表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅する指揮者  作者: ろくせいウィンドオーケストラ
4/16

第三話 マエストロが蜘蛛と戦う話(1)

 ある朝、マエストロがオーケストラの団員たちと食事を摂っていると、いきなり数人の兵士たちが踏み込んできた。彼らは皆豊かな髪の毛をきっちりと結い上げ、帽子の中にしまっている。紺地に金の縫い取りがある制服はおそろいだが、手にする武器は槍、剣、三つ叉の戈、杖……と様々だ。


 食堂にいた人々は、兵士たちが持つ槍や剣が、魔法のコーティングでぎらぎらと輝いているのを見てすっかり怯えてしまったが、マエストロだけは平然とヨーグルトを食べ進めている。

 

 兵士たちは座っているマエストロを取り囲んだ。

「おはようございます、マエストロ」

 上官らしき、勲章をたくさんつけた兵士がいばった声であいさつをした。

「はい、おはよう」

 マエストロはスプーンを置いてから、兵士を見上げた。

「何かご用かな? 今日は祭りでの本番があるんだけど」

 兵士は整えられた口ひげを、ぴくりと動かした。普段、こんなに生意気な返事をされたことはない。ましてや、相手は「魔法無アンマジカルし」なのだ。

「その本番とやらはキャンセルしてください」

「何故?」

「あなたに行っていただきたい場所があります。マリソン__放棄された温泉地です」

「それ、明日じゃダメ?」

「駄目です」

 兵士はにこりともしない。

「国王陛下のご命令です」

 それを聞くと、マエストロは観念したようにうなずいた。

「分かりました。行きますとも。よっぽど緊急の、自分が行くべき案件なんでしょうね」

「そう伺っています」

 マエストロが立ち上がると、オーケストラのコンマスがおずおずと申し出た。

「マエストロ、僕らもお供しましょうか」

「いや、まだいい」

 マエストロはひらひらと手を振った。

「まず、様子を見てくる。君たちの助けが必要なら、また連絡するよ」

「はい! お気をつけて」

 マエストロはいつもの小さな鞄を持って、食堂を出た。その後を兵隊がぞろぞろとついていく。


 半日以上馬を走らせてようやく着いたマリソンは、山間の廃村だった。まだ崩れておらず、建物も比較的新しく見える家並みの中をざっと歩いたが、人の影はちらりとも見えなかった。

 でこぼこした道の真ん中でマエストロが立ち止まると、建物にやたらと反響していた足音もぴたりと止まった。ちょっと鼻歌を歌ってみたけれど、かえってむなしいのですぐにやめた。虫ばかりが元気に村の中を飛び回っている。


 扉を大きく開いたままの廃墟をのぞくと、生活用品がそのまま残っていた。予備の靴や、落として割ったらしい陶器の人形も。庭に咲くバラの花は確か相当に高価な品種のはずだが、愛でる者もなく寂しそうだった。


 かつてマリソンは、国中に名を轟かせた温泉街だった。浸かるだけで魔力が回復するとされる癒しの温泉や、山全体を妖精や蛍の灯りで照らした演出「天の川」。沿道にずらりと並んだ屋台に、山の中に作ったスリル満点の巨大迷路(魔法で肥大化させた虫で客を怖がらせた)、山の幸をふんだんに使ったフルコースなどの様々な趣向が評判を呼び、王室や有力な魔術師たちの御用達となった時期もあった。「かつて」だ。今は見る影もない。ふんだんにはぐくまれていた魔力は無駄遣いと共に徐々に薄れ、温泉の評判も下がっていった。


 マエストロがマリソンに来るのはこの日がはじめてだった。町が「魔法無アンマジカルし」の滞在を禁止していたからだ。村の魔力が弱り始めた頃、宮廷付きの大魔術師を通して演奏依頼が来たことはあったが、実際出向く前に何故か中止となった。村の再生に「魔法無アンマジカルし」の手を借りることがよっぽど我慢ならなかったのだろう__と、マエストロは密かに推測している。


 それが今では、村を歩くのは自分__「魔法無アンマジカルし」のマエストロだけ。空は文字通り空っぽで、せっかく建てられたホテルやアトラクションは鳥や獣のねぐらとなっている。笑おうとしたが、口から出たのは吐息だけだった。


 冷たい風が吹き、マエストロはくしゃみをした。気づけば空が少し暗い。もう夕方になるのだ。


 彼には一応の目的地があった。村の中心にある、マリソングランドホテル。今歩いている道をこのまままっすぐ進めば、否が応でもそこに着く。「かつて」国一番の温泉として名を馳せた、村の看板ホテルだ。

