111.今はまだ、本気になってやれない
連載再開します
一ヶ月分の書きためがあって、二ヶ月続くようにまずは目指します
「ダーリン……」
エリカは熱く、濡れた眼で俺を見つめていた。
こっちまでドキドキしてきた。
エリカほどの美しい少女が、掛け値無しの好意を向けてくる。
生まれたままの姿で迫ってくる。
興奮するに決まってる、嬉しくなるに決まってる。
だけど、俺は。
ゆっくり近づき。
「あっ……」
嬉し顔をして、目を閉じて顔を上に向けるエリカに、脱いだ服を掛けてやった。
「え……?」
目を開けるエリカ。
落胆と、怯え。
二つの感情がない混ぜになった表情が、顔に出ていた。
「どうして……」
「エリカが真剣なのは分かった。だから、俺も真剣にそれに応えようと思う」
「真剣に……?」
「俺はまだ、エリカを好きになっていない」
ガーン、という音が聞こえてきそうだった。
エリカの表情がそうなった。
絶望に打ちひしがれ、世の中の全てから見放されてしまった。
そんな顔。
「あーいやいやそういうことじゃない、早とちりしないでくれっていうか俺の言葉もちょっと足りなかった」
「え?」
「一緒にいて楽しいこともある、友達、としてなら好きだ。嫌いじゃない。だけどそれは恋人としてじゃない」
「ちがうの?」
「ああ、違う」
俺ははっきり頷いた。
ここは、ごまかしとかそういうの一切するべき時じゃない。
はっきりと言うべきところだと思った。
「そう……」
「そういう状態で、そういう関係になったりするのは違うと思う。エリカは、俺を単なる結婚相手にしたいってわけじゃないんだろ?」
「もちろん!」
エリカは食いつくくらいの勢いで、大きく頷いた。
貴族――まあエリカは女王、王族だが。
貴族にとって、結婚相手には必ずしも好意を抱く必要はない。
むしろ割り切って、相手の家との繋がりを利用し合う、のが正しい貴族同士の結婚だ。
それは一連の儀式にも現われる。
最たるものが、初夜の時、破瓜の血のついたシーツを、ばあやあたりの人間が持ちだして衆目に晒すことで、純潔だった二人は結ばれた――として家の結びつきを強くするというものだ。
そこには愛はない、なくていい。
事務的であればいい。
それはだけど、決してエリカは望んでいないはずだ。
「だから、今はだめだ。エリカを抱けない」
「……」
俺は言いたいことを言った。
これは、俺がエリカに少なからず、好意を持ち始めたからこそ感じる事だ。
それが伝わればいいんだが。
沈黙が流れる。
数分ほどそうしてから、エリカは静かに、自分が脱ぎ捨てた服を拾い集めて、ゆっくりと身に纏い直していった。
そして、それを全部着て――部屋に入ってきた時の姿に戻った後。
「ごめんなさい、ダーリン」
と、謝ってきた。
「いや謝ることじゃない。こっちこそ、恥をかかせてしまって悪い」
「ううん、ダーリンの言いたいことはわかる。エリカ、焦りすぎてた。そうだよね、そういうのを望んでるんじゃないもんね、エリカは」
ここで引き下がったことで、俺はまた少し、エリカへの好感度があがった。
世の中には、とにかく体の関係を持ってしまえば後はなし崩しに――って思う輩が男にも女にもいる。
エリカほどの立場にいれば、手段を選ばなくても思いを遂げよう、と考えてもおかしくない。
実際そうしかけた。
それを思いとどまってくれたのは、密かに嬉しい。
押し引きできるというのは、すごいと思う。
俺はちょっと、いやかなりエリカを見直した。
そのエリカは、さっきまでの必死な、そして悲痛な、あるいはしっとりとした
それらの空気を投げ捨てて、いつものように明るく笑った。
「それなら、もっともっと頑張って、ダーリンに好きになってもらうようにするね」
「そうか」
俺はすこし微笑んで、小さく頷いた。
うん、こういう表情の方が、エリカに似合ってる。
「そうしてくれると助かるな。こういうのは、男からするべきだからな」
「ああん!」
エリカが急に、まるで雷に打たれたようにビクンとなって、肩を抱えてくねくねした。
「ど、どうした」
「ダーリンかっこいい! エリカ惚れ直した」
「えぇー」
「やっぱりダーリン大好き!」
エリカは俺に抱きついてきた。
さっきのと違う、カラッとした、純粋な好意の発露。
これくらいならいっか、と、俺はそれを受け入れた。
これで一件落着――と、思いきや。
この出来事が、噂となって光の速さでメイド達の間に広まった。
☆
次の日の昼下がり。
誰も訪ねてこない庭で、犬と戯れていると、そこに姉さんがひょっこりとやってきた。
「聞きましたよ、ヘルメス」
「今度はなんだ、姉さん」
姉さんはやってくるなり、妙な事を口にした。
「昨日、エリカ様に説教をしたんですって?」
「へ? 説教?」
何の事か、と思ったけど。
「ああ、まあ。あれは説教なのか」
「メイド達が噂してましたよ」
「聞かれてたのか……」
俺は苦笑いしつつ、ちょっとほっとした。
ある意味よかった。
それが聞かれてたって事は、もし誘惑に負けてたらそれもメイド達に見られてたって事だ。
いやまあ。
貴族の夜生活の事情なんて、どこの家も使用人に筒抜けだしな。
そもそも、シーツを毎日洗濯するランドリーメイドに100%把握されるもんだ。
これはもう宿命だ。
それはともかく。
今はまだ、把握されなくて良かった。
と、思ったけど。
「みんな盛り上がってるわよ」
「え?」
「女王様に迫られても動じないって。ちゃんとしなきゃそういう関係にはなれないって言ってて、すごく男らしいって」
「ふぇ?」
「それを言ったときのヘルメスの顔が今までで一番格好良かった。私を嫁に出さないって言ってたときよりもかっこいいって」
「いや待て比較基準がおかしい!」
そんな話になってたのか。
「何人もの子が、すてき! かっこいい! 一生ついて行く! って言ってますよ」
「予想外だよそんなの……」
俺はがっくりきた。
昨日の件で、エリカの好感度が上がるのはしょうがないと諦めてた。
だけど、メイド達までまさかそうなるとは。
予想しなかった方向からのダメージは、普通よりも強く俺の心をえぐったのだった。
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