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御旗、楯無も御照覧あれ!  作者: 杉花粉撲滅委員
美濃の悪手 ~用行捨蔵~
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第二十二話 美濃での火付け






■永禄2年(1559年)7月 美濃 稲葉山城城下の一角 武田義信


ああ、これは麻薬だ。俺は愛しの春ちゃんから貰った手拭いの匂いを嗅いで、そう思った。


俺は、いや、俺達は今、美濃の調略のため稲葉山城の城下町の一角にある宿に居る。俺の他には真田幸隆と山本勘助の二人が居るのみだ。もっとも二人は隣の部屋にいるから俺が春ちゃんの手拭いを抱きしめて悶絶している姿を知らない。こんな姿を家中の者には知られてはならない。俺だけの秘密の時間だ。



そんな俺の楽しい時間を隣の部屋からの声が遮ってきた。

「失礼します、勝兵衛殿。宜しいですか?」

「あっ、うん」

俺が急いで籠に手拭いを仕舞ったと同時に幸隆と勘助が部屋に入ってきた。フゥ、間一髪セーフ!


勝兵衛というのは美濃における俺の偽名だ。まさか武田の御曹司が敵中に居ると知られる訳にはいかない。因みに幸隆は助右衛門、勘助は格蔵と名乗っている。勿論、三人の格好も町人や農民の服装だ。


「それでは三ヶ月後にお会いしましょう」

「ああ、二人とも頼んだよ」

「はっ」


今回の調略は長期に渡る。そして三人は別々に行動する事に決めている。幸隆は西美濃三人衆の引き抜き、勘助は美濃の主要な城の調査、そして俺は東美濃に根付いている遠山一族へ疑心を植えつける事だ。



事の始まりは二ヶ月前、竹松から美濃の情勢を聞いた際に遡る。アイツ、帰り際にポロッと『ああ、そういえば尾張が、えーと信長だったかな、その者による統一が一段落したって聞いたぞ』なんて話しやがった。それを先に言えっての、このバカチンがっ!


それからの俺の行動は神速と呼んでも語弊は無いだろう。


まず甲斐の親父の下に駆け込み、美濃の調略とそれを行なう上で幸隆と勘助を使う事をゴリ押しして認めさせた。美濃斎藤家に不和があり此方に付け入る余地がある事、竹松が美濃にて得た情報を活用するのは今しかない事、美濃は農業だけでなく商業が盛んなため侵攻すれば利が有る事などを懇々と説明した。


親父の許可を得ると次は春ちゃんと虎昌の説得が待っていた。春ちゃんは俺と離れる事に涙して引き止め、虎昌は儂も連れて行けと我侭を言ってくる始末だった。正直、この二人が一番の難敵だった。


まず春ちゃんには毎晩、夜の営みをしつつ情事が終わった後に『俺は春が一番だ。美濃に行ってもそなたの肌を忘れぬ。必ず戻ってくるから……』と繰り返して説き伏せた。


もっとも俺も本当は春ちゃんとは離れたくない気持ちも有ったから旅に出るに当たって春ちゃんの手拭いを借用して、この手拭いから春ちゃんの香りが消える前に帰る事を約束した。


今では毎夜、手拭いを嗅いで悶絶している俺だが、断っておくが私は変態さんではありません。


次に待ち構えていたのが虎昌だった。


俺が居ぬ間の城代を任せると言えば、自分が美濃に行くゆえ俺に引き続き城代をせよと申してくる。俺が行く、自分が行くの堂々巡りと成り果てたが、出発日時を伏せて出てきた事で事無きを得た。


だってお前は変装できないだろ、どう見たって『the・武士』だもん。ああ勿論、虎昌には置手紙を残してきましたよ、『産まれたばかりの姫を守ってくれ』って。



話を戻そう、今は美濃の事が最優先だ。


「助右衛門(幸隆)さんは出来るだけ沢山の斎藤家家臣に顔を覚えて貰えれば今回は問題無い。今回一度きりの調略じゃないから別段引き抜きの確約を貰う必要は無いからね」

「はっ」


「それから格蔵(勘助)さんは、この稲葉山城と鵜沼城(現 岐阜県各務原市鵜沼南町)、犬山城(現 愛知県犬山市大字犬山字北古券)を中心に城の攻め口を調べてね。更に木曽川を渡って河野島(現在の岐阜県各務原市)の辺りの地形も見てきてくれると助かる」

「はっ」


「じゃあ、皆気を付けて」

「勝兵衛殿も気を付けて」


良し、じゃあ始めますかね! っと、その前に……もう一回、春ちゃんの手拭いを……スゥ~……ああ、麻薬だ、これ。



■永禄2年(1559年)10月 美濃 曽根城 稲葉良通(後の一鉄)


