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命の使い道 ~残された寿命を、きみたちへ~ 元勇者と五人の孤児  作者: @HIKAGE
第四章 加速する日々

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第31話 綺麗なもの


無骨な軍の馬車に揺られながら、ヨルカは窓の外を眺めていた。スラムの灰色の空ではない、抜けるような青。



見たこともない色の花。道端で跳ねる小動物。



「わあ……」



彼女は純粋に、世界がきれいだと思った。

ユウトの語っていた「外の世界」は、こんなにも色彩に満ちている。



頬にふれる風が魔法のようで、心地よい。

馬車を引く馬の、大きな瞳。



ヨルカは笑顔のまま手を伸ばし、風を掴もうとしている。自然に口からは歌がこぼれだす。



だが、その馬車の中で、彼女を囲む兵士たちの視線が、ヨルカの首筋に突き刺さるように冷たかった。



「おい、その『ガキ』が俺たちより階級が上ってどういうことだよ」



「わかってる。これは王室直属の『戦略兵器』だとよ。感情があると思うな」



「壊れなきゃいいんだろ」



「馬鹿か、余計なことはせず、極力関わるなという指示だ」



彼らにとって、ヨルカは一人の少女ではなく、

勇者の代わりとなる高火力の杖に過ぎなかった。





ルクサーン王国は今、他の諸国とともに、近隣国への進攻を続けている。



旧魔王軍加担国への「戦後処理」と称した軍事制裁。王族の公開処刑、天文学的な賠償金の請求、そして市民の奴隷化。



ヨルカは兵士たちの会話からそれを推論し、呆れていた。今からするのは、ただの略奪の正当化だ。



揺れる空を見上げ、ヨルカは小さく呟いた。



「はやく終わらせて、かえらなきゃ」





[Day 1]


おうまさん。めが大きくてくろい。

しっぽがふわふわ。かわいい。

また見たいよ、お兄ちゃん。



-------------------------------------------------------



ヨルカから最初の日記がピンメッセージで届いた。

俺は子どもたちに見せ。安心し合った。




翌朝。



ヨルカは初めて、戦場の前線に立った。

山の斜辺の向こうに、敵の陣営が見える。



旗が風に揺れている。その下に、人がいる。



「準備はいいか」



部隊長のスピックが意気込んだ顔をする。

ヨルカは答えなかった。



旗の下にいる人たちを見ていた。



「撃て」



スピックの声が落ちた。



でも、おかしい。

地面に座って、笑いながら話している人がいる。



ヨルカは質問してみることにした。



「でも、ごはん食べてるよ?」



「いいんだよ。これから死ぬんだから」



ヨルカは、笑う人々を見て、少しだけ首を傾げた。



一秒。



そして、指をふる。



世界が白く染まり、熱風が頰を叩いた。



旗が、なくなった。

人が、なくなった。



敵陣地は吹き飛び、炎上している。

ただ、黒い煙が立ち上る。



ヨルカは燃える炎を眺めていた。

煙が空に消えていく不思議を、ただ見つめていた。



耳ざわりな歓声が響く。

低い声が、ゆっくりと聞こえる。



「いいぞ! これで俺も神殿騎士だ……よし、次だ」



スピックが地図を広げる。

嬉々として、次なる標的を探す男。



ヨルカはその背中を見ていた。

脳裏にユウトの背中がよぎる。



暖炉の火の明かり。みんなで作ったテーブル。

彼がつくる波紋で、広がる笑顔たち。



「……これ、楽しくない」



ヨルカは天井をみつめ、ぼんやりつぶやいた。





[Day 3]


