位相3~擬態~
……ええ。相変わらずフリーターです。
ずっとあのコンビニで働いてますよ。
なんか去年の秋頃改装されてミニスーパー化しちゃって。昔より忙しくなってますね。
でも、相変わらず「変なこと」は起こってますね。
で、今回起こった怪奇現象ですけど。
いや、もうこれ怪談とかそういうのじゃなくてちょっとした事件だと思うんですけどね。
……二週間前まで、島さんっていうバイト店員が結構長いことうちの店で働いてたんです。
え? ああ、男です。多分歳は二十五ぐらいっす。
で、その島さんですけど、いっつもマスクしてましてね。
いわゆる伊達マスクって奴ですか?
てゆーかですねぇ。最近、職場でマスクしてるスタッフが急増してるんですよ。
いや風邪ならいいんだ。あと予防とか。
咳が出るので迷惑かかるとか。
夜勤で、無精髭が伸びてきたからそれを隠してるとか、ね。
でもなぁ……。
ほぼ毎日、欠かさずマスクしてる人に限って、咳が嘘くさかったり、あんまり仕事がテキパキしてない人だったり、しんどい――もしくは自分がやりたくない、持ち場を他人任せにしてダラダラしてる奴とかが多いと思うのは……。
俺の気のせいっすかね?
しかし冗談じゃなく、その島さんだけでなくて、他のスタッフの中にも、半年ぐらいずっとマスクしてる人とかもいるんすよ。
元気そうなのに(笑)
ネットで伊達マスクのことを「コミュニケーション拒否の表れだ」なんていってますけど、俺に言わせれば「病人アピール」ですよ、アレ。
……実際には病気でも予防でも何でもなくてですね、マスクを付けることで、『体の調子が悪い人』に擬態してるような人が、最近増えたなぁって。
それって暗に、仕事の同僚やお客さんに、ある種の手加減を求めてるんすよねぇ。
ホント、最近うちの店ではそういう店員が多くなってる気がします。
――こんな風に思っちゃうのは自分もおっさんになってきたってことですかね?(笑)
――話がそれましたね。
で、島さんが正にそんなタイプの人でした。
最初の頃は真面目だったんですよ。元々社員希望で入ってきた人だったし。
でもバイトスタッフとしてはそこそこ使える人材だとしても、社員としてマネージャーや店長になってもらうには、もっと人並み以上に頑張らなきゃいけない……てのがうちのオーナーの考えらしくてですね。
その旨をそれとなくオーナーが伝えたらしいんですけど、それ以来めっちゃ仕事ぶりが悪くなってですね。
なんつーか、本人的には既にいっぱいいっぱいの状態で働いてたのかなぁと。
その状態でそんなこと言われて、糸がぷつんと切れたような状態になったんでしょうね。
元々寡黙な人だったですけど、極端に話をしなくなって、レジ接客も嫌がるようになっちゃったんですよね。品出しや発注ばっかするようになって……。
そんな感じだから人気のいない深夜にシフトを移動させられたんですよ。
遅出&早あがりの夜勤ってかんじっす。
え、クビにはならなかったのかって?
