男と女、思惑はやっぱり違う!? 「異性間の友情」に潜むホンネを分析
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タイトルそのままの内容。
男と女、思惑はやっぱり違う!? 「異性間の友情」に潜むホンネを分析
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=132&from=diary&id=2882794
恋愛関係において、
「キープ」であったり、「逃げ場」として、求められた事がある。
相手には、「ずっと連絡を取り合える関係でいたい」と最初から望まれていたので、
逃げ場である関係を飲み込んだあたしは、
彼に条件を突きつけた。
「恋愛感情にするな」
と。
美味しい所を全部吸い上げて、自分は自分の場所で平穏に生きたいと、
自分勝手極まりない傲慢な、大好きだった相手に、あたしが唯一契りを望んだ事だった。
最初から、
恋愛にする事を禁じた恋。
未来に長く友情を紡ぐ為に必要だった、契り。
男は、そんな事では満足出来ません。
なので安易にその約束は破られるのです。
男とは、どうしたって、
目の前に今見定めた女の全てを狩猟しなければ、
納得できない生き物です。
それは、兄だの、弟だの、父だの、友達だの、どんな肩書きを付けても、揺らがない真実です。
あたしは少なくとも、
自分をボロボロに壊す程の恋愛の中で、そう学んだ。
体だけではダメなんです。
心まで手に入れて、自分に惚れて、自分の全部を受け入れてくれて初めて、
「俺のもの」
と満足出来る。
あたしが愛した人は、あたしの恋愛へのボーダーを踏み越えた事についてこう言い訳した。
全部見なきゃわからない と。
未来において、
友情以上に行き着く先のない女だと最初から、
決めてる女の中身なぞ、見る必要があったのか、
見たって、自分が永久に所有するものでもない癖に。
あたしの恨みは、
今も実はそこにある。
あたしは、身の穢れについては、無頓着に生きてきたけれど、
心の穢れだけは絶対自分に許さなかった。
だから、どんな男と寝ても何とも思わなかったし、
自分の身が汚れていく事にも何も思わずに生きてこられた。
でも、あたしの持つ、潔癖なまでに守ってきた純潔な「心」を、
不用品の様に捨てられる事があたしには耐えられなかったし、
2番目に追いやられる事も堪え難い屈辱だった。
子供過ぎた相手だったからかと思ったけれど、
どういう機微がわからないのは、男全般に言える事だと、
後の恋愛や、その前の恋愛の残滓から、理解出来た。
この、
男の、「見たい」欲望は、
多分どんな男にも平等に与えられている、雄の雌へ対する本能の様に思う。
これが男にある限り、男女の友情は成立しない。
そしてこれは、
性欲の有無はあまり関係ない事のように思う。
だって、性欲だけが満ちればいいのなら、あたしのように先にさっさと体を与えてなお、
恋愛感情になりそうな気持ちを無理やり吐露させられるような、
そんな事態は起こらない筈だから。
これは男にとって、
自分の安全な棲家をより多く作る為に必要な事なのだろう。
体だけでは、自分が巣から離れたあと、他の種を受け入れる、または、もうその男そのものを見限る可能性がある。
でも、心底自分に気持ちがあると確信出来たなら、
多少離れても問題ない。
そういう安心出来る場所が欲しいのは、男が狩猟者としての本能を忘れてないからだと思う。
…少なくとも、
あたし自身は、そういう雄が好みなのかもしれないけれど。
だからこそ、
あたしはそういう雄の、「1番」でなきゃ、気が済まない。
…恋愛から友情に昇華させるには、最初から、恋愛に実は踏み込んでいない関係でなければ、絶対に成立しない。
この記事の筆者の女性の恋愛観は、恐らく多くの女性がそうだろう。
一度男として認めた男を、友人に変える事は出来ない。
対等である者と、対称であるものは全然別の存在で、
一度対称になったものは等しいものとして認識できるはずがない。
性差とは多分この、
「見て、掴んでおきたい」欲望が理解出来るか出来ないか、
「対称を対等に戻せるか」という問題なのだと思う。
前者は女には理解出来ない。
後者は男には理解出来ない。
と、
あたしはこの記事を読んでフワッと思ったのだけれど、
まあ、フワッと思った事をフワッと書いただけです(。・ω・。)
さて、『蘭因絮果』という言葉があります。
最初は素晴らしいと思えた男女の情も最後はやがて尽きる、という意味です。
時を経た今となっては、こういう恨み言も含めて、全て懐かしい思い出になっています。
それが美しいのかはわからない。
あの時の私の恨みは想いの深さと等しく、そして別れて受けた傷も深傷だったから。
男女の友情について言うなら、これは多分成立しない。
男側に相当な負担を強いる事になるから。
性というものは結構根深く人の本能に張り付いてるもので、
男の性はどうしても撒く様に出来ているから。
淡白な男性が増えている様だけれど、だったれば尚の事男は女を友人に据える必要はないんだよなぁ…。
余計な気遣いをせずに済む同じ異性愛者の同性の方が心安く付き合えるのだから。
互いが互いの性嗜好にちょっとでも合致するなら、それはどんな拍子で恋愛に移行するか分からない。
人の心など永遠を保証出来るほど信用できるものではないので、常にその保証出来ない不安定な状態で付き合い続けなければならない時点で、殆ど成立してない。
無保険で車に乗るのと同じじゃないだろうか?
車に乗るなら、やっぱり保険は必須でしょう?
無保険で走る事は出来るけど、マトモな思考の持ち主は事故のリスクを考える。
だったら、事故の起こり得ない確実な、保証あるものを選ぶでしょう?
選ばない時点でそこには少しの下心、事故を期待してる心根が何処かにあるんじゃないのかな?
と、いう具合に今ならフワッと思う訳です。




