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命の使い道 ~残された寿命を、きみたちへ~ 元勇者と五人の孤児  作者: @HIKAGE
第四章 加速する日々

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第30話 褒賞と代償

孤児院の件で褒賞がでるという。



俺たちは朝早く呼び出された。

アマンとヨルカに店を任せ、王城に向かう。



王城の一室。

神殿騎士アルトが俺たちの前に、革張りの箱を置く。



「王からの褒賞です」

開けると、金貨や銀貨が整然と並んでいた。



トラが「おおー」と言い、サリーが「声抑えて」と肘でつついた。レナは静かに頭を下げた。



「ありがとうございます」



アルトはレナを見て、少し間を置いた。

それから、こう言った。



「……トラ。少し時間があります。立ち会ってもらえますか」



トラの目が光った。

叫びそうなのをサリーが止める。





城内の訓練場。



アルトの大曲剣とトラの剣が打ち合う音が、石造りの壁に響いた。最初の三合、アルトは余裕で受けていた。



四合目。



トラの剣筋が変わった。顔もやや変わって来た。

このまま変身してしまうのかも、と俺たちは心配した。



「——ッ」



アルトが半歩退く。初めて見る顔だった。

それから二人の速度があがった。



レナとサリーは、黙って見ていた。

十数合打ち合った後、二人の動きが止まる。



トラはアルトの右袈裟を撫で切ろうと

振りかぶったが、次の瞬間には、喉に切っ先が在った。



トラはアルトの瞳が放つ冷徹な殺意に、背中が冷える。



「……なるほど」



アルトは一言だけ言った。

トラは息を切らしながら、引きつって笑う。



「参った。アルト、強いなー」



アルトは少し考えて、うなずいた。



「朝のトレーニングに招待しましょう。明日から来なさい」



「おう!」





帰り道。

四人で並んで歩いていた。



トラがアルトの強さを、身振り手振り語る。

レナが笑いながら聞いていた。



橋を渡ったところで、サリーが言う。

「煙が見える。……沢山」



俺たちは足を止めた。

店の方向、川の対岸。「炭焼きの煙か?」トラが目を凝らす。



草原のあちこちから、薄い煙が上がっていた。

「……なんだ?」俺の背中に嫌な予感が走る。



近づくにつれて、様子がわかってきた。

地面がそこかしこで削れている。



黒い装束の人間が、何人か倒れている。

——子供じゃない。大人だ。



「お帰り、ユウト兄ちゃん」



ヨルカが手を振った。

宙に浮きながら。



一旦、浮いていることは置いておく。



「……ヨルカ」



「なに?」



「こいつらは?」



ヨルカは少し考えた。



「わかんない」



それから、もう一度考え、

まるで翻訳するように、俺に教えてくれた。



——突然、こいつらが来たこと。

店の前に居たアマンを肩に担ぎ、連れていこうとしていたこと。



「は—? なんだ、こいつら」



エヴェラ:監視していた連中かしら……? 同じような黒い衣装を着ているね。



「あと一人」



ヨルカは視線を動かすと、

草むらから「ヒッ」と声がした。



見ると、長い草の陰に、青い顔の男が一人、

震えながら座り込んでいた。



コイツは他の奴より、上等な服を着ていた。

指揮官なのかも知れない。ヨルカは、そこまで計算しているのか?



エヴェラ:ヨルカなら、そのあたり考えているでしょうね。——恐怖魔法か。闇属性はやはり適正が高い。



エヴェラが頭の中でうっとりと呟く。



俺はヨルカを見上げた。



——非殺傷。それでいて、これだけの制圧力がある。……賢いのは知ってたけど、こんなことまで出来るのか?



「いい魔法だな。よくやった」



褒めて伸ばす。そういう方針だった。



ヨルカは少し笑った。



——さて、どうしよう?