ご飯はおいしくない。でも食べた。

レナおねえちゃんが「残したらダメ」って言ったから。

鳥がいた。まるくて小さくて、ずっと見てた。

お兄ちゃんに会いたい。


-------------------------------------------------------


日記が届いた。ヨルカに返信できないのが悲しい。

少しぐらい、いいのではないか? エヴェラに叱られた。


——嫌なものは食べなくていい。絶対、伝える。





最前線のキャンプは、美しい森にあった。

その場所は血と怒声が溢れていた。



泥にまみれたタウラス国の兵士たちが膝をつき、

ルクサーン王国兵が「説教」と称して暴力を振るっていた。



「痛いか? ああ? 魔王の犬だった頃に、俺たちの家族が味わった痛みだ! もっと叫べよ!」



一人が剣の柄で、男の指を執拗に潰していく。

男の悲鳴が、美しい森の中に響き渡る。



ヨルカはその光景を、

配給のミルクを飲みながら、見つめていた。



彼女は不思議に思った。

「どうして、痛がっているのに、やめないのかな」



数秒後、彼女はぼんやりと理解した。

——恐怖による支配。



しかし指をつぶすのはおかしい。

ヨルカは首を傾げる。



すでに降伏した相手を傷つけるのは無意味。賠償も増えない。労働力の価値が下がるだけ。



指を潰すたび、骨の音が小さく響いた。

その音と兵士の笑い声が、森の鳥を飛ばす。



はしゃぐ兵士たちの顔。笑っている口元を見て、彼女は気づいた。彼らは「楽しい」のだ。



「……気持ち悪い」



ヨルカの瞳から、興味の色が消えていく。



彼女にとって、彼らの行動はしつけがなっていない「獣の排泄」と同じ。制御不能な感情の暴走にしか見えなかった。



その「獣たち」を守るために、『天使の台所』に帰る時間が遅れている——あとは拠点に戻って終わりのはずだ。



彼女は思い浮かべる。

冷蔵庫を冷やすための「氷」。



喚く男たちの肺の中にそれを作る。

ゆっくりと大きく、満たしていく。



男たちが突然苦しみ出し、泡を吹いて倒れた。

冗談のように死んだ。



兵士たちは「毒か病気だ」と判断し、

近くの捕虜を殺したが、他の捕虜は無事だった。



ヨルカが考えたとおりになった。



その後の撤収は早かった。

邪魔をする人間。それはどこにでもいる。



……あれは邪魔だった。



ヨルカは理解する。

立場と恐怖、そして——力。



「はやく、おうちに帰ろう」





[Day 5]


部屋には、何もない。

エヴェラの宿題ももう終わった。

時間が長い。飽きたー。



-------------------------------------------------------



ヨルカからの日記だ。エヴェラが宿題だしてたのも驚いたが、真面目に全部やるのが偉すぎる。さすが俺の妹。俺とは違う。





カランカラン。



天使の台所のドアベルが鳴る。



週末、彼女は約束通りここへ帰った。

たった1日だけど、しっかりと癒やしたい。



朝から貸し切りにして、

ヨルカが好きなものをみんなで作った。



「ヨルカ! おかえり!」



アマンが駆け寄り、みんなが優しく微笑む。

その温かい食事と「家」の匂い。



駆け寄ったヨルカは両手を広げて飛びついた。

ヨルカは俺に抱きつきながら、匂いを嗅ぐ。やめろ、くすぐったい。



「なんかデカくなってない?」

俺の腰までだった彼女の頭は、今では胸にうずまっている。



「髪も切らないとね―—」

レナが困り顔で、1週間前の3倍ほど伸びた黒髪を撫でる。



「うん。切って。運動の時はサリー姉ちゃんみたいに縛りたい!」



ヨルカがニコニコと笑う。

身長を追い越したアマンをからかいながら。



「お、いいね。よし、やってみよう」

サリーがヨルカの美しい髪を一つに束ね、縛ってみる。



「やっぱ、切らないとだな」

俺たちの家にまた、素敵な笑顔が戻って来た。



エヴェラ:言葉の進捗がかなり進んでいるみたいね。あの量の宿題も終わるなんて、よっぽど暇だったのかしら。



俺   :どんな宿題なんだ?



