第37話〜どうして。
どうして
ワタシはこんなに美しいのに
ワタシはこんなに魅力的なのに
そう
ワタシは完璧なのに
ユルセナイ!
ワタシに堕ちない男がいるなんて
そんなことはあり得ない
それはもう決まったこと
オマエはワタシのモノになるの
シャワーの水音だけが響くバスルームで、ミラーに映る己の姿を確認する美月。その顔には美しくも妖しい笑顔を宿しながら……
「おはよう」
愛しい人の声が耳に届き、リュウスケは思わず笑顔を声の主に向ける。
「おはよう、サヨちゃん。もう良くなった?」
「うん、心配かけてごめんね」
そう言って、可愛く謝る仕草をする彼女も満面の笑顔。いつもの声、いつもの笑顔、いつもの『彼女』。
そしていつものように微笑み合える幸せを、リュウスケは噛みしめていた。
「やあ、おはよう」
その幸せを台無しにされたような、最悪のタイミングで現れたのが秀一だった。相変わらず心の闇を表情に表すことなく、さわやかな笑顔を浮かべている。
無視をするのも不自然なので、こちらもさわやかな笑顔で挨拶を返してやる。
「おはよう!」
「あ? ああ……」
リュウスケの態度があまりに意外だったのか、秀一は少し虚をつかれたような表情になったので、リュウスケは心の中でほくそ笑む。
そして、秀一の陰で俯いてモジモジしてるのは… 美月だ。やっぱりいたか、と少しうんざりしつつも、リュウスケは彼女がここで何を言い出すのか、気が気ではない。
「あの、池内さん……」
声をかけられたサヨは、表情を固くして美月を見つめる。と、次の瞬間、美月は予想もしなかった行動に出た。
「ごめんなさい!」
謝罪の言葉とともに、サヨに深々と頭を下げたのだ。リュウスケとしては、昨日のこともあるだけに、美月の言動にハラハラせざるを得ない。何も知らないサヨは、あっけに取られるばかりで言葉もない。
「ちゃんと謝りたかったの」
「どうして?」
「あなたにイヤな思いをさせちゃったから」
そういう美月の瞳は、少し潤んでいるようにサヨには見えた。サヨは気遣うような表情を浮かべる。
コイツも馬鹿ね。
これは演技なの、演技。人を騙すのって、本当に楽しい。さあ、この場はサッサと終わらせちゃいましょ。
「高島さん、私がイヤな思いするようなことした?」
「始業式の日のこと、覚えてる?」
美月に刺すような視線で睨まれ恐怖を感じたことや、すれ違い様に掛けられた秀一の言葉に悪寒を感じたこと… 確かにイヤな思いをしたかも。
「私、昔から自意識が強くて、あなたを見て嫉妬しちゃったの」
「それはどういうこと?」
「あなたがあんまり可愛いから」
「そんなことないよ……」
思わぬ言葉に、照れたように俯いてしまうサヨに構わず、美月は言葉を繋ぐ。
「何だか悔しくなっちゃって… 思わずあなたを睨んでしまったの」
美月はサヨの元に歩み寄ると、彼女の手を取り潤んだ瞳を向け、謝罪の言葉を再び告げた。
「本当にごめんなさい……」
少々震える声は美月の演出。この後の展開も彼女のシナリオには出来上がっている。
「いいの……」
吐き気を催す優しい声が、目の前の女から発せられる。
ほらね、思った通り。
「そんなに謝らないで。私は何とも思ってないから」
美月は驚いたように目を見開き、そして縋るような表情を作る。
「じゃあ、許してくれるの?」
「大丈夫、私は気にしてないからね」
そう言って、ワタシに笑顔を向けて来る目の前の女。思わずつばを吐きかけたくなるけど、ここは我慢我慢。
「ありがとう」
満面の笑みを浮かべ、手をキュッと握り直して、親愛の情を示すことを忘れてはいけない。これでこの場はジ・エンド。
でも、どうして?
そんなに『いい人』でいたいわけ?
みんなに好かれたいと思ってるわけ?
ワタシには考えられないけど?
そんないい子チャンにはお仕置きがいるわね。ちょっと面白いことになりそうだけどさ。
「池内さん、あなたが羨ましいわ」
「え?」
「こんな優しい人があなたの彼氏だなんて」
「……」
「昨日秋葉君には、先に謝っといたの。あなたのことも」
「そうなんだ……」
「私にも気遣ってくれて、二人っきりで話せる時間を作ってくれたのよ」
爆弾投下。
驚いた顔してるわね。いい気味だわ。どうやらヤツも困ってるみたいね。
疑いなさい。
悩みなさい。
そして苦しみなさい!
優しさなんかで世の中渡っていけないことを、思い知るがいいわ。
ジコチュウな美月の「どうして。」
破綻した彼女の性格を紹介するだけの話になってしまいました。
自分の欲望を満たすため、自己をプレゼンスする能力を遺憾なく発揮する美月。それに主人公の二人は翻弄されてしまいます。二人の距離が少し開いてしまう展開になりそうです。
それにまだまだ美月のワナはこんなもんではありません。もっとエグイことになってしまうかも知れません(R15で果たして大丈夫なのでしょうか?)。
それでは、また!