築城新しいこの曽根城に助右衛門と名乗る一人の訪問者が現れた。


当初、当家の家臣がその男を門前で追い返そうとしたのだが、その男は一枚の紙を手渡して俺に渡せと言ってきた。そしてその紙が今、俺の手元にある。紙には『甲斐の虎』と書かれていた。


俺が広間に連れてこさせた男を見ると、男は商人風情の格好をしていた。


「俺が稲葉家当主の良通じゃ」

「お初に御意を得ます。私は甲斐で商人をしております近江屋助右衛門と申します」


男はそう言うと静かに平伏してきた。ふむ、確かに見た目だけで言えば商人と言えなくも無い。しかし……右手には常時刀を握る者が作るタコがある。この男の素性は武士(もののふ)という事だ。


「で、その商人が当家に何用かな」

「はい、私はつい先年まで関東で商いをしておりましたが、近年の飢饉により甲斐で商いを始めました。そしてこれからはこの美濃、更には畿内への販路を広げたいと考えております。それ故、まずはこの美濃の要衝に居られます稲葉様に、と思いまして、はい」


確かに関東の飢饉の話は聞こえている。そして武田家では最近、信濃の上原城城下で盛んに商いが行なわれ始めている事も……。


「最近、信濃の上原城城下で盛んだと聞き及んでおる。今、そなたは甲斐と申したが間違いではないのか?」

「ええ、ええ。確かに上原城城下でも店を開かせて貰っておりますが、甲斐府中でも商いをさせて頂いておりまして、そちらが本店となります」


「……甲斐の商いは順調かな? 甲斐も近年は飢饉と聞いておるが……」

「関東に比べれば規模は小さなものです。それに駿河の今川様と懇意となりました故、信濃の田舎より甲斐の方が商いはやり易うございます」

「左様か……」


そろそろこの男の正体を、と思って口を開こうとした時、男が話し掛けてきた。


「そう言えば最近、甲斐で商いをする他の商人が申しておりましたが、駿河を経て尾張、伊勢へと商いを広げたいが尾張の商人は悪銭を寄越してくるから信用ならない。やはりこれからの商いは美濃だろう、と申しておりましたなあ」

「……」


俺が黙りこくると、話は終わったとばかりに商人は立ち去っていった。もし俺の考えが正しければ、甲斐の虎は北の越後ではなくこの美濃を狙っている。そして尾張を警戒している事を暗に言ってきたのだ。


俺は文箱から最近届けられた一通の文を取り出した。差出人は織田家の家臣と名乗る木下と申すものからの書状だ。文には斎藤家から離れて織田家に付くように書かれている。


俺はこのまま斎藤家で鬱積した日々を送るのか、書状に誘われるまま織田に付くべきか、それとも……。



■永禄2年(1559年)11月 美濃 烏峰城(後の金山城)城下 山本道鬼斎


「うむ、これが斎藤道三の猶子であった正義が築城した烏峰城(現 岐阜県可児市兼山)か……」

「そうじゃ、しかし何年前だったかお殿様が近くの久々利城主の土岐悪五郎に討たれてにゃあ、それっきり廃城じゃ」

「成程、世話になったな、爺さん」

「うんにゃ、沢山銭を貰ったでのう。ここいらは昔はそれなりに村が有ったが最近はこの廃れようじゃで、土地のモンしかもう知らんでにゃあ」


儂は今、武田家が美濃に攻め入った際の前線拠点となり得る場所を探している。


鵜沼城も犬山城も既に調査済みだ。恐らく若君は織田との戦に向けて先に挙げた二城が戦場となると見て儂に依頼したのだろうが、美濃攻めの際に相手となる城も見ておくべきだと思い、東美濃の諸城を見ている。


どうやらこの廃城は当たりだな。久々利城(現 岐阜県可児市久々利字薬師洞)を落とす際に此処に陣場を築けば問題無かろう。


次は何処を見るか……。遠山氏攻略に向けて岩村城や飯羽間城(現 岐阜県恵那市岩村町飯羽間)、明知城(現 岐阜県恵那市明智町城山)、苗木城(現 岐阜県中津川市苗木)、阿寺城(現 岐阜県中津川市手賀野)、阿木城(現 )、千旦林城(現 岐阜県中津川市阿木)を見るも良いし……。