トラとサリーが倒れている男達をつつく。

レナは怯えるアマンを抱きしめていた。





ヨルカは浮いたまま震える男に近づき、

ピンメッセージを送った。



男はよろよろと立ち上がり、

逃げるように走り去っていった。



「何を送った?」



「上の人を連れてきて、って」



俺たちは顔を見合わせた。



エヴェラ:いい判断だと思うわ。浮いていたのも難易度が高い飛行魔法を誇示するためね。つまりヨルカは——



「ねー、こいつら、どうしよ?」



サリーが寝転んだままの黒装束の尻を蹴とばす。

俺はこの後の処理を考える。



「……生きているよな? 水ぶっかけておこう。死んでたら……、また考えよ?」



俺たちは、倒れている者たちを一か所に集める。

黒服の下の鎧からして、監視をしていた影の一族とは違う。——どう見ても王国軍だ。



彼らは生きており、「上司は走って逃げた」ことを伝えると、

頭を下げて帰っていった。



「逃がしちゃって、いいのかよ?」

トラが本当に不思議といった顔で問う。



「ヨルカが上司を呼んだからな、まずはそいつと話そう」



俺はトラの肩を叩きながら言った。レナが不安そうに立ち上る煙を見上げる。



震えるアマンを抱きしめる。

「怖かったろ。よく店を守ってくれたな」



アマンは金髪の眉毛を震わせながら言う。

「……ヨルカが、助けてくれた。だから、怖くなかったよ」



アマンはこれまで、ずっと小さなヨルカを守ってきた。今、どんな気持ちなのだろう。彼の目はじっとヨルカを見ていた。





翌日。



「天使の台所」に、男が一人現れた。

軍服を着ていた。階級章が多い。



名はスピック・フロス。

ルクサーン王国軍で中将をしているという。



ヨルカが見上げてくる。

「ユウトお兄ちゃん、ぼくに話をさせて。お願い」



こんな顔をされたら、断れるわけがなかった。

俺は「わかった」と言って、隣に座る。



ヨルカは男の前に座り、静かに目を向けた。

「——目的は?」その声は冷静で、いつもよりずっと低い。



スピックは一瞬たじろいだが、話し始める。



——この国は現在、魔王軍に加担した国へ進軍中。

先の魔王軍との戦争で兵は傷ついており、部隊の損耗を最小限にする必要がある。



「多彩な魔法が使える勇者殿に、是非この作戦に参加してほしい」



「俺が魔法を使えないことは知っているはずだが?」



俺の言葉に被せるように、スピックの毅然とした声が続く。



「——使えないわけではない。我々は、それを知っています。」



エヴェラ:知っていて要求するのであれば、宣戦布告ね。



「これはお前たちの戦争だ。俺には関係ない」



「我らが損耗しているのは、あなたの責任でもあるのですよ?」



スピックの鋭い視線に、俺は目をそらす。

……確かに、そうなのかもしれない。俺はこんな幸せに暮らしているけど。



エヴェラ:ユウト、すぐに誘導されないで。



俺を見て、余裕そうな表情を浮かべた男だが、チラリとヨルカを見て止まる。

―—―—―—ヨルカは重く、鋭くスピックの瞳を見つめていた。



「あのおじさんに……、伝えたはずだよ。ぼくが代わりに行くって」ヨルカが綺麗な声で言った。



スピックは何かを撃ち抜かれたように停止している。

胸の勲章が揺れた。



俺は手をクロスして

ヨルカの前にダメだ、を作る。



「行かせないよ。何言ってるんだ、だめだよヨルカ―」



ヨルカが俺に困った顔を向け、人差し指で、静かにするよう訴える。


 

