はじまりの場所
初投稿です。宜しくお願い致します。
AIの使用について、作品一覧からご一読いただけますようお願い申し上げます。
AI対する拒否感がほとんどない方は、読まずとも問題はないかと思います。
お豆腐メンタルなため、どうぞお手柔らかにお願いいたします。
皆様の日々のちょっとした楽しみに、加えていただけましたらとても嬉しいです。
本日あと一話20時、明日、明後日に各一話投稿します。以降、週一か週二の予定です。
王都から帰るたび、この丘を駆け上がるときだけは、彼女はいつも少女に戻ってしまう。
すうと息を吸えば、潮と緑が混じり合ったこの島だけの空気が胸に満ちた。
青く、塩を含んだ風が丘を駆け上がり、アーシェリルリアの髪をふわりと巻き上げる。
駆け上がり続けた脚は、もう燃えるように熱い。それでも足は止まらなかった。止める気にもならない。
この丘の先に何があるのか、身体がちゃんと覚えている。
「――はっ、はっ、はっ……」
荒い息を吐きながら、最後の一段を踏みしめた。
草を踏み、頂へ躍り出た瞬間――世界が一気に開けた。
――あぁ。
オリーブの木々が風にそよいでいる。
風が吹くたび、オリーブの葉がしゃらりと揺れる。そのたびに、木漏れ日が草の上をちらちらと走った。
その向こう、木々の切れ目を埋め尽くすように、海が広がっていた。
青。
ひとくちに青とは言えない。
沖では深い藍が群青へと溶け、波打ち際では透きとおった水色になる。白波が砕けるところだけが白く、その上を陽の光がちらちらと走っていた。
海そのものが、光を抱えているようだった。
「……ふぅ」
アーシェは両腕をいっぱいに広げた。潮風が、その腕の間をすり抜けていく。
胸いっぱいに息を吸う。潮の香りがした。オリーブの葉の青い匂いと、温かな土の匂い。その向こうに、どこかで咲いている花の甘さがほんの少し混じっている。
「ここが……私の、生まれた場所」
声は風にさらわれ、遠くへ溶けていった。
「すべての、はじまり」
目を閉じると、まぶたの裏に光が揺れた。風がすうと丘を渡っていき、遠くで波の音が寄せては返す。
木漏れ日の金色か、海の煌めきか、それとも前世の記憶の残滓か――この景色を見るたび、胸の奥でもうひとつの記憶が静かに目を覚ます。
ふいに、あの一口の衝撃が蘇る。
甘くない。ただそれだけで、世界が変わった。
砂糖の結晶。バターの香り。泡立つクリーム。
この感覚を、わたしは知っている。
どこで覚えたのかは思い出せない。
けれど、スイーツへの想いだけは、不思議なくらい鮮やかに残っていた。
アーシェはゆっくりと目を開けた。
世界は光で満ちている。風に揺れるオリーブの葉が、やさしい影を草の上へ落としていた。海はどこまでも青く、その果てで空と静かに溶け合っている。
眼下に広がるのは、愛しいこの島だった。この島で生きる人たちの営みが、小さな灯火のように息づいている。
石畳の白い街並み。港にはいくつもの船が浮かび、マストの間を海鳥が横切っていく。街の奥からは、幾筋もの煙が細く立ちのぼっていた。街の奥から、かすかに鎚を打つ音が風に乗って届いた。
ふと、風に甘い香りが混ざる。蜂蜜だろうか。それとも、焼きたてのパンだろうか。
胸いっぱいに息を吸い込むと、自然と微笑みがこぼれた。
「今日も、はじめましょうか」
――すべては、あの甘くないお菓子から、始まったのだから。




