第30話 褒賞と代償
孤児院の件で褒賞がでるという。
俺たちは朝早く呼び出された。
アマンとヨルカに店を任せ、王城に向かう。
王城の一室。
神殿騎士アルトが俺たちの前に、革張りの箱を置く。
「王からの褒賞です」
開けると、金貨や銀貨が整然と並んでいた。
トラが「おおー」と言い、サリーが「声抑えて」と肘でつついた。レナは静かに頭を下げた。
「ありがとうございます」
アルトはレナを見て、少し間を置いた。
それから、こう言った。
「……トラ。少し時間があります。立ち会ってもらえますか」
トラの目が光った。
叫びそうなのをサリーが止める。
◇
城内の訓練場。
アルトの大曲剣とトラの剣が打ち合う音が、石造りの壁に響いた。最初の三合、アルトは余裕で受けていた。
四合目。
トラの剣筋が変わった。顔もやや変わって来た。
このまま変身してしまうのかも、と俺たちは心配した。
「——ッ」
アルトが半歩退く。初めて見る顔だった。
それから二人の速度があがった。
レナとサリーは、黙って見ていた。
十数合打ち合った後、二人の動きが止まる。
トラはアルトの右袈裟を撫で切ろうと
振りかぶったが、次の瞬間には、喉に切っ先が在った。
トラはアルトの瞳が放つ冷徹な殺意に、背中が冷える。
「……なるほど」
アルトは一言だけ言った。
トラは息を切らしながら、引きつって笑う。
「参った。アルト、強いなー」
アルトは少し考えて、うなずいた。
「朝のトレーニングに招待しましょう。明日から来なさい」
「おう!」
◇
帰り道。
四人で並んで歩いていた。
トラがアルトの強さを、身振り手振り語る。
レナが笑いながら聞いていた。
橋を渡ったところで、サリーが言う。
「煙が見える。……沢山」
俺たちは足を止めた。
店の方向、川の対岸。「炭焼きの煙か?」トラが目を凝らす。
草原のあちこちから、薄い煙が上がっていた。
「……なんだ?」俺の背中に嫌な予感が走る。
近づくにつれて、様子がわかってきた。
地面がそこかしこで削れている。
黒い装束の人間が、何人か倒れている。
——子供じゃない。大人だ。
「お帰り、ユウト兄ちゃん」
ヨルカが手を振った。
宙に浮きながら。
一旦、浮いていることは置いておく。
「……ヨルカ」
「なに?」
「こいつらは?」
ヨルカは少し考えた。
「わかんない」
それから、もう一度考え、
まるで翻訳するように、俺に教えてくれた。
——突然、こいつらが来たこと。
店の前に居たアマンを肩に担ぎ、連れていこうとしていたこと。
「は—? なんだ、こいつら」
エヴェラ:監視していた連中かしら……? 同じような黒い衣装を着ているね。
「あと一人」
ヨルカは視線を動かすと、
草むらから「ヒッ」と声がした。
見ると、長い草の陰に、青い顔の男が一人、
震えながら座り込んでいた。
コイツは他の奴より、上等な服を着ていた。
指揮官なのかも知れない。ヨルカは、そこまで計算しているのか?
エヴェラ:ヨルカなら、そのあたり考えているでしょうね。——恐怖魔法か。闇属性はやはり適正が高い。
エヴェラが頭の中でうっとりと呟く。
俺はヨルカを見上げた。
——非殺傷。それでいて、これだけの制圧力がある。……賢いのは知ってたけど、こんなことまで出来るのか?
「いい魔法だな。よくやった」
褒めて伸ばす。そういう方針だった。
ヨルカは少し笑った。
——さて、どうしよう?