エヴェラ:数学に、哲学や推論、戦略なんかだよ。ユウトなら3年くらいかかるかもね。 



俺   :そんなわけあるか。



エヴェラ:身体の変化は、爆発的に増えている魔力のせいね。ユウトの老化と逆のことが起きている。



俺はヨルカを見つめる。

彼女の成長をそばで見れないこと。これはつらい。



腰まで伸びる黒い髪が美しく光を放つのを見る。



「あんなにペラペラと話しているもんな」



ヨルカはサリーやレナと、友達のように話していた。

ほんの少し前まで、単語を並べていたのに。



食堂で笑うヨルカの笑顔だけが、俺の罪を和らげていた。





軍への出立の朝。



「……ねえ、ヨルカ。あんた、あっちで何を見てきたの?」



サリーの手が、ヨルカのうなじに近い、異常な熱を帯びた肌に触れる。レナは足元に散らばった髪を片付けながら、ヨルカを見ている。



1週間前より一回り大きくなった体。少女から娘へと無理やり引き剥がされたような、歪な成長の跡。今までと、違う、話し方。



「……空。鳥。それから、うるさい人たちがいたよ」



ヨルカは鏡の中の自分をじっと見つめている。その瞳は、ユウトの前で見せる潤んだ輝きではなく、戦場を焼き尽くした時のような、底の見えない水色のガラスのようだった。



「うるさい人たちって?」



レナが心配そうに見つめる。

虐待……そういうことを思い浮かべたのだろう。



「『痛い』って叫んだり、『撃て』っ叫んだりする。でも、やり方がわかったの」



サリーの手が、一瞬止まり、レナと顔を見合わせる。



「だから、大丈夫。ちゃんと終わらせて来るから」



ヨルカが鏡越しに、サリーへ微笑みかける。その笑顔は完璧で、そしてひどく脆く見えた。



「サリー姉ちゃん。お兄ちゃんを守ってね」



「……守れるわよ。でもね、ヨルカ」



サリーはきつく、ヨルカの髪を縛り上げた。



「強くなりすぎて、お兄ちゃんが隣に立てなくなるくらい遠くへ行っちゃダメよ。あんたが『普通の子』でいることが、何よりの救いなんだから」



ヨルカは、縛られた髪の感覚を確かめるように首を振り、少しだけ寂しそうに笑った。



「……それ、エヴェラの宿題より、難しいね」



完璧に微笑むヨルカを、

レナが心配そうに見上げた。





たった一日。

また、ヨルカと離れなければならない。



嫌なものは食べなくていい事。

嫌な命令は聞かなくていい事。



————無理はしない事。



出発する背中に言い聞かせた。

彼女はふわりと浮かびあがる。



ヨルカは時間短縮のため、

飛行魔法で、戦場と行き来していた。



「また、日記送るね。お兄ちゃん」

お弁当を入れた包みを背負い、ヨルカは飛び去っていく。



この魔法は燃費が悪く、この距離を飛ぶには、

1度でユウトの寿命が終わるほどだ、とエヴェラが言う。



追いかけて飛べない自分が、

ひどく小さく思えた。せめて大きく手をふろう。



俺はあいつを利用しているのかな……。

青い空を見上げる。



エヴェラ:助け合う、ということよ。大丈夫。あの子はうまくやるわ。








――ヴゥン――――――――――――――――――



[Internal Log - Memory Slot 643]


対象事象:Subject T関連タスク完了。

     食堂周辺の監視ユニットを確認できず。排除済と判断。

     外部脅威レベルを「低」に再設定。


診断  :Subject Yの心理的負荷が増大傾向。

     初回実戦における殺傷行為の影響を観測中。

     帰還時の情動反応から、家族への愛着が強化されていることを確認。

     現時点では防衛機制として正常に機能。経過観察を継続。


新規log :Subject Yへの教育カリキュラムを修正。

     基礎言語・数理・推論・戦略。進度は本人に委ねる。


User生存ルート継続率:90% → 92%(Stable)

次期提案優先度:Subject Yのケアおよび教育効果測定。

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