
特に賢女王リカを信奉するエリカだ。
執務でだらだら――というのは地雷な可能性が大いにある。
よしこれで行こう。
俺はぼうっとした。
ミミス報告を聞きながら、報告書に次々とはんこをついていく。
「次に、先日の件」
「ん」
「こちらをご覧下さい」
次の報告書を受け取った。
それはちょっと前にあった、領内の不作対応の案だ。
収穫期に不作に見舞われた。飢饉ってほどじゃないが、このままじゃ大半の農家の生活が立ちゆかなくなる。
来年の種籾にもこまる農家が続出するだろう。
その案件の後処理で、いくつかのプランをしるした報告書だ。
それを三秒で流し読みして、ざっとコンセプトだけを把握して、ミミスに聞く。
「これで全部か」
「はい。如何いたしましょう」
「前にも言ったけど、餓死者を一人も出すな、俺からはそれだけだ」
「はい。今回の三つのプランは、それに全てそったものでございます」
「みたいだな」
こっちは大まかなコンセプトだから一見で把握できた。
「その上で、上から予算の多寡の順となっております」
「なるほど」
細かいのは説明あるだろうし必要ないから見てなかった。
「如何いたしましょう」
「じゃあ真ん中のプラン2で、承認」
俺は判をおした。
そこそこ大きい案件だが、俺が前に示したコンセプトに沿ったものだから、却下する理由がない。
さて、これでどうだ。
今の、いつも通りにかなり適当にやったぞ
説明も聞かないでの承認、これはエリカ的にアウトだろ――と思ったのだが。
「さすがダーリン」
「え?」
彼女は何故か、ますます目をきらきらとさせている。
憧れの人を見たような、尊敬の眼差しをしている。
「さ、さすがってなにが?」
「今の処理の事だよ、ダーリンは統治者の鑑だね」
「ふぇっ!?」
ど、どういうことだそれは。
今のが統治者の鑑って……。
「統治者って、実務者の邪魔をしちゃいけないの。災害の時ならなおさら」
「……」
「絶対的な方向性だけを示して、それに沿っている事なら承認して動かすだけ。それが統治者のベストの形だよ」
「しかし……」
「現場にね、口を挟んじゃいけないの。よっぽど明後日の方向に向いてるとかじゃなきゃ。それを当たり前の様に、しかもいつものようにってことは普段からそれが出来てる。ダーリンはやっぱりすごい! 統治者のセンスばりばりだね!」
俺はポカーンとなった。
いやいやなんでそうなるの?
俺は普通に、適当にやってただけだよ。
なんでそういう解釈をされるの?
こんなんじゃ、またエリカの好感度が――。
「まさしくそうでございますな」
ミミス!?
気がつけば、ミミスも感心したような顔をしていた。
いやミミスだけじゃない、他の家臣団たちも同じような顔だ。
「ご当主様の代になってから、政務の滞りが格段に少なくなりました。大きな方針に従っていれば却下されることがないのはみな体験しておられますから」
「うむ、その通り」
「実行する側としてすこぶるやりやすくなりました」
「今回の件も、それがスピード感に繋がって、より多くの民が救われるというものですな」
「いやそれは――」
「かといって何も見ていない訳ではなく、たまにある、ご当主の方針から外れた物は例外なくピンポイントで却下成される。ちゃんと見ておられるという証左である」
「うっ」
そっちは……なんとなく覚えがある。
「やっぱりね」
ミミスの話を聞いて、エリカはますます感動した顔になった。
いやいや待て待て、どうしてそうなるの?
と思ったら更に追撃が。
「三秒くらいでそれを報告書から把握できるなんて、さすがダーリン!」
「おっふっ!」
「その事が分かっておられる方。ご当主様の眼力はさすが」
「おっふぅ!!」
二重に追撃が来た。
「そちらの方も、それが分かっておられるのなら、ご当主の妻、正室になったとしても安心ですな」
「本当? エリカ嬉しい!」
「おっふぅ!!!」
三重にキツかった。
普段通りにやってただけなのに、なぜかあっちこっちから評価がうなぎ登りになってしまった。
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