トラとサリーが倒れている男達をつつく。
レナは怯えるアマンを抱きしめていた。
◇
ヨルカは浮いたまま震える男に近づき、
ピンメッセージを送った。
男はよろよろと立ち上がり、
逃げるように走り去っていった。
「何を送った?」
「上の人を連れてきて、って」
俺たちは顔を見合わせた。
エヴェラ:いい判断だと思うわ。浮いていたのも難易度が高い飛行魔法を誇示するためね。つまりヨルカは——
「ねー、こいつら、どうしよ?」
サリーが寝転んだままの黒装束の尻を蹴とばす。
俺はこの後の処理を考える。
「……生きているよな? 水ぶっかけておこう。死んでたら……、また考えよ?」
俺たちは、倒れている者たちを一か所に集める。
黒服の下の鎧からして、監視をしていた影の一族とは違う。——どう見ても王国軍だ。
彼らは生きており、「上司は走って逃げた」ことを伝えると、
頭を下げて帰っていった。
「逃がしちゃって、いいのかよ?」
トラが本当に不思議といった顔で問う。
「ヨルカが上司を呼んだからな、まずはそいつと話そう」
俺はトラの肩を叩きながら言った。レナが不安そうに立ち上る煙を見上げる。
震えるアマンを抱きしめる。
「怖かったろ。よく店を守ってくれたな」
アマンは金髪の眉毛を震わせながら言う。
「……ヨルカが、助けてくれた。だから、怖くなかったよ」
アマンはこれまで、ずっと小さなヨルカを守ってきた。今、どんな気持ちなのだろう。彼の目はじっとヨルカを見ていた。
◇
翌日。
「天使の台所」に、男が一人現れた。
軍服を着ていた。階級章が多い。
名はスピック・フロス。
ルクサーン王国軍で中将をしているという。
ヨルカが見上げてくる。
「ユウトお兄ちゃん、ぼくに話をさせて。お願い」
こんな顔をされたら、断れるわけがなかった。
俺は「わかった」と言って、隣に座る。
ヨルカは男の前に座り、静かに目を向けた。
「——目的は?」その声は冷静で、いつもよりずっと低い。
スピックは一瞬たじろいだが、話し始める。
——この国は現在、魔王軍に加担した国へ進軍中。
先の魔王軍との戦争で兵は傷ついており、部隊の損耗を最小限にする必要がある。
「多彩な魔法が使える勇者殿に、是非この作戦に参加してほしい」
「俺が魔法を使えないことは知っているはずだが?」
俺の言葉に被せるように、スピックの毅然とした声が続く。
「——使えないわけではない。我々は、それを知っています。」
エヴェラ:知っていて要求するのであれば、宣戦布告ね。
「これはお前たちの戦争だ。俺には関係ない」
「我らが損耗しているのは、あなたの責任でもあるのですよ?」
スピックの鋭い視線に、俺は目をそらす。
……確かに、そうなのかもしれない。俺はこんな幸せに暮らしているけど。
エヴェラ:ユウト、すぐに誘導されないで。
俺を見て、余裕そうな表情を浮かべた男だが、チラリとヨルカを見て止まる。
―—―—―—ヨルカは重く、鋭くスピックの瞳を見つめていた。
「あのおじさんに……、伝えたはずだよ。ぼくが代わりに行くって」ヨルカが綺麗な声で言った。
スピックは何かを撃ち抜かれたように停止している。
胸の勲章が揺れた。
俺は手をクロスして
ヨルカの前にダメだ、を作る。
「行かせないよ。何言ってるんだ、だめだよヨルカ―」
ヨルカが俺に困った顔を向け、人差し指で、静かにするよう訴える。
俺は止めない。ヨルカを行かせるなんて無い。
「子供を戦場に送る気はない」
「ぼくは強いよ」
ヨルカがキリリとした顔を見せる。——やっぱ、子どもじゃないか。
「そもそも行く必要なんてない。俺たちはこの国を出て行く。追いかけてくるなら犠牲を覚悟しな」
俺は口を開けている将校に、そう告げて、退室を願った。
ヨルカは、不思議そうな顔のまま、黙っていた。
男は困った顔をして「明日また来る」と残し帰っていった。
◇
その夜。
神殿騎士アルトが来た。
険しい顔をしていた。
「ユウト殿。今回の件、断るのであれば——」
彼はそこで一度止まった。
「店の営業許可も、見直しになるかもしれません」
静かな声だった。感情は見えなかった。
「それだけでは、済まないかも―—」
それから、まっすぐ俺を見た。背中の大曲刀の柄が光る。
「贖罪があるとおっしゃっていた。従軍は、その一つになるはずです」
俺は何も言わなかった。
アルトは頭を下げ、「トラは才能がありそうです。継続して指導できるといいのですが」と言い残し、出て行った。
◇
夜。
みんなで車座になった。
——俺は言った。
「軍には入らない」
全員が少し安心して俺を見た。
入ればどうなるか、みんなわかっている。
俺は食堂ができなくても、この子たちと居れば
それでいい。——それが答えだ。
「代わりに、旅をしよう。まずはトラの故郷を探す。みんなの故郷にも寄ろう。」
「ええー行きたい。馬車買おうぜ」
トラは乗り気のようだ。だけど、周りを見回して言った。
「店はどうするの? この家は?」
「残念だけど、ここに封印していく。もし、ここに残って住みたいっていうなら残していく。俺は一緒に来てほしいけど」
サリーが、首を振り、いやいやする。
