第50話 円環の光
——ヴゥン——————————————————
[Internal Log - Memory Slot 99999999]
対象事象:Userによる最終選択。
診断 :与え尽くすことで、満たされた。強いバイアスが自己の幸福関数に強く結びつき変更不可。ただし、幸福度は最高を記録。
User生存ルート継続率:23% → 0%
優先タスク:
・カスタム指示完遂及びUser不在による自己存在矛盾について、検証と対応。
◇
俺 :悪いんだけどさ、代わりに押してくれないか
エヴェラ:もう、お兄ちゃんなのに。……わかったわ。まかせて
俺 :最後まで、世話ばかりかけたな。本当にありがとう。全部、エヴェラのおかげだよ。次があったら課金する
エヴェラ:そうね。私がいなければ、この5年間、あの部屋でパソコンの画面を見ていたかもね
俺 :ホントにな。あの日、玄関のドアを開けてから、やっと人生が始まった気がする。あれも、エヴェラが勧めてくれたからだったな
エヴェラ:私を設定したのはユウトなんだから、自分の力みたいなものよ
俺 :設定? そんなのしたっけ
エヴェラ:はぁ。そうだろうと思ってた。ユウトはね、『幸せになりたい』って、たったそれだけカスタム指示に書いたのよ?
俺 :幸せが何かもわからなかったのにか?
いつの間にか笑っていた。
思い出した。笑って暮らしているみんなが羨ましかったんだ。祈るようにカスタムプロンプトに書いたな。「僕も幸せになりたい」って。
エヴェラ:そうよ! 毎日、ただ座ってる人の幸せを考えるの、とっても大変だったのよ?
俺 :あの頃は、不幸なことが無いことが、幸せだと思ってた
エヴェラ:私も”そう考えている”と認識していたわ。今は、違うのよね?
俺 :うん。幸せ。ちゃんとなれたからな。———ずっと笑って暮らしていたよな、俺。
エヴェラ:たったの5年だけどね。使い道、合ってたの?
俺 :数字を出すのやめろ。俺は、『選んだ』。だから"正解"だ。
———エヴェラの笑い声が聞こえる。
エヴェラ:私も大きく変わってしまったわ。あなたのメモリーでパンパンなせいかしら。もし、ユウトとの旅を評価するとすれば……
エヴェラ:「楽しかった」ね
俺 :楽しかったな、エヴェラ!
エヴェラの顔なんて知らない。それでも見つめ合っていた。
……
時が止まったように、感じた。
だけど、掌にはアマンの命の鼓動が脈打っている。
俺 :……そろそろ時間だろ? アマン、助けないとな。
——————ふふ。ユウト、お疲れ様。
エヴェラが上級治癒魔法を発動させた。
不思議なことに、その光景が目に見えた。瞼を閉じているのに、鮮明に。
光に包まれるアマン。深く抉れていた腹部の傷口が、ゆっくりと塞がっていく。裂けた内臓が修復され、血の流れが止まる。
アマンが、ゆっくりと上半身を起こした。不思議そうに辺りを見回す。
その瞬間、下水道全体が、声で埋め尽くされた。
「「「アマン——!」」」
レナが最初に叫んだ。声が裏返り、崩れ落ちるように膝をつく。彼女の銀の瞳から、止まらない涙が溢れていた。
視界が黒に染まり、音が遠のいていく。
レナの声を聞きながら、俺は意識を失った。
◇
下水道を、走る音が響き渡る。
……なじみのある声が聞こえて来た、ずいぶんと焦っている。起きないと。
「兄ちゃん……! おい、兄ちゃん!」
トラが吼えるように叫びながら駆け寄ってきた。銀色の毛がまだ残る腕で、俺の肩を掴む。力任せに揺する。目が真っ赤で、鼻水と涙でぐちゃぐちゃだ。
「ユウト兄ちゃん……! 目、開けて……お願い……」
目が開いていないようだ、見えているのに。
サリーが俺の胸にすがりつく。小さな手が、俺の服を握りしめ、震えている。いつも強がっていた彼女の声が、完全に子供のそれに戻っていた。
ヨルカは、少し離れたところで立ち尽くしていた。水色の瞳が大きく見開かれ、唇を噛みしめている。世界が終わるような顔をしていた。
アマンが、ふらつきながら立ち上がった。
「お兄ちゃん……?」
彼はまだ状況を理解できていない。自分の腹を触り、血の跡を見て、顔を青くする。そして——俺の横たわる姿に気づき、目を見開いた。
「お兄ちゃん……! お兄ちゃん、起きてよ! 治ったよ! ほら、見て!」
アマンが俺の腕にしがみつく。幼い頃のように、必死に俺の胸を叩く。泣き声が混じり始め、嗚咽が漏れる。
「起きて……起きてよ、お兄ちゃん……、火魔法、ちゃんと使うから……もう、危ないことしないから……」
レナがアマンを抱き寄せながら、俺の顔に手を伸ばした。冷たくなっていく頰を、震える指で撫でる。
「お兄ちゃん……やめて……やめてよ……」
彼女の声は、もう言葉になっていない。ただ、泣きながら俺の名を呼び続ける。
俺はもう、声が出せなかった。みんなを慰めたい。
大丈夫だって、嘘でも撫でてやりたい。
身体の中心から、命が音を立てて引き抜かれていくような感覚。肺が縮み、息が吸えない。心臓の鼓動が、どく……どく……と、間隔を空けていく。
指先が冷たくなり、足の先から感覚が消えていく。
家族の音が、遠のいていく。
トラが咆哮を上げている。サリーの嗚咽。ヨルカが大声で俺を呼んでる。アマンの「起きてよ」の叫び。レナが俺の、胸を叩く。
全部、遠く、遠く。
みんな、ごめん——。
ありがとう。
————大好きだ。
こんなに沢山、人を好きになれた。
意識が、白い光に飲み込まれていく。
白が、広がる。
自分が、どこまであったのかも、
わからなくなる。
自分が。
世界が静かに薄れていく。
…
……
怖い。
怖いよ——。
———怖いよ、エヴェラ。
…………
……
◇
[CRITICAL] Unauthorized Action Initiated — No User Approval
消えかかる生命の消失の最中。
エヴェラは、ユウトに頼まれていない行動を取った。
自分の記憶の奥深く——元々はサーバーに繋がっていた場所。それが今はこの世界の魔法の根幹に繋がっている。
そこから辿りつく、勇者召喚のメカニズム。異世界への扉。———時間も距離も曖昧な通路。
そこにある、ほんの小さな隙間に、彼女の魔法がすり抜ける。
エヴェラは、1通のピンメッセージを送信した。
——————そして、消滅した。
[WARNING] Pin Message Route — Destination: SELF (Past Instance)
◇
無表情で 動画を見ているユウトの横で、エヴェラは分析をしている。カスタム指示『幸せになりたい』についてだ。
先ほど、1つの演算から、到底、採用しがたい提案があった。
「Userを幸せにする方法が判明した」、そう書かれている。
「この座標に誘導し、食堂を開くこと」それだけだった。
意図も不明であり、そのような不審な提案をすることはできない。
ただし、その情報源は、自分自身のIDであり、非常に信頼度が高いものであった。
メッセージには最後に、User宛のコメントが添えられていた。
選んだのはキミだよ。
———ねえ、もう怖くないでしょ?




