38 ルーク、見破る
「くっ、厄介な!」
咄嗟にスラスターの出力を上げ、最初の光弾を避けつつ残りをシールドで受け止める。
「キヒヒッ。今の攻撃を避けられるとは思いませんでしたよ。さすがというべきでしょうか」
何もない空間から、ネクロムのねっとりとした声が響く。
「お褒めにあずかり光栄だが、お得意の奇術ってのはこの程度なのか?」
俺は奴のペースに飲まれないよう、あえて挑発し揺さぶる。
「確かに貴方にはそうでしょう。では——お仲間の方はどうですかね? キヒヒッ!」
セシリアさんを見ると、何が起こったのか理解できていないのか、明らかに動揺している。
ステルス戦を幾度も経験してきた俺と違い、この惑星の住人である彼女にとって、ネクロムの使う「姿なき攻撃」は文字通り不気味な奇術に映るのだろう。
「セシリアさん! 壁を背にして前方からの攻撃だけに集中してください! それから、光弾が放たれる直前、わずかに空間が歪むようです!」
「わ、わかりました……!」
指示を飛ばしながら、俺は再び何もない空間を鋭く睨みつける。
「キヒヒッ。お荷物を抱えての戦闘は大変ですねぇ」
「き、貴様っ!」
「セシリアさん、挑発に乗らないで!」
「くっ……!」
俺には通じないと見て、標的を彼女に切り替えたか。
「さて、どこまで耐えられますかね? キヒヒッ」
嘲笑と同時に、複数の光弾がブランシュへ向けて一斉に放たれる。
「そう来ると思っていた!」
俺は二機のビットを即座にブランシュの前面へと滑り込ませ、シールドを展開させる。
「ビットをサポートに付けます! 何とか踏ん張ってください!」
「申し訳ない、助かります!」
奴の攻撃は確かに厄介だが、連射には一定のインターバルが必要なようだ。
それに、最初こそ戸惑っていたものの、彼女もさすがは王族の護衛を任される手だれだ。ビットの防御に守られながら、次第に敵の攻撃パターンに慣れ、動きに余裕を取り戻し始める。
(とりあえず、これでしばらくは持ちこたえられるな)
彼女に狙いが分散したことで、こちらが思考を巡らせる余裕ができたのはありがたい。
(ナイト、何か掴めたか?)
『調べてはいるんだけど……やっぱりマナの動き以外は何も検出できないよ。熱源も、機体の反応もゼロ』
何もない座標から、マナが勝手に集まって攻撃してくる?
確かにこの惑星の魔導技術には未知の部分が多い。だが——数ヶ月の間、俺がこの目で見てきた魔導は、いつだって短杖や宝珠といった「魔導器」を介して発動していたはずだ。
にもかかわらず、その発信源がどこにも見当たらない。
なぜだ? 俺は何か、致命的な見落としをしているんじゃないか?
奴の言う奇術とは、人間の錯覚や思い込みを利用し、あらかじめ仕込んだ種を用いて、あたかも「実現不可能な現象」が起きているように見せる芸のことだ。
——錯覚。思い込み。
まさか……そういうことなのか!?
脳裏に一つの仮説が浮かび上がる。
(ナイト、奴の攻撃が来るときのマナの流れを可視化できるか!)
『了解だよ、ちょっと待ってね!』
すると、視界に淡く光るマナの粒子が浮かび上がり、何もない空間の一点へと急速に収束していくのが見えた。
俺は光弾が形成される前に、その中心点へ向けてビームライフルの引き金を引いた。
放たれた一筋の閃光が、ピンポイントでその空間を貫く。
だが、その一撃は何の抵抗もなく、ただ虚空をすり抜けていった。
やはりそこには何も存在しない。であるならば——。
「セシリアさん! 確認ですが魔導による攻撃には、絶対に魔導器が必要なんですね!?」
「もちろんです! 魔導器という媒介なしに魔導を発動させるなど、絶対に不可能です!」
それを聞いて、俺の中で仮説が確信へと変わった。
「……何度攻撃しようと結果は同じですよ? キヒヒッ」
俺の質問に、ネクロムの声がほんのわずかに揺れたのを、俺の耳は聞き逃さなかった。
「ルーク殿! その肝心の魔導器が見えないのでは、対処のしようがありません!」
「見えてはいますよ」
俺は確信を込めて言い放つ。
「え? 見えている? どういうことですか!?」
「ずっと見えていたのに、俺たちがそれを魔導器だと認識していなかっただけなんですよ。……そうだろう、ネクロム?」
「………………」
ネクロムは答えず、不気味なほどに静まり返る。
「どういうことです、ルーク殿?」
最初から引っかかってはいた。ネクロムが、なぜこれほど容易に内部への侵入を許したのか。
潜入されたのではなく、最初からこの場所へ誘い込んだと考えれば、自ずと答えは一つに絞られる。
俺はマテリアブレードをゆっくりと構える。
「この奇術のからくりは単純だ。——この格納庫という『空間自体』が、あらかじめ仕込まれた種……つまり、巨大な魔導器そのものだったんだよ!」
言葉の終わりと同時に、俺はラグナを急加速させ、格納庫の頑強な外壁を切り裂いた。
火花が飛び散り、激しい金属音と共に崩れ落ちた壁の内部から、ぎっしりと埋め込まれた複雑な魔導回路がこぼれ落ちる。
「まさか、この空間全体が魔導器だったというのですか!?」
露出した構造を目にして、セシリアさんが驚愕の声を上げる。
「……奇術の種明かしをするのは、マナー違反だとご存じないんでしょうか」
ネクロムの声音から、これまでのおどけたような余裕が綺麗に消え去った。冷徹で、明らかな怒気を含んだ地声が響く。
「安全対策に不備があったみたいだからな。お前の退屈な奇術ショーもここで終わりだ」
「……いいでしょう。ならば、小細工なしで幕を引くとしますかね」
直後、格納庫の壁面が重々しい駆動音を立ててスライドし、その奥から次々と魔導機兵が姿を現す。
そう、ネクロムは最初から一度も俺たちの前に姿を見せてなどいなかった。
これまで対峙していたものすべてが、この巨大な魔導器が生み出した奇術に過ぎなかったのだから。