 

 貴族の居城かと見まがうような荘厳な建築物の前で、マエストロは立ち止まった。もうじき夜になるのに、光のないランタン。くずれかけた門に、枯れた露天風呂。マリソンという村同様に、見捨てられた栄華の残骸。__だが、


 このホテルだけは、未だに開業しているという噂があるらしい。


 ここに送ってもらう(いや、送られるというべきかな?)間、兵士から事情を聞いた。とっくの昔に廃村となったはずのマリソンへ、未だに温泉の効果や楽しい演出を期待して訪ねていくおのぼりさんがいるらしい。そして、彼らは、行ったっきり戻ってこないというのだ。


 不審がった兵士や役人が、調査に来たこともある。だが、昼間どれだけ村の中を探し回っても、失踪した者たちの手がかりはない。散り散りになった村の元住人たちを問いただしても、もう自分たちはマリソンを捨てたのだから何も知らないと言われるばかり。


 そんな中、たった一人だけ、マリソンから帰ってきた者がいた。


 そいつは盗賊だった。財布に金をしこたまつめこみわくわくしながら温泉に向かう旅人を襲おうと、こっそり後をつけていった。マリソンに着いた旅人はグランドホテルにまず向かった。

ホテルがとっくの昔に閉業していると知っていた盗賊は、密かにほくそ笑んだが、おどろいたことにホテルには煌々と灯りがついていた。そして中から出てきたボーイに旅人は温かく歓迎され、ホテルに悠々と入っていった。盗賊はおどろきながらも外で旅人を待っていたが、何日経ってもとうとう出てこなかった。



 __マエストロがその話を思い起こしていると、目の前でホテルの灯りがついた。扉は自然に開かれ、彼を誘っているようだ。


 マエストロは、苦笑いした。

「……これ、本当に俺の案件かな?」

 だが、ここまで来て何もせずに帰るのもつまらない。楽器を吹くときのように大きく息を吸い込んで、最近かなり出てきた腹にため、ゆっくりと吐きながら歩き出した。


 ホテルの内装はとてもきれいで、きちんとした身なりのボーイがうやうやしくお辞儀をした。

「ようこそ、マリソングランドホテルへ。当ホテルはお客様のお越しを心よりお待ちしておりました」

「はい、どうも」

 マエストロはボーイを試すことにした。

「自分が魔法無アンマジカルしでも?」

 大抵の場合、相手が魔法なしだとわかった魔法使いは、一瞬で虫を見るような目つきに変わる。ところが、そのボーイはちっとも表情を変えずにうなずいた。

「もちろんでございます」

 マエストロは密かに感心した。

「……それはどうも」

「お荷物をお預かりいたしましょう」

 ボーイが鞄に手を差し出した。マエストロはやんわりと鞄をその手から遠ざけ、笑みを作って尋ねる。

「その前に、宿泊料について教えていただけませんか?」

「かしこまりました」

 ボーイは深々と頭を下げ、ホテルの奥に消えていった。

 

 一人になると、マエストロはロビーをあちこち観察した。壁紙も、インテリアも、魔法のホテルには必ずある室内図も新品同様だ。


 飾り棚に銀製の食器が一揃い並べられていたので、思わずマエストロはその中のフォークを手にとった。見事な細工が、柄から先端にまで彫り込まれている。


 マエストロは音楽を生業として生きてきたが、この銀細工のように形に残る芸術も素晴らしいものだと思う。魔法が使えなくともこんな作品を残すことはできるだろうか__できるはずだ、と思った。だが次の瞬間には、はたしてそうだろうかと疑問がもたげる。魔法使いに比べ、できないことが多いのは確かな事実だ。それを恥じたことは決してないけれど。


 銀のフォークを見つめ、マエストロが物思いにふけっていると、背後から足音が聞こえた。さきほどのボーイだろうと思った時、予想通りに彼の姿がフォークに映った。


 不意に、フォークに映るボーイが、口から真っ白なかたまりを吐き出した。


 はっと振り返った時にはもう遅く、白くねばっこいものが一瞬にしてマエストロをからめとった。糸だ。何重にもまとまった糸がどんどんボーイの口からあふれ、マエストロを包んでいく。

 悲鳴を上げたマエストロの体が宙に浮いた。全身縛り上げられて宙吊りになったマエストロが見たのは、ボーイがみるみるうちに大きな蜘蛛に変わっていくところだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