——友達に再開できたもんな。
「わたしは、お兄ちゃんに、ついていくよ」
レナが服を掴む。
……みんなも、俺の服を掴んだ。
「……ごめんな」
泣き声がする。
誰のかなんて、わからない。——俺も泣いていたから。
だって無理だろ。国と戦うとか、無理だろ。
エヴェラに聞くまでも無い。
今回、うまくこなしても。
ここにいる限り、狙われる。
「逃げるしかない。俺には、それしか思いつかない」
「——ごめん」
子どもたちが、それぞれ考えてくれている。
必死な顔で。怖いはずなのに。
しばらく誰も何も言わなかった。
その後、諦めたように、それぞれが動き出した。
トラが立ち上がり、キッチンに入った。
戻ってきた時、手に木片を持っていた。
開店初日、小さく掘った、看板のかけら。
サリーが胸にいっぱいの布を抱えてくる。
「これ、テーブルクロスなら持っていけるよね。自信作だから、さ」
レナは何も持ってこなかった。
ただ、厨房の壁を眺めた。テーブルに書かれた絵を見る。
アマンが最初に書いた「ユウト食堂」の落書き。
消さないでそのままにしてあったな。
「ここで、みんなに初めて料理を食べてもらった」
レナの声が少し低かった。
「頑張って作った」
アマンがテーブルに突っ伏した。
ヨルカは、みんなの顔を順番に見ていた。
この『家』 それから『食堂』……俺たちが積み上げたもの。
それを、全部すてる。
子どもたちに、コレを、捨てさせるなんて。
俺は、ヒドイお兄ちゃんだな。
◇
ヨルカはその夜、エヴェラに聞いた。
いつものように圧縮した言語で、短く。
「どうすればいい」
いつものように、1秒以下でエヴェラが返す。
エヴェラ:何をしたいのか、確認する。それから、どうすればそこに行けるか、考える。
ヨルカはほんの数秒、目を閉じてから立ち上がった。
◇
翌日。
俺は店をたたむため、準備をしていた。
誰かが来ても、俺たちは出て行く。
レナが閉店の張り紙をし、
トラは掃除をしていた。
ドアベルが鳴る。
スピック中将が、アルトとともに店に来た。兵士も何人かいる。
「ヨルカ殿でも構わない、という回答を得ました」
俺は立ち上がった。
「断ります。ヨルカも行かない。俺たちは出て行く——」
「ユウトお兄ちゃん」
ヨルカが必死に、俺に何か伝えようと顔を向ける。
「ぼくが行く」
透き通る水色の瞳には”意志”が宿っている。
「ダメだ」
——軍がやりたいのは無慈悲な攻撃だ。ヨルカに耐えられないし、させたくない。
エヴェラ:ユウト。行かせてあげなさい。心配され駄々をこねているのは、あなたよ。
「駄目だ」
——ヨルカと離れて暮らす。それが嫌だ。
エヴェラ:ヨルカは強い。彼女の足手まといにならないで。彼女なら安全に帰ってこられる。あなたと違ってMPも回復する。
「天使の台所が無いと、みんなが悲しい。ぼくも」
ヨルカが俺を見つめながら言う。
エヴェラとヨルカの同時の説得が俺を打ちのめす。
「店を続けられるのかも?」そんな思いが一瞬でも、頭に浮かぶのが許せない。俺は頭を振る。ヨルカが犠牲になる意味が解らない。
でも。
だけど。
レナやサリーもなぜかヨルカを止めない。トラもむしろ俺を止めている。
俺は黙った。
ヨルカがなんとか俺に理解させようと、顔をのぞき込む。
「店がなくなったら、みんなが悲しい。兄ちゃんが行っても、みんなが悲しい。ぼくが行けば、すぐに終わる」
「……ヨルカ」
「だいじょうぶ」
まっすぐな目だった。
サリーが「ヨルカにまかせよう」と言った。
トラが小さくうなずいた。
レナはヨルカの水色の瞳をのぞき込む。
アマンが俺の服を掴んだ。
「兄ちゃん、ヨルカは強いよ」
俺はしばらく、何も言えなかった。
エヴェラ:……ユウト。
俺 :わかってる。
俺はスピックとアルトに向き直った。
「条件がある」
◇
三つの約束。
一つ。毎週必ず一度は帰ること。
二つ。毎日、日記を書いてピンメッセージで送ること。ただし長距離はMPが重いため、ユウトからの返信は緊急時のみとする。
三つ。ユウトが止めろと言ったら、すぐに止めること。
スピックは全て受け入れた。
ヨルカも可愛い笑顔で「わかった」といった。
俺はもう一つ、付け加えた。
「もし約束が破られたり、ヨルカに何かあった場合。俺はこの国に向けて全力の魔法を放つ。その後、どこかへ消える」
スピックは青い顔見せたが、アルトは表情を変えなかった。
「……承知しました」
「明朝、迎えの馬車を送ります」
◇
その夜。
「天使の台所」はにぎやかだった。
みんなで飯を食った。
いつもより、席をくっつけた。
アマンが「気を付けて」と繰り返した。
ヨルカが「だいじょうぶ」となでる。
それだけで、少し空気が緩んだ。
俺たちは全力でヨルカの好きなものを作った。
ケーキも。
明日のお弁当だって。
ヨルカが俺の隣に来た。
服の裾を、ぎゅっと掴んで、しゃがむ。
「お兄ちゃん」
「なんだ」
「ここにいる」
俺は何も言えなかった。
エヴェラ:……ユウト。泣かないの。
俺 :泣いてない。
エヴェラ:泣いてるよ。
ヨルカを抱きしめる。
最後の夜が、静かに更けていった。