おっと、いかんな、確か若君の考えでは遠山氏は調略で此方に引き込むのであったわい。


さて、次はどの城を見て回ろうか。最近築城されたと聞く郡上八幡城(現 岐阜県郡上市八幡町柳町)の辺りでも見てみるかのう。


それにしても若君もこの老骨を惜しみなく使うものじゃ。まあ、他国の城割を見て回る事ほど儂にとって楽しみな事もないが……。



■永禄2年(1559年)11月 美濃 妻木城(現 岐阜県土岐市妻木町上郷)城下の村 武田義信


「なんでも近々、武田家が攻めてくるそうな」

「なんじゃと、そりゃ一大事じゃにゃあか!」


「武田って言えば、連戦連勝の大大名じゃにゃあか!」

「此処らを治めている領主様は当てになるかなあ」

「駄目じゃ、駄目じゃ。遠山のお殿様達は皆が馬鹿揃いだぎゃあ」

「んだ、何かって言えばすぐに身内同士で戦をする馬鹿ばかりだ」


俺は東美濃の村々を廻って武田が侵攻してくるって噂を流しているのだが、行く先で農民の方々が必ずこの話題に喰い付いてくる。やっぱり潜在的に気にしていたんだろうか、武田家の事を。


クククッ、良いぞ。こうやって遠山氏族に対する民達の求心を引き剥がせば、戦の際に敵勢の数が減るし、遠山氏自体もお互いを疑心暗鬼になって助け合えなくなるってものよ。


それにこの妻木城城下では代々と陶器の生産を奨励されてきたから、武田家の新しい産業に取り入れる為にも余り民を殺すのは得策ではないからね。


ただ……、下手に遠山諸家を刺激して反武田になられるのも得策じゃない。俺の敵は斎藤家、更に織田家であって、遠山家にはぜひとも味方に付いて戦って貰いたいものだ。


「武田の殿様も馬鹿じゃないから、今なら遠山家が降伏すれば助けてくれるんじゃないかな?」

「な、何じゃと! なら話が早いずら。儂等で殿様にお願いして武田に下って貰うだぎゃあ」

「んだ、んだ!」


「だが、もし殿様が首を縦に振らんかったら……」

「そん時は……一揆だぎゃあ!」

「「おおっ、一揆だぎゃあ!」」


なんか人が増えてませんか? やべっ、民の心におかしな火が付いてしまった。此処の『お侍様』に気取られる前に逃げよう。


……それに春ちゃんの手拭いから芳しい香りが薄れてきたからね。



■永禄2年(1559年)12月 美濃 稲葉山城 斎藤義龍


最近、当家の領地が不穏な空気で満ちておる。なんでも近々、甲斐の武田家が攻めてくると言うのじゃから笑えてくる。山野で木の実を食しておる猿共に何が出来るというのだ。


片腹痛いわ! 皆何も分かっておらぬ。当家の敵は尾張の織田であり、北近江の浅井であろうに!


まあ良い。南近江の六角義賢との同盟も結ばれたゆえ、浅井など木っ端微塵にしてくれよう。


それに織田に対しても先年に治部大輔に任官したし、更には足利幕府相伴衆に列せられて尾張知多郡守護の一色氏の名跡をを称することを許された当家なれば、尾張のうつけに対する大儀もある。


俺がこれからの当家の舵取りを思案していると、近習が稲葉の面会を報せに来た。どうせまた同じ事を申しに来たのであろう。相変わらずの頑固者じゃ。

「殿、稲葉伊予守殿(良通の事)が面会を求めておりますが……」

「ええい、また武田が攻めてくるというのであろう! 俺は会わぬ」

「はっ、ははっ」


ふんっ、何が武田だ! 当家の領する美濃一円の兵一万六千が相手をすれば、尻尾を巻いて逃げ帰るというものぞ!


それに稲葉も稲葉じゃ。折角、道三のような独断専行ではなく宿老による重臣の意見を取り入れる合議制を設けて家臣団の不満を解消ようとしておるのに、俺に直談判に来ようなどとは美濃国主を蔑ろにするのもいい加減にしろ。


いくら我が妹が稲葉の倅に嫁いでいようと家臣は家臣じゃ。己の分を弁えさせねばなるまい。


妹といえば飛騨の姉小路家に文を出しておこう。義弟の頼綱が父親の命を受けて国司である姉小路家の名跡を継承してゆえな。


あの家も難儀なものじゃな。最近では信濃に侵攻してきた武田と誼を通じつつも越後の長尾家にも良い顔をしていると聞く。まあ小国ゆえの処世術という事か……。


そんな事を考えていると、また近習が声を掛けてきた。

「殿、安藤伊賀守殿(守就の事)と竹中半兵衛殿が面会を……」

「ええい、会わぬと申しておろう! 宿老による合議制を通せと申せ」

「はっ、はい」


国主が独断専横せぬ為に、そして皆の意見を聞く為に宿老体制を敷いてやったというに、何故にどいつもこいつも俺のやり方を理解せぬのじゃ!






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