No.08
お待たせしました!
背中をこちらに預けて、そのまま動かなくなった子供を見る。
「お嬢ちゃん……?」
そっと声をかけるが、反応がない。どうやら、眠ってしまったらしい。
子供ならではの、寝入りの早さに思わず笑みを浮かべる。
窮屈そうな体制に思えたので、腕できちんと抱え込みながら体制を変える。動いたことで、少しだけ身じろぎをするがまた寝入ってしまう子供の頭に手を置いて撫でる。
まだ体が本調子なわけではないので、疲れてしまっているのだろう。
それに一気にいろんな人と合わせすぎたようだ。もう少しゆっくりしても良かったのだが、友達ができたようで安心した。
会ってからまだ数日しか経っていないが、もう自分の孫娘のようにしか思えないほど情を持ってしまった。
これも老いたせいかのお、なんて言葉が心の中に浮かぶ。
今日は天気が良く、空も晴れていて風も気持ちがいい。これは子供でなくても外で寝転んで眠りたい気分だ。
そんなことを思っていると、近くで走り回っていた男の子たちがお嬢ちゃんに気が付いたようでこちらに走り寄ってくる。
心配そうに眉を下げてしまっている。
「おじちゃん、エルディナちゃんどうしたの? 具合悪い?」
すぐに声をかけてくれたのは、先程お嬢ちゃんと一緒に遊んでくれていた坊ちゃんのアシュレイ君だ。
私に懐いてくれたようで、親しみを込めて“おじちゃん”と呼んでくれる。
お嬢ちゃんを気遣ってか、声を落としてくれている。
「いいや、具合が悪いわけじゃなくてな。疲れているだけだのお。まだ体力があまりないんだ」
「そっか! てっきり僕たちが無理させちゃったかと思っちゃった」
下がっていた眉が上がり、ホッとしてくれている。なかなかいい奴だ。
周りの弟と友達も各々同じような表情をしている。
それに感謝の気持ちが湧き上がる。
「坊ちゃん達、今日はありがとうのお。お嬢ちゃんと遊んでくれて」
そう言うと、アシュレイ君たちがキョトンとしたような顔をしてからニッコリと笑う。
「おじちゃん、なんでお礼言うの? 一緒に遊んだのは僕たちが一緒に遊びたかったからだよ! おかしな、おじちゃんだね!」
アシュレイ君がそう言うと、後ろの男の子たちも頷く。
「そうそう!」
「オレ達も遊びたかったしなー?」
「なー!」
「エルディナちゃんとはまた遊びたいし!」
最後の子がそう言うと、全員が頷く。
それになんだか感動を覚えて、瞳が潤むような気がしてしまう。慌てて目を瞬かせ、雫を追い払う。
感動したのは、お嬢ちゃんのことだけではない。魔族と人間が歩み寄っている姿にも感銘を受けてしまった。
「そうかぁ。それでもありがとうな、坊ちゃん達」
「いいって! それよりさ、僕たち明後日に街に降りるんだけどエルディナちゃんも誘っていい?」
アシュレイ君がそう言うと、ほかの男の子達もいい考えだとばかりに頷く。
「僕たちと僕たちの友達がもう数人と、あと妹とかもついてくる奴いるよね」
「オレのところはそうだよ」
「他にもいるよね? 二、三人ぐらい?」
「いるね! それにちゃんと護衛もお願いしてるから、大丈夫なはずだよ! なんだったら、おじちゃんも付いてくればいいじゃん!」
口を挟む間も無く次々に話が進み、問いかけられる。
それに口を閉じ、考える。
今なら、お嬢ちゃんの身元は知れ渡っていない。それにまだ子供。他の色んな人と関われば関わるほど成長できる。
ジェイド達なら、自分でなんとか説得できるだろう。
明後日は……、私は付いて行けなさそうだ。部下か誰かに任せよう。
そうと決まれば、少年たちに向かって頷いた。
それを見てワッと盛り上がるが釘を刺す。
「だが、ちゃんとお嬢ちゃんが行きたいと思ったらだぞ? 行くのは明後日だろう? だったら明日に手紙を出す。アシュレイ君のところでいいかの?」
「うん! それでいいよ! 待ってるね!」
笑顔で頷くアシュレイ君に、私も笑顔で返す。
きっと、お嬢ちゃんもアシュレイ君たちと触れ合うことで沢山のことを知り、沢山の感情を知ることになるはずだ。
今日は、もう部屋に戻って休ませてやろう。
そう思い、アシュレイ君たちに一言言って立ち上がると、惜しみながらも見送ってくれる。
しっかりとお嬢ちゃんを抱きかかえ、広間を通らずに部屋へと直行する。その間にもお嬢ちゃんはずっとグッスリ眠ったままだ。
部屋に戻ると、ゆっくりとベッドに下ろし毛布を掛けてやる。
寝入ったままのお嬢ちゃんの穏やかな顔を見て、言葉が滑り落ちた。