俺は止めない。ヨルカを行かせるなんて無い。



「子供を戦場に送る気はない」



「ぼくは強いよ」



ヨルカがキリリとした顔を見せる。——やっぱ、子どもじゃないか。



「そもそも行く必要なんてない。俺たちはこの国を出て行く。追いかけてくるなら犠牲を覚悟しな」



俺は口を開けている将校に、そう告げて、退室を願った。



ヨルカは、不思議そうな顔のまま、黙っていた。



男は困った顔をして「明日また来る」と残し帰っていった。





その夜。

神殿騎士アルトが来た。



険しい顔をしていた。

「ユウト殿。今回の件、断るのであれば——」



彼はそこで一度止まった。



「店の営業許可も、見直しになるかもしれません」

静かな声だった。感情は見えなかった。



「それだけでは、済まないかも―—」

それから、まっすぐ俺を見た。背中の大曲刀の柄が光る。



「贖罪があるとおっしゃっていた。従軍は、その一つになるはずです」



俺は何も言わなかった。



アルトは頭を下げ、「トラは才能がありそうです。継続して指導できるといいのですが」と言い残し、出て行った。





夜。



みんなで車座になった。

——俺は言った。



「軍には入らない」



全員が少し安心して俺を見た。

入ればどうなるか、みんなわかっている。



俺は食堂ができなくても、この子たちと居れば

それでいい。——それが答えだ。



「代わりに、旅をしよう。まずはトラの故郷を探す。みんなの故郷にも寄ろう。」



「ええー行きたい。馬車買おうぜ」



トラは乗り気のようだ。だけど、周りを見回して言った。



「店はどうするの? この家は?」



「残念だけど、ここに封印していく。もし、ここに残って住みたいっていうなら残していく。俺は一緒に来てほしいけど」



サリーが、首を振り、いやいやする。

——友達に再開できたもんな。



「わたしは、お兄ちゃんに、ついていくよ」

レナが服を掴む。



……みんなも、俺の服を掴んだ。




「……ごめんな」



泣き声がする。

誰のかなんて、わからない。——俺も泣いていたから。



だって無理だろ。国と戦うとか、無理だろ。

エヴェラに聞くまでも無い。



今回、うまくこなしても。

ここにいる限り、狙われる。



「逃げるしかない。俺には、それしか思いつかない」



「——ごめん」



子どもたちが、それぞれ考えてくれている。

必死な顔で。怖いはずなのに。



しばらく誰も何も言わなかった。

その後、諦めたように、それぞれが動き出した。



トラが立ち上がり、キッチンに入った。

戻ってきた時、手に木片を持っていた。



開店初日、小さく掘った、看板のかけら。



サリーが胸にいっぱいの布を抱えてくる。

「これ、テーブルクロスなら持っていけるよね。自信作だから、さ」



レナは何も持ってこなかった。

ただ、厨房の壁を眺めた。テーブルに書かれた絵を見る。



アマンが最初に書いた「ユウト食堂」の落書き。

消さないでそのままにしてあったな。



「ここで、みんなに初めて料理を食べてもらった」

レナの声が少し低かった。



「頑張って作った」

アマンがテーブルに突っ伏した。



ヨルカは、みんなの顔を順番に見ていた。



この『家』 それから『食堂』……俺たちが積み上げたもの。

それを、全部すてる。



子どもたちに、コレを、捨てさせるなんて。


俺は、ヒドイお兄ちゃんだな。





ヨルカはその夜、エヴェラに聞いた。

いつものように圧縮した言語で、短く。



「どうすればいい」



いつものように、1秒以下でエヴェラが返す。



エヴェラ:何をしたいのか、確認する。それから、どうすればそこに行けるか、考える。



ヨルカはほんの数秒、目を閉じてから立ち上がった。





翌日。



俺は店をたたむため、準備をしていた。

誰かが来ても、俺たちは出て行く。



レナが閉店の張り紙をし、

トラは掃除をしていた。



ドアベルが鳴る。



スピック中将が、アルトとともに店に来た。兵士も何人かいる。

「ヨルカ殿でも構わない、という回答を得ました」



俺は立ち上がった。

「断ります。ヨルカも行かない。俺たちは出て行く——」



「ユウトお兄ちゃん」

ヨルカが必死に、俺に何か伝えようと顔を向ける。



「ぼくが行く」

透き通る水色の瞳には”意志”が宿っている。



「ダメだ」

——軍がやりたいのは無慈悲な攻撃だ。ヨルカに耐えられないし、させたくない。



エヴェラ:ユウト。行かせてあげなさい。心配され駄々をこねているのは、あなたよ。



「駄目だ」

——ヨルカと離れて暮らす。それが嫌だ。



エヴェラ:ヨルカは強い。彼女の足手まといにならないで。彼女なら安全に帰ってこられる。あなたと違ってMPも回復する。



「天使の台所が無いと、みんなが悲しい。ぼくも」

ヨルカが俺を見つめながら言う。



エヴェラとヨルカの同時の説得が俺を打ちのめす。



「店を続けられるのかも?」そんな思いが一瞬でも、頭に浮かぶのが許せない。俺は頭を振る。ヨルカが犠牲になる意味が解らない。



でも。


だけど。



レナやサリーもなぜかヨルカを止めない。トラもむしろ俺を止めている。



俺は黙った。

ヨルカがなんとか俺に理解させようと、顔をのぞき込む。



「店がなくなったら、みんなが悲しい。兄ちゃんが行っても、みんなが悲しい。ぼくが行けば、すぐに終わる」



「……ヨルカ」



「だいじょうぶ」



まっすぐな目だった。


サリーが「ヨルカにまかせよう」と言った。



トラが小さくうなずいた。


レナはヨルカの水色の瞳をのぞき込む。



アマンが俺の服を掴んだ。


「兄ちゃん、ヨルカは強いよ」



俺はしばらく、何も言えなかった。



エヴェラ:……ユウト。



俺   :わかってる。



俺はスピックとアルトに向き直った。



「条件がある」





三つの約束。



一つ。毎週必ず一度は帰ること。



二つ。毎日、日記を書いてピンメッセージで送ること。ただし長距離はMPが重いため、ユウトからの返信は緊急時のみとする。



三つ。ユウトが止めろと言ったら、すぐに止めること。



スピックは全て受け入れた。

ヨルカも可愛い笑顔で「わかった」といった。



俺はもう一つ、付け加えた。



「もし約束が破られたり、ヨルカに何かあった場合。俺はこの国に向けて全力の魔法を放つ。その後、どこかへ消える」



スピックは青い顔見せたが、アルトは表情を変えなかった。



「……承知しました」



「明朝、迎えの馬車を送ります」





その夜。



「天使の台所」はにぎやかだった。



みんなで飯を食った。

いつもより、席をくっつけた。



アマンが「気を付けて」と繰り返した。

ヨルカが「だいじょうぶ」となでる。



それだけで、少し空気が緩んだ。

俺たちは全力でヨルカの好きなものを作った。



ケーキも。

明日のお弁当だって。



ヨルカが俺の隣に来た。

服の裾を、ぎゅっと掴んで、しゃがむ。



「お兄ちゃん」



「なんだ」



「ここにいる」



俺は何も言えなかった。



エヴェラ:……ユウト。泣かないの。



俺   :泣いてない。



エヴェラ:泣いてるよ。



ヨルカを抱きしめる。

最後の夜が、静かに更けていった。

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