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「はぁ? あんたいきなり何言いいだすのよ」


「いや、だから。しばらくの間、実家に戻りたいなぁと」


「珍しく電話なんかしてきたと思えば……いきなりそんなこと言われても困るわよ」


「え、そ、そうですか……」


 翌日、徳田君は田舎の実家に電話をかけていた。

 引っ越しする金もないため、しばらくの間実家に避難しようとしたのである。

 そして、電話に出た徳田君のお母さんの返事は徳田君が予想していた以上に冷たいものだった。


「どういう風の吹き回し? 連絡不精で、たまーに盆か正月に帰ってくるぐらいなのに」


「いやぁ……ちょっと困ったことになっててさ」


「困った事って何よ」


「しつこい女にストーカーされててさ。まいってるんだよ」


「嘘ばっかり。そんな甲斐性あんたにあるわけないでしょ」


 一瞬で嘘を見抜かれて、徳田君は鼻白んで受話器を少し耳から離した。

(なにげに非道いですね……)


 その時、遠くから赤ん坊の声と泣き叫ぶ幼児の声が聞こえてきた。

 徳田君はビックリした。


「母さん、なに? 何で子供の声がしてるの」


「何でって……尚子の子よ」


「あれー? 妹、いま実家にいるの?」


「いるも何も、去年の夏から実家に戻ってるわよ。旦那と別居中なの」


「ちょっとちょっと。俺何も聞いてないんだけど」


「そりゃ教えてないからね」


「……」


 今更ながら、上京して一人暮らしを初めてから、家族と疎遠になっているということを思い知らされる徳田君であった。

(そういや、結婚式以来、尚子と話したのは正月の時の一回しかないな……)

 話している間にも、泣きわめく子供達の喧騒は大きくなっていく。


「ああ、もうっ。ちょっとこのまま持ってて」


「あ、かけ直すよ。母さん? 母さん?」

 

 行ってしまった……。


 電話は保留状態にされなかったので、受話器の向こう側の、上の子供を叱る母の声が丸聞こえだった。

 徳田君はため息をつく。

(尚子は仕事に行っているんだろうし、親父も仕事中。当然、その間の育児は母さんが肩代わりしてるんだな)

 いくら何でもちょっと邪険にされすぎじゃないかと、ちょっぴり傷ついていた徳田君だったが、そういうことかと少し安心した。

 いきなり舞い込んできた育児の仕事にすこし疲れて、ストレスがたまっているのだろう。 

「お久しぶりですね。元気にしてましたか」


 唐突に、なめらかで柔和な声が受話器越しに聞こえてきた。

 徳田君のお母さんではない。父方のお祖母ちゃんだった。


「……」


「どうですか。東京での生活は。元気にしてましたか」


「まあまあ、かな」


「まあまあというのは、変わりないと? いたって元気だ、と?」


「そんなとこッス」


「あなたの言う『まあまあの生活』というのは、毎日飲んだくれて、夜中に起きてはパソコンで遊んだり、外をブラブラしたりする事なのですか」


「もー、お祖母ちゃん。パソコンでカタカタやってるのは遊んでるわけじゃなくって――」


「規則正しい生活をして、体と心に気をつけなさいといつも言っているでしょう。大切なことには、真面目に取り組みなさいといつも言っているでしょう。それなのに、あなたはいつも面倒くさがって、適当にやり過ごそうとして……。もういい大人なんですよ。自分自身をなんだと思っているのです」


(何好き勝手言っちゃってくれてんの)


 聞いているうちに徳田君の胸にもやもやしたものが渦巻き、それはカッと熱くなって胸から喉、そして頭に達した。怒りが沸き上がってそれを受話器越しの祖母にぶつけたくなる。怒鳴り散らしてやりたくなる。しかし、『もういい大人』の徳田君はそれをグッと抑えた。


「いやでも、真面目に取り組んでも、どうにもならないと思うようなことが起きましてね。こういうことで、頼りになる人は、もういませんし」


 思わず敬語で言い返していた。


「そんなことはありません」


「だれか助けてくれる人がいるって事?」


「人であるとは限りませんよ」


「……どういうこと?」


 徳田君は返答を待った。が、なかなか返ってこない。


「お祖母ちゃん? どういうこと? ちょっと、お祖母ちゃ――」


「あんた、何言ってんの」


 心配そうなお母さんの声が聞こえて、徳田君はハッとした。


「あ、ああ――」


 ちょっと頭が混乱した徳田君は、意味不明の声をあげた。


「大丈夫? あんた、今――」


「あーいやいや、なんでもないよ。実は今ちょっと、いやかなり、酔っぱらっててさ」


 そう言った途端にお母さんの機嫌が悪くなる。


「まったくもうッ。平日の朝っぱらから、どういう生活してるの!?」


「ごめんごめん。ちょっと、電話切るね。また連絡するから。あ、それと来年のお盆には帰るから」


「正月にも帰ってきなさい!」


 ガチャリ。


 電話を切られてしまった。  


「ははは……」


 受話器を置きながら、徳田君は声を上げて笑う。

 泣き笑いだった。


 ――さっきまで話をしていたお祖母ちゃんは、徳田君が高校生の頃に亡くなっている。


 目頭が熱くなるのを感じながら、しばらくの間、身動きせずに徳田君はその場でうなだれていた。

(つづく)


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