第36話〜偽りの恋心。
重い扉を開けて、リュウスケは屋上へと歩を進める。
当然ながら人の気配は全くせず、どこからか聞こえて来る生徒達の嬌声も、心無しか遠いもののように感じられた。
再び開いた扉の音に振り返れば、そこには膨れっ面をした女生徒が、息を切らして立っていた。
「もぉーっ、秋葉君ってば、歩くの早過ぎ!」
美月は少し甘さを含んだ声で、やんわりと詰る。
その表情も声も、己を可愛く彩るための飾り。全ては美月の作戦のウチだ。
「ああ、ごめん。気づかなかったから……」
明らかに狼狽の色を見せるリュウスケに、美月は心の中でほくそ笑む。
その邪心はおくびにも出さず、美月は表情を固くして、俯いてその場に立ち尽くした。
「どうしたの?」
気遣わしげな表情を浮かべるチョロい標的。チャンス到来だわ。
作戦開始ね。
美月は決然と顔を上げると、リュウスケに駆け寄りしがみついた!
いきなりの展開に、リュウスケは動揺を隠し切れない。
「ちょ、ちょっと…… !」
力のない抗議の声を上げてみても、美月は全く臆する様子がない。美月の両腕はしっかりとリュウスケの背中に回され、二人の体は密着し、頭を彼の胸につけてしまっている。
リュウスケは、女の子の柔らかな感触や、官能的な香りにクラクラしながらも、どうしたもんかと思案を重ねていた。
「あのね……」
発せられた小さな声とともに、少し体が離れたのに気づいたリュウスケは、美月をのほうに視線を向ける。その先には潤んだ彼女の瞳と、さらにその先にはくっきりと胸の谷間が見えている。一瞬目が釘付けになるものの、我に返り慌てて視線を逸らす。
フフフ。思い通りね。
オマエも愚かな男の一人。私のコレは大好きなはずよね。私のモノになるのなら、もっと見せてあげてもいいのよ、秋葉クン。
美月の心の中では、リュウスケに対する嘲笑が止まることがない。しかし実際には、切なげな表情を浮かべたままだ。
美月は消え入りそうな声で言葉を繋いでいく。
「わかってくれた? 私の気持ち……」
「……」
「言葉にしないと、わかってもらえない?」
「……それは、どういうこと?」
「やっぱり言わないとダメ?」
美月は一瞬恥じらうかのように視線を逸らし、すぐに思い切ったような表情になって、リュウスケを真っすぐに見つめる。
「あなたのことが、好きです」
薄々予想はしていたのだが、衝撃的な言葉にリュウスケは声を失う。出来れば聞きたくはなかった告白。
自分には誰よりも大切で、誰よりも愛しい人がいる。
彼女以外を好きになることはありえない。
そして彼女を悲しませることは絶対にできない!
それをこの人に伝えなきゃいけない。たとえ傷つけることになっても。
「僕にはす…」
「言わないで!」
いきなり鋭く遮られ、リュウスケの言葉は行き場を失う。唖然とする彼に、美月の畳み掛けるような言葉が降り掛かる。
「わかってるの… わかってるのよっ! あなたに付き合ってる人がいることもっ! でもね、どうしても伝えたかった。あなたがどうしようもなく好きだってことを!!」
悲痛な叫びだった。もちろん迫真の演技なのだが。その出来映えに、美月は自己満足を覚えていた。
リュウスケはどうしていいかがわからなかった。美月の激し過ぎる告白は、自分の処理能力を遥かに超えていると感じる。少し呼吸を整えると、今最善と思われる言葉を彼女に掛けてみた。
「ごめんね」
やっぱりそう来たわね。ここは『切り札』を使うしかないようね。
美月はリュウスケからおもむろに体を離すと、胸元に手をかける。
シュルっ
一気にスカーフを引き抜くと、それを足下に落とした。
案の定、ヤツはビックリしてるわね。この後すぐに、つばを飲むゴクリという音が聞こえるはずよ。愚かな男のいつものパターンね。
ゴクリ……
ヤツののど仏が動いたわ。後は少しエッチな表情で迫ってやれば、コイツも私のモノになるから。あーあ、赤い顔しちゃって、カワイイもんね。
美月は潤んだ目を細め、少し唇を突き出した官能的な表情を創り上げ、リュウスケにゆっくりと近寄っていく。そして再びリュウスケに抱きついた。
美月が色仕掛けをしてきたのは理解出来た。しかし決定的に経験不足のリュウスケには、躱す方法が見つからない。
頭の中はパニックだ。非常にマズいこの状況を回避することだけを考えていたが、どうしてもいい考えが浮かばず途方に暮れていると、信じられないことが自分の身に起こった。
自分の唇に、柔らかく温かいものが触れる。視覚には大映しになった美月の顔が捉えられている。
キスされてる!?
それに気づけば、思わず美月を突き飛ばしてしまった。
「痛ったーい!」
固いコンクリートの床に尻餅をついて、非難の声を上げている美月には気の毒だが、それまでの強引な彼女の行為に怒りすら感じている。
「君とはそういうことをするつもりはないから」
リュウスケはそう言い残すと、まだお尻をさすっている美月を残して、足早に扉の向こうに消えた。
そしてリュウスケは、隣の棟の屋上で光る、望遠レンズに気づくことができなかった。
イヤな女ですね…。
自分で書いててつくづく思います。
ここでの二人の様子は、どうやら盗撮されてしまったようです。もちろん美月の差し金なんでしょうけど。それが今後大きく波紋を浮かべることになりそうです。
つれないリュウスケに、美月は少し心変わりをしてもらおうと思っています。どうしても『略奪』したいと思う執着から生まれる心の変化、上手く表現出来るか自信がないです(←おい!)
しつこいようですが、web拍手、お願いします。