うちのオーナーはあんまりクビとかにはしないんですよ。まあ島さんも品出しや発注なんかはテキパキこなしますからね。
でも、忙しいコンビニってレジ接客が一番キツイから、それを露骨に嫌がる島さんを他のスタッフはみんな嫌ってましたねぇ……。
俺? 俺は島さんと夜勤コンビになるときは、むしろ手が荒れるホッターケースやフライヤーまわりの清掃とか、床掃除がめんどくさかったのでそれ全部、島さんにやってもらってましたね。
で、俺はレジ接客。
そんな感じで島さんと一緒に深夜に働くようになって、数週間ぐらい経った頃のことっす。
その日はいつも以上に島さんの様子はおかしかったですね。
目は虚ろで、ケホケホと嘘くさい咳をしながら床をモップがけしてる最中も、立ち止まっては「ハァ」って肩を落としてため息を吐くんですよ。
体調でも悪いのかなと声をかけようにも、うちの店は深夜の時間帯、「体調が悪い」とか言うの禁止ですからね。
それに島さんとは殆ど会話らしい会話をしないんで……。
ええ、島さん、「おはようございます」「品出し行ってきます」「清掃いきます」「休憩行ってきます」「休憩ありがとうございました」「お先上がります」ぐらいしか喋ってるのみたことないですから。
話しかけても弱々しい愛想笑いや相槌くらいしか返してこないですからね。
で、レジにいながらチラリチラリと床清掃をしてる島さんを見てるとですね、急に顔を上げて放心したように店の外を見つめてるんですよ。
ん、なんだ? と思って俺も島さんが見ている方みつめると、窓越しに――。
いたんですよ。
例のずっと前にお話しした、マスクをしたボロボロの服を着たおじさんが。
ええ、そうです。喋ったら、マスクが血で真っ赤に染まった、あのおじさんです。
あの日以来現れてなかったから、おれはなんかもう、びっくりしちゃって、身を屈めて隠れようとか思って、それからすぐに「いやなんで隠れなきゃいけないんだよ、それよりもあの日のことを謝ろう」とか。もういろんな考えが頭の中をぐるぐる回ってました。
おじさんは、そんな俺には目もくれず、島さんの方を見つめていました。
それから目を細めて笑いました。ええ、でかいマスクしてても分かるくらい口角が上がってましたね。
それから片手をあげて指だけをちょいちょいって動かして、手招きの動作をしたんですよ。
島さんを見ると、島さんもおじさんに応えるように、笑ってました。作り笑いじゃなくて、満面の笑みって奴です。顔が紅潮してて、なんつーか「いい笑顔」ってやつですよ。
最初で最後だったな……島さんのあんな顔。
で、モップをその場にうち捨てて、フラフラと外へ出ていったんですよ。
そして、おじさんと肩を並べて、行っちゃったんです。
一分、いや三十秒も経ってない間に外に出て、島さんの姿を探したんですけど、おじさんも島さんの姿も、何処にもありませんでした。
それっきりです。
それ以来、島さんは店に来ませんでした。
無断欠勤が続いて、勝手に辞めていった扱いになって、それから数ヶ月ぐらい経ってから、親御さんがやってきてオーナーと話をしたそうです。
もちろん俺のところにも話を聞きに来ました。
島さんは田舎から上京してきて専門学校を卒業した後、一人暮らしだったらしいんですけど、部屋にも実家にも帰ってないそうです。
警察の事情聴取も受けましたけど、話せることは今言ったことと同じなんで……。
警察の人も困ってましたね。
誘拐扱いっていうのもおかしいですしね。
島さん、自分の意志でついていったんだから。
だから失踪扱いになってるんじゃないですかね。
でも――あの時のおじさんと島さん、正に「消えた」って感じでしたね。
夜のコンビニの店内から見る外って、かなり窓際に近づかないと真っ暗で何も見えないじゃないですか?
だから断言はできないけど、フッと消えたように見えたんですよね。
すぐに後を追ったのに、歩道にも向かいの道にもどこにもいなかったわけだし……。
あれからたまに、考えてますね。
なんでおじさんは手招きしたのかって。
なんで島さんはついていったのかなって。
自分なりに考えた結果ですけど、“同類”って思われたのかも、なんて。
島さんもおじさんと同じように、ずっとマスクしてたじゃないですか。
おじさんが何者なのかは分からないですけど、マスクをして、人間になりすましてる。
島さんは島さんで、マスクして、病人になりすましてる。
どっちも、ある意味『本当の自分』を隠してるわけじゃないですか。
だから、おじさんは島さんの事を自分の「お仲間」と思って連れてっちゃったんじゃないかなぁと。
え? どこへ連れて行かれたのか?
わかりませんよ(笑)そういうのは原田さんの方が詳しいでしょう?
俺の方が教えて欲しいくらいです。
つか、なにか分かったら教えてくださいよ。