「お嬢ちゃん、私はな……。人間を恨んでいる気持ちを忘れ去ることはできない……。失った部下、同胞達……それに家族。あやつらの事を忘れることは、出来ない。人間を許す気持ちは、全くないわけじゃないのだが……彼らを許すことはあやつらを忘れるのと同義だ。私はそれをするわけにはいかん。……だが、お嬢ちゃんたち子供はこの世界の未来だ。お嬢ちゃんたちが築いていく世界は、私らとは違う、暖かなものに包まれてほしいのお……」
瞼に浮かぶのは自分を置いて逝ったヒト達。そしてその人達を葬った人間たち。その人間たちのほとんどは、もうこの世にはいないが。生きているものはいる。
それに仄暗い気持ちが溢れそうになるが、もう未来は歩き始めている。今更こんな老いぼれの執念を表に出したところで、いいことなど起こりえない。
未来は、お嬢ちゃん……希望が作ってくれる。そこにはきっと種族など関係ないと言える世界が広がっていることだろう。
そんな世界に、負の遺産など残したくはない。
あんな仕打ちを人間から受けてもなお、人間に歩み寄った姿はまさに希望の光だった。お嬢ちゃんから未来の風を受け取った気がした。
そっとまだ燃え続けている炎を胸の奥深にしまい込むと、お嬢ちゃんの頭に手を伸ばす。
小さな小さな頭を撫でると、片目から意図しない滴が転がり落ちる。
「老いると涙腺が緩くなってかなわんのぉ……」
お嬢ちゃんを一人にするわけにもいかなくて、ベッドの横に椅子をつけて剣の手入れをしていると扉が遠慮気味に叩かれた。
「誰だ?」
「テル隊長、殿下がお越しです」
部下の声が、誰が来たかを告げる。
すぐに剣をしまうと、椅子から立ち上がり扉に向かう。
扉を開けると、リオン殿下がそこに立っていた。
「どうぞ、お入りください」
中に招き入れると、殿下が疲れた様子で入って来た。
「テル隊長……ちょっと癒されに来たんだが、どうやらあの子は寝ているようだな」
「ええ。どうやら、遊び疲れたようでのお」
私が言ったことに、驚いたように殿下が目をみはる。
「遊び? 友達ができたのか!」
「そうですよ。その子達が、また今度遊びたいと言っておりましたよ」
殿下にそう教えると、殿下が目元を緩めた。
「そうかぁ。よかったな」
心底ホッとしたように殿下は息を吐くと、何か思い至ったのかハッと顔を上げる。
「テル隊長、その友達は人間なのか?」
「ああ、そうですが」
「……その、大丈夫だったのか?」
心配そうに目を瞬かせる殿下に、フッと笑みを漏らす。
相変わらず、優しい心を持った方だ。
「大丈夫だったように見えたのお。心配せずとも、この子はゆっくりと先に進んでおるよ、リオン殿下」
「そうか……、良かった。広間ではまだユーリ殿の事にも慣れてないみたいだったからどうなることかと」
胸をなで下ろす殿下を見て、目を細める。
この方も未来へと歩を進める先駆者だったな。子供達の成長は早いものだな……。きっとこの方が王になる頃には……きっと。
感慨が胸を満たし、少しだけ寂しさを覚える。だが、もうここで老いぼれが口を出すわけにはいかない。きっとユーリ殿下とリオン殿下は先の未来で人間と魔族の友情の象徴となるだろう。
思わず、自分の目線とは少し下にある頭に手を伸ばしかき回す。
「うわっ!? なんだ!? ちょ、隊長!?」
鳥の巣のようになるまでかき回し続けると、笑いがこみ上げてくる。
「ふ、はははは! はははは!」
「な、なんなんですか!? テル師匠!」
リオン殿下は、私の手が一瞬止まった隙をついてガッシリと捕まえると不満げにこちらを睨みつける。
殿下の問いに笑いを収めつつも、目の端に浮かぶ涙を拭う。……これは笑い泣きだ。決して悲しみの涙が出たわけじゃ無い。断じてそうだ、と言うことにしておこう。
「いやのお。殿下も背が大きくなったな、と思いましてな」
「はぁ? 師匠、今更何を言ってるんですか。もう師匠の腰ぐらいだったのは十年ぐらい前ですよ」
訝しげに見る殿下を見ると、また笑みが浮かぶ。今度は逆の腕で、殿下の首回りを軽く締め上げると動けなくして、また頭をかき回す。
「うわ!? ちょっとやめて下さいよ!! 師匠!!」
不満そうな弟子の頭をさらに撫で回して、私はまた笑い声をあげた。
ここまで読んでくれた皆様に感謝感激の嵐を!
今回はあとがきが長く書けませんが、次回の楽しみにとって下さるとありがたいです!
ではでは、また次回にお会いしましょう!




